第二十七話 八橋徹
徹さんに出逢ったのは秋の終わりだった。
近所に出没していた下着泥棒が捕まり、被害者の一人だった私も警察から連絡を受けた。
通報はしなかったけれど、犯人が私を覚えていたために警察署へ来るように言われ、一人で行くのが怖かった私は親友の瀬戸あかりと二人で向かった。
案内された体育館にはブルーシートが敷かれ、私の下着もそこに並んでいた。
取調べの最中、恥ずかしさと怒りから泣きじゃくった私に優しくしてくれたのが徹さん。
白いハンカチを貸してくれて、地下の資料室でコーヒーを淹れてくれた。
あの時借りたハンカチはまだ返してない。
いつも片手に金魚鉢を持ち、道を歩けば顔を背けられる人だけれど、私にはとても優しい変人。もとい友人。
それが、警察官の八橋徹という人。
「あ、よだれ」
ふいに聞こえた声に目を開ければ、やけに整った男の顔。
「不細工だな」
美形に言われると立ち直れなくなるのでやめてください。
「おい、あの変人どこ行った?」
目の前の美形こと渡瀬が大きな態度で問う。
私は朝のまま、水色のもこもこのパジャマ姿でコタツの中。対して渡瀬は暖かそうなダウンコートに身を包み、片手にはコンビニの袋。
「仕事じゃないですか」
握ったままだった携帯を確認すれば、午前九時八分。
着メール二十九件の文字。
「うわ」
何これ、全部徹さんから。
「あん?」
渡瀬が覗き込んで内容を確認すればするほど、その表情を強張らせていく。
「どうしたの?」
「これは・・・」
何よ、気になるじゃない!
静かに携帯をテーブルの上に置くと、そっと背を向けて震える男。
「どうしたの?」
心配になって覗き込めば、金魚鉢について延々と書かれたメール。
「ぶはっ」
・・・この男、どうして私の顔を見て笑うの。
「新年早々あんたらそれかよ!」
「私を一緒にしないで! だいたい、どうしてここにいるのよ!」
私を無視してもう一度携帯電話を覗き込み、
「きもい」
渡瀬、あんたそんなハッキリと・・・
「で、何しに来たのよ」
「あかりの奴に呼ばれたんだよ。あんたがリビングで寝てるから、朝飯持って行ってくれって」
ようやく持ち直した渡瀬はコンビニの袋を差し出した。
「ほら」
「ありがと」
確認すると、中には野菜とハムのサンドウィッチに、いちご牛乳が入っていた。
「おいしそう」
「それ食ったら着替えろよ。初詣行くぞ」
「ええ? こんな寒い中行くの?」
上着を脱ぎながら呆れた視線を向ける渡瀬は、それでも無言でお茶を淹れる。
・・・人の部屋なのに随分と慣れた動きで。
「あかりの奴はもう行ったぞ」
「え? 一人で?」
はあ、と盛大な溜息を頂いた。
二人分のお茶を淹れ終わると、未だコタツの中で暖を取る私の為にサンドウィッチの包みを開けて、いちご牛乳にストローをさしてくれた。
「彼氏が朝迎えに来ただろ」
「知らない」
寝てたもん。
「彼氏と言えばさ、あかりは何も言わないんだけど、ストーカーの件はどうなったの?」
この部屋に越してきて早々、あかりから打ち明けられたストーカー事件。犯人は恋人の上司だってことで、珍しく彼女が困っていた。
「解決した。というか多分あれで解決だろう。犯人の男は上司ってことで身元はわかっていたからな。後は会社に事情を説明して海外赴任三年。これで諦めるだろ」




