第二十二話 あっけなさすぎて漠然としない。
「ふ、ふふふん。終わりましたよ。かなり暴れてくれましたけどね、もう大丈夫です」
髪はぐちゃぐちゃ、メガネにヒビが入って、どこが大丈夫なのだろうか。
荷物だと思っていたそれは、全身黒ずくめの、意識を失った若い男だった。
「徹さん、その人・・・」
「ああ、この子、見覚えないですか?」
ずいっと押し出すように男を目前に持ってこられても、と思ったが、相手は知らない人間ではなかった。名前は覚えていないが、顔ぐらいなら覚えている。
「・・・どうして?」
私の部屋の真下に住む、大学生ぐらいの男の子だ。黒いジャージで、髪はボサボサ。身体のいたるところに木の葉と細い枝を着けていた。
「知り合いか?」
渡瀬が、いつも以上に冷たい視線と声を男にやる。ただでさえ目つきが悪いのに、意図してやられたら隣にいる私だって怖い。目を覚ました彼は視線に気付いて肩を震わせた。
「下の部屋に住んでる男の子です」
「この子が透子さんの部屋に侵入していたんですよ、そろそろ動き出して欲しかったので今日は渡瀬君にも手伝ってもらいました。連絡係以外の役には立ちませんでしたけど」
徹さんの言葉を聞いて、隣で「うるせえ」と低く呟かれる声がしたがあえて無視した。
「いっておきますけどね、証拠写真はちゃんと押さえていますよ。どうせ連絡係ですけどね」
なんだこの二人。
「いえいえ、大丈夫ですよ。連絡係は大切な役目です」
ニッコリ笑っているのに、どこか不機嫌な気配がする徹さん。
「そうですか、いやあ、俺も役に立てて光栄ですよ」
フッと鼻で笑い、不機嫌丸出しの渡瀬。
この二人、タイプは違うけど似たもの同士だ。絶対。
その後、男は二人によって近くの交番に連行され、事件はあっけなく終息した。
「・・・あっけないわね」
翌日の早朝に押しかけてきたあかりは、我が家の唯一のソファーを占領して言った。
「そうねえ、まったく、そうねえ。なんだか・・・あっけなさすぎて漠然としないというか・・・」
二人分の緑茶を用意しながらそういうと、あかりはコンビニで買ってきたらしいおにぎりを頬張った。
「そういうもんよ。でもあんた、なんで許したのよ」
「だって、まだ学生だよ? 学校に知られたら退学だっていうし」
交番で、泣きながら謝る男をみて、ちょっと哀れになったなんて言ったらどんな顔をするだろう。
「それに、あの二人に睨まれて・・・きっと一生心に残るわ」
あの二人のシビアな表情は、私だって背筋がゾッとした。
「・・・あの二人が揃って動けるのが昨日だけだったらしいわ。遅くなったのは許してやりなさいよ」
どうしてそんな事情に詳しいの、あかりさん。
「べつに、怒ってないわよ」
休日の早朝から何を言い出すのよ、この親友は。
「昨日遅くに電話があったわよ。あんたが怒ってるっぽいから様子を見て欲しいって」
だからわざわざ来たのか、小学生でも起きてないような早朝から。
徹さんも心配なら自分で私に聞けばいいじゃない、わざわざあかりを通すなんて。
「結構気に入られているのね、あの渡瀬君にも。おねえさん安心だわ」
「そんなこと・・・ん?」
あれ? 渡瀬って、あの渡瀬?
「え、なんで渡瀬さん?」
「なんでって、昨日一緒にいたんでしょ?」
確かにいたけど・・・
「とーるちゃんも、あんたの様子が心配だって言ってたわよ。メールで」
仲良しですこと。
渡瀬は電話で、徹さんはメール。ふうん。なんだろう・・・なんか、微妙。
「あ、それ新商品?」
「そうよ。牛味噌ネギ焼きおにぎりよ」
・・・朝から。
「もう一つも新商品よ。こっちは豆腐唐辛子味よ」
時々、この親友の味覚を本気で疑う。
「あかりぃ」
「みなまで言うな。大丈夫よ、この前渡瀬君に毒見させたから」
毒見! 味見ならともかく毒見って!
「あんた・・・」
「男は使ってこそ価値があるのよ」
いくらなんでもそれは言いすぎなんじゃ・・・
昔から、見た目はいいけど性格は問題有りなのよね、この親友は。でももてるから不思議。