第二十八話 アンティークなんですって
「凄いね! そんなに簡単だったの?」
すると渡瀬が渋い顔をして唸るような声で言う。
「簡単なわけないだろ。まずは証拠集めしてそれをデータ化して、更に逮捕状の請求書まで作成して、これを裁判所に持っていかれたくなかったらと脅し・・・いや、説得するのには骨が折れたぞ」
脅したんだ、警察官のくせに。
「ちなみに、説得役はあの金魚鉢だ」
徹さん?
「俺は思ったね。あの金魚鉢とは戦争したくないって」
どういう意味? 戦争?
もぐもぐと租借しながら首を傾げれば、渡瀬はどこか遠くを見ながら笑った。
「あれこそ鬼だぞ。笑顔で毒吐きまくる。ありゃあ相手が哀れだった」
「ふーん?」
あかりより怖い人って想像できない。徹さんはいつも優しいし。
「ほら、ちゃんと牛乳も飲め。お茶は最後でいいから」
「はぁい」
あかりの次に口うるさいのがこの男。
素直に頷いて、はたと気付く。
「それより、どうやって部屋に入ったの? 鍵掛かってなかったの?」
「合鍵に決まってるだろ」
いや、どうしてあんたが持っているの。さらっと答えられても困るんですけど。
「つーか、エアコン入れたまま寝るなよ。もったいないだろ。せめてタイマーかけるなりしろ」
あかりより小言が多いこの男。
「寒かったんだもん」
「はいはい、ほら、食え」
「うん」
渡瀬が小さなコタツに侵入すると、少し狭く感じるけど気にせず遅い朝食を味わう。
慣れた様子で(実際この男はかなりの頻度でこの部屋に入り浸っている)テレビのリモコンのスイッチを押し、正月の特番を黙って見る。
「で、金魚鉢はどうしてあんなメールを?」
全てのメールは朝の件についての報告だった。一人ずつ話を聞く度に報告メールを送ってきたらしい。
メールの内容は似たり寄ったりで、結局未だ見つかっていないようだ。
「なんか、資料室のアンティークの金魚鉢が行方不明なんですって」
そういえば、金魚鉢のアンティークってどんなだろう。
「金魚鉢にアンティークとかあるのか?」
「わかんないけど」
私に聞かれてもわかんないわよ。
「でも資料室はたしか三十日に大掃除していたぞ。処分できるものとそうでないものを分けていたのは見たからな。その時に捨てられたんじゃないのか?」
有り得る!
「そ、それは誰かに聞いたかな?」
「今日出勤している連中は知らないんじゃないか? 知っていても教えなさそうだけどな」
・・・確かに。だって、道を歩けば誰もが顔を背けて(見てはいけないものを見たような顔で)しまうから、例え何かを知っていても教えてくれるかどうかはわからない。
「一応、メール打っとくわ」
「・・・ほっとけよ。だいたい、職場にそんなもん置いとくあの変人が悪い」
「でも、きっと今も探しているような気がするし」
その様子を想像して思わず口元が緩む。
よろよろと足元のおぼつかない彼が、必死に金魚鉢を呼びながら歩きさ迷う姿。きっと誰もが驚き、遠巻きに観察するに違いない。
・・・返事は絶対にないけれど。
いけない、笑っちゃいけないわ。でもちょっと不気味。
いちご牛乳を飲みながら片手でメールを打っていくと、すぐに返信があった。
「早くね?」
渡瀬が淡々とした口調で言う。
「えっと・・・了解しました。だって」
なによ、呆れるくらい事務的なメール。
「金魚ついてないな」
「うん」
これで早く見つかればいいけど。




