第二十四話 暖かいご飯を食べましょう
あかりの部屋は日当たりのいい、マンションの四階の角部屋。ペット可のマンションはエントランスホールにペット専用の足洗い場があり、駐車場も駐輪場も綺麗だった。
マンションの住人のほとんどが女性か、お年寄りらしく落ち着いた感じがする。
「ここなら外にも干せるわよ、洗濯物」
「うん、ありがとう」
その事実は嬉しい。部屋干と外干しじゃあ全然違うもの。
「嬉しそうですねえ」
のほほんとした声が聞こえて振り向くと、やはりのほほんとした表情の徹さんがいた。
「あ、そうだ。せっかく鍵をつけてもらったのに、ごめんなさい」
二人で買いに行ったときの事を思い出して言うと、彼はそっと首をふった。
「大丈夫です。最初からこうなるってわかっていましたから」
「わかって・・・?」
いったいどういう意味? 何がどうわかっていたの。
「はじめて透子さんの部屋に行ったときから、犯人はきっと近くにいると思っていたのですが、証拠らしい証拠がなかったので」
一応確認のためにつけただけ。そう言われても。
「つまり、あれですか」
この人は最初から犯人がわかっていたというのだろうか。でも、どうやってわかるのだろう、もしかして、金魚鉢を持った名探偵? だから仕事場でも浮いてるの?
「犯人、どうして近くにいる人だと思ったんですか?」
「玄関の鍵には不自然な点がなく、ベランダの手すりの裏に痕跡がいくつも残っていました。けれど不思議なことに地面は綺麗なままでした。あそこは大家が毎日草花の手入れをしているそうですから、少しでも変なことがあればまず大家が気付いたことでしょう。他の部屋の住人にも聞き込みをしましたが、まるで僕を避けるかのように彼だけはつかまらなかった。あなたと一緒にいるとき以外は姿も見えませんでした」
ベランダ・・・わたしだっていつも使っていたのに。全然気付かなかった。
大家さんは確かに花やハーブをたくさん育てていて、綺麗にさいたら分けてくれることもあった。足の踏み場もないくらい、たくさん植えられたハーブは地面を隠していた。
そんな場所を慣れていない人間が、上手に避けて通るなんてできるはずがない。
「僕はこれでも警察官ですから」
きっと徹さんはあの日、彼に出会った瞬間から疑っていたのだろう。それがこの人の仕事なんだ。
「一応刑事だしな」
渡瀬に言われてハッとする。名付けて金魚鉢デカ!
・・・ちょっと、いやかなりダサい。
「ふふふん、そうですよ。花形ですよう」
「・・・という冗談は置いておいて。本当に助けてくれてありがとうございました」
知った事実はとりあえず保留にして頭を下げると、見るからに悲しそうに首を傾げられた。
「なぜ置かれるのでしょうか」
「金魚鉢マニアの刑事なんて誰も見たくないからでしょう」
「マニアって・・・僕はただ観賞用にですね」
男達が言い合いを始めたので、無視してその場を離れる。
本当に相性が良いのかしら?
少しだけ残る、心の中のもやもやした気持ちを隠してあかりに声をかけた。
「あかり、ゴミの日とか教えてね。私出来ることがあったらやりたいの」
お金は払うけど、やっぱり出来ることはやらなくちゃ。
「んふ、あんたのそういう真面目なところ好きよ」
「はいはい」
適当にあしらうと後ろから抱きつかれた。背中にあたる豊満な胸の感触に、思わず柔らかいとか考えてしまった。いや、本当に柔らかい! なんだこれ、何が入ったらこんなに柔らかいの! 同じ女として自信をなくすわ。
「ちょっと、何ショック受けてんのよ」
「いいえぇ、べつにぃ」
言いつつ、自分の身体と背中の肉厚を考えると、やっぱり世の中不平等だ。
荷解きが終われば外は真っ暗。
四人分の夕食を何故か渡瀬が作り、あかりや私が作ったものよりも美味しい夕食にありつけた。
徹さんが少し驚きながら、それでも美味しいと言うと、渡瀬は俺が作ったんだから当たり前だと笑った。ほほう、こういう顔も出来るのか。
こういう和やかな二人を見ていると、確かに相性が良いのかもしれない。
徹さんがおかしな発言をすれば、あかりが笑いつつ肘鉄をくらわせ、渡瀬が冷ややかに突っ込み、私は安全な場所に逃げて、笑った。
こんな時間が楽しくて、たまにはいいなと思う私は、かなり金魚鉢に毒されている気がする。
この金魚鉢マニアと出会ってからなんだか色々あったなあと物思いに浸っていると、いきなり会話がかわった。