第二十一話 イケメンのはずなのに、なんて恰好悪いこと。
「透子さん、待ってください。せめて荷物を持たせてください」
「いいですよ、重くないし」
それではまるでヒモじゃないか。
「透子さん、ご馳走様でした。美味しかったです」
素直でよろしい。
「いいんです、人生損してる人に美味しいものを教えてあげたかっただけですから」
美味しい食べ物があふれる現代で、和食しか食べないなんて、もったいないに決まってる!
「損って、大げさですよ」
苦笑したいのはこっちですよ、徹さん。
「美味しいですよ、和食」
私だって和食ぐらい食べるわよ。
「そろそろ帰りましょうか。送ってくださいよ」
「もちろん、そのつもりですよ」
そう言った徹さんの目は、いつものように優しいものではなく、なにか、思いつめたような顔をしていた。
「?」
思いつめた表情のまま、金魚鉢を拭く彼の姿は、正直ちょっと不気味だった。
アパートの前まで来て、違和感に気付いた。
「・・・あれ?」
一瞬、自分の部屋の窓から丸い明かりが見えた気がした。まるで懐中電灯の明かりのように小さいが、ハッキリと見える光。中で何かが動いていることがわかる。
「しっ、そこで止まってください」
思いのほか近くで声がして、驚いて振り返るとたいして高くもない鼻を打ちつけた。
「危ないですよ、大丈夫ですか? ああ、金魚鉢は大丈夫ですよ」
知るか、そんなこと! 怒鳴りたくても痛む鼻を押さえていたら声も出ない。
どうしてこんなに近くにいるの、とか、あんた人の真後ろで何してるの、とか、こいついつか通報されそうだとか、いらぬ心配までしてしまった。
「本当に大丈夫ですか?」
高くもない鼻が、更に縮んだらどうするんだ、コノヤロー・・・
「ぁ・・・」
小さな声に導かれるように顔を上げると、また窓から光がもれた。
「なに?」
「ここに居てください、決して動かず騒がないで。いいですね」
はじめてみるような怖い顔で言うと、徹さんはさっさと行ってしまった。正面からではなく、裏口にまわって。ついでに私に金魚鉢を押し付けて。
「・・・大切なら持ち歩かなければいいのでは」
独り言はむなしく消えた。
窓から光が消えた頃、裏口のほうから「うわ!」という男の声とともに、何かが落ちる音がした。暗くてよくわからないが、鈍い音からして、声の男が落ちたようだ。
「何が起こってるのよ」
「やっと動き出したか」
違う声が近くから聞こえたので、声の主を探してみると物陰に隠れるように渡瀬がいた。
「なんでここにいるんですか」
「静かに、犯人に気付かれたらどうするんだ」
夜間に、背を丸めて物陰に隠れる男の、なんて格好悪いこと。
足音が響かないように静かに近付いて、同じようにしゃがみこむと、渡瀬が一度私を見たがなにも言わずにまた前を向いた。私の部屋のほうを見ているようで、背中から緊張が伝わってくる。
・・・なんだか不思議。自分の部屋を外から観察するなんて。
ガザガザと草を分けて進む足音が二つ。時々八橋さんの声が聞こえるが、何を言っているかまではわからない。
「何を話しているのかしら」
「ほっとけ、たいしたことじゃない」
そうなの?
首を傾げるが、前を向いている渡瀬に見えるはずもない。
「ねえ、なんだか音が・・・」
気付くと足音は聞こえなくなっていた。目の前に徹さんが現れた。左手に大きな荷物を引きずっているようだった。




