第二十三話 思い立ったが吉日
「あかり、あんまりいじめちゃ駄目よ」
「平気よ、彼はああ見えても女に弱いから。どうも“キョウダイ”は、彼のほかには女しかいないらしいわ。昔から姉達におもちゃ扱いされていたそうよ。生きた着せ替え人形よ、きっと、とっても楽しかったでしょうね」
どこからそんな情報を。というか、生きた着せ替え人形って・・・
「ふうん。兄弟かあ、いいなあ」
「姉妹よ。彼だけ男なの。そういえばあんた、一人っ子よね」
一つ頷いて思う。昔から兄弟って憧れたなあ。
「兄弟なんていいもんじゃないわよ。親はいつか死ぬけど、兄弟は同じぐらい生きるもの」
あかりは三人兄弟の真ん中で、上も下も男。あかりが男っぽいのはそのせいかしら?
「兄弟なんて最悪よ。昔から嫌な思い出ばかりもっていて、それがお互い死ぬまで忘れないんだもの。生きていて一番厄介な相手よ」
間違いないわ、と力強く私に頷かれても・・・
「それよりあんた、ここを引っ越す気はないの?」
「うーん。実はそれ、二人にも言われた。やっぱり私も気まずいし、けど引越しって簡単には出来ないし」
昨夜、犯人を許すならせめて引っ越して二度と会うなと、二人の男から一時間にもわたって言われた。
「引っ越しならいい部屋があるわよ。マンションでオートロック完備、ボタン一つで警備員が飛んでくる。便利で女性に優しいうえに、コンビニまで徒歩三分の立地条件」
うまい話には裏があるってよくいうけど気になる!
「それって・・・どういう場所?」
「毎朝具の違う味噌汁で勘弁してあげるわ。ルームシェアしましょ。うち、部屋があまってるのよ」
ルームシェア。聞いたことはあるけど。
「それって、一緒に暮らすってこと? でも、いいの?」
それにしても、毎朝具の違う味噌汁って。
あかり、ちょっと年寄りくさいよ。
「もちろん、家賃はもらうわよ。でも、今よりは安くて好物件だと思わない?」
確かに。
「そうと決まればさっさと行動するわよ」
いや、まだ何も決まってないですよ、あかりさん。
おにぎりを食べ終え、お茶を飲み干したあかりは、携帯を取り出しなにやら話し始めた。
この子、昔から一度決めたら絶対人の話を聞かないのよね。
「じゃ。そういうことだから」
なにがそういうことなのだろう。携帯をしまうと、あかりはニヤリと不気味な笑顔を浮かべた。
「朝ごはんはあんたの担当ね、掃除と洗濯は各自、晩御飯は一週間で交代よ」
なんだろう、私の知らないところで勝手に話が進んでいる。それに私のほうが担当多いような・・・?
「あ、それと、男の連れ込みは基本禁止よ、いいわね」
「そんな相手いないわよ」
反射的に反論すると、真顔でそうよね、と頷かれた。なんか、悲しい・・・
「ちなみに、とーるちゃんと渡瀬君ならいいから」
「なんであの二人ならいいのよ」
あかりのお茶をもう一杯用意してやり、それを手渡す。
「だって面白いじゃない、あの二人。今は仲悪そうに見えるけど、相性はいいと思うのよね」
そうか?
「目の前で睨み合われたことがないから、そんなことが言えるのよ」
怒ると怖いのよ、二人とも。
「まあまあ、目の保養になるんだからいいじゃない。趣味は疑うけど人間的にも顔も問題はないと思うわ。顔はいいもの、顔は」
こいつ、顔を三回も言った。
「あんた、あれが好みなの」
「やあねえ、目の保養は多いほうがいいに決まってんでしょ?」
それは確かにそうだけど、言い切られると反論できない。
その数分後、ボサボサ頭のままの姿で徹さんと渡瀬がやってきた。徹夜で調書を書き終えて仮眠中だった二人は、あかりの電話で無理やり起こされたらしい。目の下にクマをつくって服も昨日のままだった。
大きな荷物だけ残して、午前中に運べる荷物を運んで、午後は手続きやらを済ませた。
大家さんに事情を説明して、後日正式に引き払えるようにしてもらった。まさか昨日の今日で引越しって・・・自分でも信じられない。
即行動できるあかりはやっぱり凄いと思った。でもそれを言うと付け上がるから絶対言わないけれど。
「透子さん、次は何をすればいいですか?」
「このソファーはこっちでいいのか」
引越しでは、男手は重宝する。
「あ、そのソファーはリビングに置いてよ。私が使うから」
なんだか勝手なことを言い出すヤツが約一名いますが。
「そのソファー一点ものなのよ、汚さないでよ」
「大丈夫よ、いざとなったら私の部屋に置くから」
それだけは絶対に阻止します。




