第十三話 防犯の意識を高めましょう
「こんにちは、ご一緒してよろしいですか?」
金魚鉢を持っていない姿は、なんだか逆に異様だった。
「どうしてここにいるんですか」
挨拶もせず聞いてしまったのは、ここが勤務先のデパートだから。今日は朝から仕事で、今はその帰りで、どうしてかこの男は社員用の出入り口の前に立っていた。
「昨日協力するとお約束しましたので」
今日はスーツか、とぼんやり考える。やっぱりオールバックだ。
「髪は下ろしたほうがいいですよ」
その方が個人的には好みだ。
「・・・あかりさんに、ここで待っていればいいと教わったので」
会話がかみ合っていないのは私のせいかな。
「今日は、付き合って欲しい場所があるのです」
「は?」
ではいきましょう! と元気よく手を引かれそのまま歩き出す。なぜ手をつなぐ。
「大丈夫です、この近くですから」
そういう問題じゃない!
どうしてあなたと手をつないで歩かなきゃいけないのよ、まわりの同僚たちがニヤニヤしながら私たちを見ているって気付いて!
「昨日言ったでしょう? 鍵を増やしたほうがいいと」
そういえば二つでも足りないと言っていた気がする。
「で?」
「だから鍵を買いにいくのですよ。とりあえず簡単なものを」
簡単ってどういう意味だろう?
「ついでに鍵を付けるためにお邪魔したいと思うのですがいかがでしょう」
いかがでしょうといわれても・・・
「私一人じゃやり方がわかりませんよ」
どうせなら男らしく最後まで責任を取ってくださいよ。
「では、またお茶を頂きたいのですがよろしいですか?」
「え? あんなんでいいんですか?」
この人に出したのはリプトンの三角ティーパックなのに。
「おいしかったですよ、ちゃんとカップを暖めてくれたでしょう?」
それは最低限やりますよ。人に出す分にはね。あかりの分には絶対しないけどね。
「それに、気になることもあるので」
おお、オールバックの童顔男が格好良い顔してる! なんか似合わない!
「・・・時に透子さん、たまには人の話を聞いてくれると嬉しいのですが」
「聞いていますよ」
あ。物凄く疑わしい目を向けられている気がする。
「透子さん、昨日渡した金魚達を持っていますか?」
「カバンの中にありますよ。ガラスのほうは携帯につけました」
そう言ってスカートのポケットから携帯を出してストラップを見せる。
「いつも持ち歩いてください。できれば携帯のほうはポケットにでも入れて」
「はーい」
適当に返事をすると、盛大な溜息が返ってきた。
なんだか気になる溜息だが、こんな金魚男のことをいちいち気にしていたら身が持たない気がするので無視決定。
同僚や、買い物客がにぎわうデパートを出て、手を引かれるままにホームセンターに入った。デパートから地下鉄で二つの場所にある、大型店だ。
近くって言わなかったか、さっき。どこが近いのよ。
店に入って早々、一人の男性店員が話しかけてきた。
「八橋様、いらっしゃいませ。まだご注文のお品が届いておりませんが・・・」
店員の胸に付いている名札には支店長とある。店長に名前を覚えられるほどには通っているのかしら?
「ああ、今日は彼女の用事なので大丈夫ですよ、入ったらまた連絡下さい」
ところで鍵を付け足したいのですが、どちらですか、と丁寧な口調で聞く八橋さんに店長は笑顔で「こちらです」と応えた。
鍵は防犯コーナーにあった。見ただけでもずらっと種類豊富だ。
「うわ・・」
どれがどういいのか分からない。
「女性の部屋なので」
「ではこちらではどうでしょう」
二人の男は私をよそに勝手に話を進めていく。
「カードキーになるのですが」
「ううむ。カードですか・・・」
ふむ、と呟きつつ私に視線をよこす八橋さん。やっぱり童顔だ。
「どうでしょう?」
「なくしそう!」
即答だった。今使っている鍵がカードタイプではないから、ついつい忘れそうだ。
「そうですか。カードキーは結構安心なのですが」
そう言われても。
平日の夕方のホームセンターはあまり人が居らず、まるで貸切状態だ。
こんなんで大丈夫なの? とか思わなくもない。
「ではこちらではどうでしょう? 内側からかけるタイプですが、簡単ですし」
「いえ、今日は外からの安全を守りたいので」
「そうですか、ではこちらなら・・・」
話についていけない。まるで、本当は自分には無関係の話でも聞いている気分だ。
「ふうむ。しかし、これは・・・」
完全に蚊帳の外の私は、ふいに目に入ったペットコーナーの看板に引き寄せられ、ふらふらと足を向けてしまった。