第十七話 梅こぶ茶はいかがですか?
「事故に遭ったのは俺だけどな」
うう、この男本気で苦手だ。
「しかも食事を作ってるのも俺だしな」
「あなたがジッとしてろって言ったんじゃない!」
しかもなんだか手馴れた様子がくやしい。
「なんでそんなに慣れてるんですか!」
「いきなり切れるなうっとうしい!」
自分だって怒鳴るくせに。
「・・・八橋さんは紳士なのに」
ボソッと、本当に小さく言ったのに、この男の耳にはしっかり届いていたらしい。
「あの変態がよければ呼んでもいいぞ? ああ?」
この人、すっごく口が悪い。本気で切れます三秒前みたいに目が釣りあがって・・・こわっ。
「呼ぶか? あの変態金魚。俺の携帯カバンの中なんでどうぞ」
無茶苦茶不機嫌ですね、女嫌いなうえに金魚男も嫌いですか。あんた。
「番号なら知ってます! 結構です!」
そう言うと、渡瀬さんは何故かムッとして料理を再開した。
「あの、どうして今日来てくれたんですか?」
女は度胸よ。ここは強気で聞いてみよう! ・・・ちょっと怖いけど。
「とゆーか仕事は」
「俺は事務が主なんで。つーか調味料どこ」
出会って二度目の男に、私の自慢の狭いキッチンに侵入されたあげく、どうみても料理の腕は私より上ってどうなの。
「上から二段目」
スーツの上着を脱いで、ワイシャツの袖を捲くった姿はなかなかに素敵だ。口さえ開かなければ。
「あ、なにこれ。お茶?」
「梅昆布茶のもと。パスタとかに使うの。振りかけてまぜるだけだから簡単なの。お湯入れて飲んでもいいの」
へー、と興味深そうに小分けされた梅昆布茶のもとを見ている。
「・・・若いOLが梅昆布茶」
ボソッと。
この男、本気で殴っていいですか。
「いいじゃない、おいしいんだから! あーもー!」
「近所迷惑だ」
くそぅ、あんたなんて今から渡瀬って呼び捨てにしてやる!
夜八時。
「こんばんは、仲良くやっていますか?」
忙しいと言っていたわりに、金魚男はやってきた。
「何か用ですか。金魚・・・いえ、八橋さん」
渡瀬が金魚って言った。今確実に言った。
「こんばんは、八橋さん。ご飯おいしいですよ」
渡瀬が作ったのはレストランで出るようなおいしいオムライスだった。
割れた卵を使い切るための苦渋の選択だ。せっかく安くていい卵を見つけたのに!
「いえ、僕は・・・女性の部屋に入り浸るのはさすがに」
おお、やっぱり紳士だ。
「はっ」
渡瀬が鼻で笑った。こいつ感じ悪いなあ。さすがの八橋さんもムッとしてる。
「あ、八橋さん。ご飯はともかく、お茶ぐらいはどうですか? 紅茶にします? 梅昆布茶もありますよ!」
そうだ。梅昆布茶だ。好きでなにが悪い。だって美味しいんだもん!
「梅昆布茶・・? それは・・嬉しいですね」
朗らかに笑うと笑窪ができる八橋さん。この人は笑顔が似合うなあ。
「結局上がるんじゃないですか」
ぼそっと、突っ込まないでよそこの渡瀬。
とりあえず三人分の梅昆布茶を淹れることにした。