第九話 正攻法・・・?
「ん。煙草のにおいがするの」
「あんた、昔から煙草嫌いだよね?」
聞かれて頷く。
喫煙者のにおいは、煙草を全く吸わない人間には嫌でもわかるもので、ほんのかすかなにおいだって気付いてしまう。
「気管支が弱いから・・・それに臭いし」
家族の中でも、煙草を吸うのは父だけだった。その父も、吸う場合はたとえ真冬の雪の晩でも外で吸っていた。
服ににおいが残っているという理由で、吸った後五分間は入室禁止だ。
「そんなあんたの部屋で煙草ね。確かにおかしな話よね」
夕食時を過ぎた時間帯。深夜に近付く頃のレストランは、人の姿はほとんどない。
「あんたに男はいないし」
「・・・うん」
そうハッキリ言われると心が痛いよ、あかりさん。
「何か、なくなった物とかあるの?」
少し考えて首を横に振った。他者の気配はするけど、目立った変化は特にない。
「・・・なくなった物はないような、あるような・・・」
「どっちよ」
「うん・・・どっちだろう」
あかりが深い溜息をついた。自分でも支離滅裂なのはわかっている。
「あ、でも気になることはあるのよ」
「言ってみな」
あかりさん、どうしてそう格好良いんですか。
でもコーヒーを、ずずっと音を立てながら飲むのはやめたほうがいいと思う。
あかりは切れ長の瞳と細長い足と、豊満な胸を隠そうともしないセクシーな女性で、昔から私はよく、比較対照にされていた。
「うん。部屋の中にいて誰かに見られてるとか、部屋から出てあとをつけられるとか、そんな気配は全然ないのよ」
これってストーカーじゃあないよね? と学生時代にストーカー被害に遭ったことのあるあかりに相談したかった。
やっぱり防犯ブザーとか持ったほうがいいのかな? でもいざとなった時その存在を忘れてしまいそうなのよね、私は。
「ストーカーじゃなくても変質者が部屋に侵入したのは確かでしょ?」
変質者・・・その言葉が心に重くのしかかる。自分の部屋の中を、知らない人間が入り込んでいると考えるのは気持ちが悪い。背中を、なにか虫でも這っているような嫌悪感がある。
「一応調べとく?」
あかりがニヤッと笑っていうけれど、何をどう調べるのかしら?
私が首を傾げると、あかりは素早く自分の携帯を取り出した。
「だって、誰かが部屋に侵入してんのよ。カメラとか、盗聴機とか。結構簡単に取り付けられるし、わりと安いし。一応調べたほうが安心でしょ?」
カメラに、盗聴機?
「あんた、まさかそんなのテレビの中の話とか言うんじゃないわよ」
結構当たり前にあるわよ。と言われると少し怖い。
実際ストーカー被害に遭った彼女にしてみると、私のほうが無防備なんだそうだけど、そう言われても何をどうしろっていうのよ。
「出来ることが何もないとか言ったら、このあかり様が特別にお勉強みてあげるわよ」
「遠慮します!」
それはもう全力で。
「それはそうと、明日仕事は?」
「普通にあるけど・・午後からなら半休取れるよ」
こういうとき女の体は便利だ。仮病でもなんでも使ってやる。
「じゃあ取って。私は助人と一緒にあんたの家に突撃お宅訪問するから」
覚悟しといて。といわれた言葉に、一瞬不安を覚えた。
この子、昔からヤルと決めたことには手段を選ばないからなあ。
昔。ストーカー事件のとき、重い腰をなかなか上げない警察に対して、使えるコネを総動員して嫌がらせしたあげく、彼女をストーキングした犯人に対しては生まれてきたことを後悔させたと、校内の噂で聞いた。
「・・・もし、犯人が変質者だったらどうしよう?」
いや、女の部屋に侵入する時点で犯罪者か。
「大丈夫よ。今回は正攻法でいくから」
今回は? かなり気になる発言だけど、力強い彼女の表情に押し切られた。