第三十二話 年齢確認ってさ、ほめ言葉には絶対ならないよね
数十分後、やけに静かなことを不審に思っていると、ふいに渡瀬が口を開いた。
「ああほら、だから言っただろう」
なんの事かと彼の視線を追えば、徹さんが居た。
ゾッとする様な冷たい目で金魚鉢だけを見ていた。
彼の傍にはいつの間にか大量の空き瓶。本当に、いつの間に・・・
「なにごと?」
「この酒癖は有名なんだよ」
なにが?
首を傾げつつ徹さんを観察すれば、隣に座っている私のことなんて、存在から忘れているんじゃないかってぐらい真っ直ぐ前を向いていた。
真っ直ぐに金魚鉢を見つめていて、正直すごく不気味で、そしてほんのちょっとだけ、寂しいなんて思ってしまう。
「な、怖いだろ。こいつストレス溜まると別人なの」
いやもう、怖いなんてレベルじゃない。
本当に誰、この人?
いつもニコニコ笑っている人が、急に無表情になると怖くて近寄れない。
そうか、皆この人が怖いから道を譲るのね。納得して一つ頷けば、ふいに徹さんが私を見た。
「透子さん、今日はどこに行かれたんです?」
「初詣行ってきたの。寒かったけど、楽しかったですよ」
ふぅん、と呟いてまた黙り込むと金魚鉢を大切そうに撫でた。
徹さんが怖い。あかり、早く帰ってきて!
「・・・ワインあるぞ」
「チーズもお願いします!」
私たちは、とりあえず飲むことを決めた。
そういえば、徹さんが飲む姿ははじめて見たなと思いつつ。
あかりが帰ってきたのは、結局日付が変わってからだった。
渡瀬と徹さんはコタツで眠ってしまい、あかりがそれに気付かず二人の頭や背中を踏みつけてしまったらしい。
翌朝疲れきった渡瀬を見て、さっさと逃げて良かったと心から思った。
「仕事か?」
「うん、今日から初売りなの」
いそいそと支度をしていると、渡瀬が簡単な朝食を作ってくれた。
この人今日から、お母さんって呼ぼうかしら。いや、オカンかな。
「ほら、ちゃんと食ってけ」
「はぁい」
徹さんはまだコタツで眠っていて、ただでさえ幼い顔が強調されている。
「何歳ぐらいだと思う?」
徹さんの寝顔を覗き込んで言えば、渡瀬がハッと鼻で笑った。
「この前居酒屋で年齢確認されたらしいぞ」
渡瀬と徹さんが並んで立つと、どうしても同い年ぐらいにしか見えないけれど、階級的にそれはないとのこと。
そういえば、私は徹さんのことをほとんど知らない。
寝顔を眺めていたら、ふいに髪を引っ張られた。
「痛い!」
「さっさと食え」
どうしてか不機嫌になってしまった渡瀬に頷く。
「というか、二人ともお仕事は?」
普通女の部屋に泊まるだろうか、いや、そもそも女として見られていないような・・・
「俺は四日まで休み。そっちは知らん」
トーストと目玉焼き、簡単なサラダにヨーグルトと二人分のコーヒーを用意してくれた渡瀬は、コタツに入ると徹さんを蹴った。
「うっ」
「邪魔なんだよ」
それでも寝ている徹さんに、彼はニヤリと笑うともう一度蹴った。
「油性ペン無いか? 顔に落書きしようぜ」
性質悪いなこの男。




