第三十一話 探し物が見つからないようです。
夜七時半頃、徹さんがやってきた。
右手に小さな金魚鉢を持ち、げっそりとした表情で。
「こわっ」
静が私の後ろに隠れて言った。
うん、これは怖い。だって今にも人を呪いそうな顔(いや、もう呪った後のような)をしている。
「い、いらっしゃい、徹さん」
「こんばんは」
やはり金魚鉢は見つからなかったのだろう、目は虚ろでヤバイ人のようだ。
「あの、もうすぐ晩御飯だから」
「はい・・・この袋の山は?」
「えっと、福袋です。あかりの」
あかりの好きなブランドの福袋も買えたので袋は開けずに置いておく。彼女ならきっと喜んでくれることだろう。お金は後で徴収するけどね。
「へぇ、福袋・・・へぇ」
こ、怖すぎる!
「食うぞ、ほらコタツ行け」
「わぁ、鍋だ!」
ぐつぐつと煮立った鍋が目の前に置かれた。
「おう、楽させてもらったぞ」
おいしそうな豆乳鍋。たくさんの野菜と鶏肉が入っていて食欲をそそる。
コタツのテーブルには三人分の器と酒が用意さて、全員座り慣れた場所へ腰を下ろす。
「おいしそう!」
「ええ、おいしそうですね」
ふふふん、と笑いながら遠くを見ている彼は恐ろしいことこの上ない。
「徹さん、何か良い情報はありました?」
弱々しい動作で首を横に振ると、悲しげに小さな金魚鉢を見つめた。
「もう、二度とお目にかかれないのかもしれません。そういう運命なのかも」
なんだか大げさなことを言っているけれど、彼にとってはとても大切なことなのだろう。
「アホ言ってないで、さっさと食べて下さい」
「アホとはなんですか、渡瀬君」
キッと、怖い顔で渡瀬を睨む徹さん。完全に八つ当たりだわ。
「俺の料理を残すつもりですか?」
「そ、そんなことは言っていません」
おお、珍しく立場が逆転してる!
「徹さん、しばらく、根気強く探してみたらどうですか? お正月は出てこない人もいるかもしれないし、そういう人が知っていることだってあるかも」
徹さんは、小さく頷いてゆっくりとした動作で食べ始めた。
「おいしいです」
「当然。この俺が作ったんだから」
この二人は、一見仲が悪そうに見えて結構良い関係らしい。
私の、変質者事件の時も二人で共闘していたし、あかりのストーカー事件の時も二人で頑張ってくれた。
「あ、渡瀬! 私のコップは?」
「静さまだ。自分のぶんぐらい自分で運べよ、まったく」
そう言いながら用意してくれる彼は結構いい人。
「・・・え?」
不思議そうに首を傾げたのは徹さん。
「もしかして今の、渡瀬君の名前ですか?」
「もしかしなくても俺のことですが何か」
何故か勝ち誇った顔をしている渡瀬は、笑いながら言った。
徹さん、渡瀬の下の名前を知らなかったんだ・・・
「なんだか、幸せそうですね」
「やさぐれていますね、徹さん」
怖いですよ。
「見つからないんです。もう二度と・・・無理かも」
また金魚鉢ですか。
「探し物って、探している時に限って出てこないものですよ、今日は飲みましょう!」
徹さんのコップにビールを注いだ。ゴクゴクと一気にコップをあけていく。意外にも良い飲みっぷりだわ。これならあかりにも勝てるかも。
「おい、やめといたほうが・・・」
私はもう一杯どうぞと、続けざまに注いだ。
「これ以上うざいのはごめんよ」
「いや、確かにそうだが」
煮え切らない態度の渡瀬を無視して食べ続けていると、いつの間にか部屋にはテレビの音だけが響いていた。




