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金魚鉢とわたし  作者: aー
金魚鉢とわたし
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第十一話 そうか、私の名前か。

 今度はそっと、ドアを開けて外をのぞき見る。やっぱりそこには金魚鉢と、その持ち主。今日は髪を下ろしているからやけに幼くみえる。へたすると大学生にも見えるくらいだ。

「どうぞ」

 あかりはもう、靴を脱いで我が家に一つしかないソファーに向かっていた。

「おじゃまします」

 そうは言っても八橋さんはなかなか部屋に踏み込まなかった。

「・・・あの?」

 ジッと顔を見られるとさすがに照れますが。

 というか、この金魚鉢。本当に童顔だわ。

「いえ・・・失礼します」

 遠慮がちにそう言われた。

 なんだろう、今の間がかなり気になるんですけど。

 私、もしかして変な格好してる?

 一応仕事帰りのまま、外に出てもいい格好のつもりなのに。

 彼はゆっくりとした動作で部屋に上がると、自分の口元に人差し指を当てた。

 喋るなという意味だろうか、ポケットから小さな黒い機械を出して壁にそって歩き出した。なんかドラマに出てくる探偵みたい。

 あかりはすでに勝手にお茶を淹れて飲んでいる。

「透子、コーヒーないの?」

「インスタント切れてるの、ごめん」

 普段はあまり飲まないのでついつい買い忘れてしまう。

「仕方ないわね、お茶で我慢してあげるからお茶菓子出してよ」

 あかりの天真爛漫はいつのもことだから気にしない。

「はいはい」

 こういう会話ならいいのか、八橋さんは私たちなんて気にせず部屋中を歩き回っている。その手にはもちろん黒い小さな機械。コンセントや電話、パソコンの裏側やクローゼットに至るまで小さな機械を近づけていく。

 私はあかりに買い置きしておいたクッキーを袋ごと渡した。いちいちお皿に出してあげることはない。本人が望んでいないから。

 八橋さんの分の紅茶はリプトンのティーパック。三角形のパックは結構良い味を出してくれるから好き。フタをして少し蒸す。紅茶の葉っぱなんて高価そうなものは持っていないのでこれで我慢してもらう。インスタントコーヒーよりはマシだろう。

「もう大丈夫ですよ。盗聴機の類はないようです。カメラの心配もなさそうです」

 ああ、やっぱりそれを探してくれていたんだ。

「お茶どうぞ」

「ありがとうございます」

 彼は文句もいわずにお茶を飲んだ。

 ホッとしたような表情を見ると、なんだか申し訳ないような気がする。

「しかし、これからも安全だという保障はありません。今時は鍵が二つでも危険です。後でもう一つ付けましょう」

 おお、こういうところはちゃんとした警察っぽい。見た目は大学生だけど。

「でも・・それだけで大丈夫なんですか?」

 すると八橋さんは大事そうに抱えていた金魚鉢を差し出した。思わず受け取る。

「なんですか、これは」

「おみやげです。これだけ美しく、また小さく、可愛らしいものはなかなかありませんよ」

 おみやげが金魚鉢。いや、これは私への金魚鉢なのか。

 なんで金魚鉢?

「はあ・・・?」

「この金魚鉢は、先日見せた金魚鉢の子分なのです」

 胸を張られても困ります、八橋さん。

 ところで子分てなに? こぶん?

「・・・花でも浮かべておくわ、ありがとう」

 一応気を使ってくれたのだろうと思い素直に受け取る。

「花、ですか?」

 不思議そうに首をかしげて聞かれると、本当に学生にしか見えない。

「生きた魚は苦手なの」

 なにより世話が面倒だから。

 小さめの金魚鉢はとりあえずテーブルの上に落ち着いた。

「ああ、それは奇遇ですね。僕もです」

 前に聞いたから知っているわ。

「うん」

 何気なく頷くと、何故か嬉しそうに笑われた。

「ふふふん。・・・ああ、そういえば。あなたは煙草がお嫌いだと聞きましたが。煙草のにおいがする時があるとか」

 その問いには力強く頷く。

「嫌いよ。生まれつき気管支が弱いの。においも嫌い」

 気管支が弱いのは大した理由ではないけれど、においは大敵だ。

 服や髪ににおいがこびり付くし、最近は甘い香りのものもあるみたいだけど、正直、煙草というだけで嫌い。

「仕事から帰ってきたら時々煙草の臭いがするの。部屋に来る友達はみんな、私は煙草が嫌いだということは知っているから・・・」

「ほほう」

 頷きながら手の中のマグカップを眺める八橋さん。

「そういえば、彼が謝っていましたよ」

 いきなり話を飛ばすの、あんた。

「誰です?」

 ピンクと茶色で描かれたレース柄のマグカップを不思議そうに見ないで・・・。まさか男の人が来るなんて部屋を借りた当初は全くもって想定していなかったから、こういう可愛らしい柄のカップしか持っていない。

 男が来ないことを想定している自分が悲しい・・・

「渡瀬君ですよ。先日あなたを泣かせたことを、後になって上司に責められたそうです」

 何故?

「なんでも、君のほかにも泣かされた子がいたらしく、警察官としてはどうかと」

 女嫌いだと知った後だから今はどうとも思わないけど。むしろあの下着泥棒については今すぐにでも忘れたいぐらいなのに、この金魚鉢のおかげで絶対忘れられない。

「それで、あなたのところに行くなら謝っておいて欲しいと」

 昨夜決まったことなのに、何故にあの男が知っている。

「・・・あかりさんや」

「何よ、このクッキーならいくらでも食べてあげるわよ」

 お茶請けのクッキーを気に入ったのか、一人で黙々と食べていたあかりに声をかける。

 あのクッキーは同僚の間で人気がある、デパ地下で購入したものだ。一袋八百円もした結構いいやつだ。私だってまだ一口も食べてないのに!

「あんた、いつこの人に連絡したの」

「チャット仲間なのよ。昨日の夜あんたのことをお願いしたの」

 優しい親友でしょ、と。

 この金魚鉢とチャットなんてしていたのか。どんな会話をしているのかが無茶苦茶気になるんですけど。というかいつの間にチャット仲間?

「優しい親友は、部屋の主より一つしかないソファーを占領しないと思うわ」

 あかりが鼻で笑う姿が見えた。

「フッ、ちっこいあんたのために、あたしが代わりにソファーというふかふかの椅子を占領してあげてるんじゃない」

 全く褒め言葉に聞こえませんが。

「偉そうに言わないで。お客はあんたじゃなくて、こっちの金魚鉢っ、じゃなくて。八橋さんでしょ」

 つい金魚鉢って言っちまった!

 本人は気にしていないのか、気付いていないのか。未だにマグカップを眺めている。

「それより透子さん、犯人に心当たりがあるのですか?」

 一瞬、自分が呼ばれたことに気付けなかった。

 そうか、私の名前か。

「・・・どうしました?」

 よほど変な顔をしていたのか、不思議そうな顔をされた。これはこれで恥ずかしい。

「いえ、別に」

 目の端で、あかりがしらけた視線を送ってくる。なによ、私が何をした。別にこの男に見とれていたわけじゃないわよ。


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