副隊長ジオの苦労
「失礼します!ジオたいちょ……失礼しました、ジオ副隊長!ルーイ隊長が暴れています!来てください!」
「またか!」
「場所は」
「どうせ酒場だろう?先に行け!酒場のおやじからは領収書をもらっておけ!給料から差っ引いてやる!」
「はいっ!失礼しました!」
壁にかけていた隊服をはおり部屋から出る。廊下を早足で歩く。まったくいくら俺の胃を痛くさせれば気が済むんだ。前は壁をぶち破った。その前には窓ガラスを全て壊したんだか。前は酔っ払って大騒ぎをするとか迷惑だがまだ強要範囲だったが近頃はやることのスケールがでかくなっている気がする。いや確実になっている。
巡回中の新人とすれ違うと立ち止まって敬礼をしてきたので片手をあげてこたえる。
「ジオ隊長であられますか!ぜひ今度稽古をつけて頂きたいのですが!」
「君は新人か?」
「は、はい!113期のウラキであります!実はジオ隊長に憧れて入隊を決意しました!」
なんだか目の輝いている彼に言うのはどうかと思うのだが今年になってから次に言うこの言葉を何度言った・言い間違えられただろうか。それだけ俺が責務を果たせていたことを喜ぶべきなのだろう。未だに俺を慕ってくれる部下も多い。
俺は今の役職には上司のあいつ以外では不満はないし前の職務に未練もない。上司のあいつも酔っていない時はとても優秀な指揮官となるのだからそうという不満もないのだ。酔っていない時だけだが。酔っていても勘がいいから役にはたつが普段の敬意が吹き飛ぶぐらいには酷い。
「ではウラキ。よく覚えておけ。俺は隊長ではない。副隊長、だ。」
「えっ?隊長ではないのですか?」
言葉がだんだんと小さくなっていく。残念かもしれないが事実だから仕方がない。
「そうだ。隊長はルーイだ。」
「ルーイさん……ですか?お会いしたことがないような気がするのですが。」
「お前達の入隊式の折には任務で国境にいたからな。だが毎朝の訓練には顔を出しているぞ?隅の方でいつも木刀を降っているだろう?」
するとどこか納得した顔をしたウラキはぽんと手をうった。
「あの方が隊長でしたか!どうりで剣が強いわけだ。」
「何かあったのか?」
「いえ、その我々と同じ新人だと勘違い致しまして、ちょっかいをかけたのです。」
俺が聞くと少し言いづらそうに告白してくる。ちょっかいとは何をしたのか。別の隊長であればすぐに除隊させられるに違いないがルーイの場合はそうしなかったのだろう。
話すよう促すとウラキはおずおずと話しだした。
あれは入りたての頃でした。剣の稽古をしている最中に隅に座って稽古をしていない者がいたのです。休憩ならともかく傍らに木刀を置いてみなを眺めていただけのようでしたので同じ新人としてカツを入れてやろうと誰かが言いだしたのが始まりでした。
その騎士は騎士服をきておらず黒いシャツ一枚だけしか着ておりませんでした。特殊な任務以外は騎士服を着ていなければこの訓練塔には入れないのでおかしいのですが特殊な任務であれば堂々と皆の前で寝ているわけがありません。塔の前にいる衛兵が彼を入れたということは騎士ということですので決まりを知らない僕達と同じ新人騎士だと判断いたしました。
僕達が休憩時間になった時もぼんやりと座っていたので提案を言い出した同僚は勢い盛んに話しかけました。
「君さっきからずっと休んでばかりじゃないか。体調でも悪いのか?」
「いや?」
「なら何故休んでいる?」
ぼんやりとしていた彼は首を傾げてこう言いました。
「昨日の夜、大変だったからだ。」
「それはどうして?」
「酒を飲んだからだ。」
ぼんやりしているように見えて酒飲みだという彼の僕達を見る目はとても鋭く内心僕は怖かったのですが、話しかけた同僚はプライドの高い男でしてそんな些細なことが彼の気持ちをますます苛立たせたのかもしれません。
「では酒を飲んで気分が悪いために鍛錬をしていないのか?」
「いや?見てるだけだ。」
「ならばよほど腕に自信があるのだろうな!俺と勝負しろ。」
彼は最初から勝負しろということを言いたかっただけでしたが、時間がかかった上に意気込みもますます増していました。
ぼんやりとしていた騎士は勝負という言葉に何か感銘を受けたのかひとつ返事で引き受けました。
「負けても泣き言を言うなよ?」
「誰がお前のような怠け者に負けるか!」
そう言って剣を抜いた彼は忘れていました。相手のぼんやりさんが剣ではなく木刀しか持っていないことを。馬鹿にされたと思ったせいか気配りのきく同僚の彼にしては珍しいことでした。
また彼は私達新人の中で一番の成績で審査を通過した騎士ですので私達は相手のぼんやり騎士が負けるのだと思っていました。
こういう風にただでさえ負けると思っていたものですから流石に木刀と剣ではどうなるのかとぼんやり騎士を心配しておりました。鉄と木では材質が違い過ぎますから。
「あれは止めた方がいいんじゃないか?」
「だが今さら止めたところで……」
ちょうど同僚の騎士が剣を振りあげているところでした。どうなるものかと皆はハラハラしながら見ていましたが私は決まっているであろう結果を見ることが嫌で思わず目をつむっていました。しばらくすると私の耳にはガッという鈍い音と
「うっ!」
という呻き声がしました。剣で怪我をしたのであればそれはかなりの重症なことはわかりきったことなので慌てて目を開けるとそれは予想外の結果が目に入りました。
私の同僚が、腕を抱えていたのです。傍らには木刀をだらんと垂れ下げたぼんやり騎士がおりましたがぼんやりとしていた表情に隠れていた鋭い眼光が露わになり口角はくッと笑みの形になっておりました。それは対峙する私達を怯え上がらせるには十分なものでした。
「お前、名は?」
木刀を喉元に突きつけられた同僚は顔を上げ名前を言いました。それだけでも私は関心しました。見ているだけの私が震え上がっていたのですから。
同僚が自分の名前を言い終わると木刀を持った騎士は木刀で同僚が抑えている腕を軽く叩きました。
「これが戦地ならお前は腕を斬り落とされている。利き腕を斬り落とされた騎士はもう戦えない。」
そしてトンと木刀で同僚の胸をつきました。
「お前は死んだも同然だ。」
騎士の金色の目は同僚の目を離しませんでした。
副隊長もおわかりの通り騎士が敵と戦うための腕がなくなればそれは敵地の中、丸腰でいるようなものです。砂埃の舞う戦地を駆け抜け味方の陣地に帰れる可能性は限りなく低いのは当然のことです。
「これから先そうならないよう、鍛錬するんだな。」
そう言い終わると空き地から去って行きました。
金色の目をした騎士と対峙した同僚は腰を抜かしてへたりこんでしまいました。私達新人に見かけで判断してはならないものだと改めて心に刻んだ1件でありました。
「それきりでしたのでどこの所属かなどは知らなかったのですが隊長であられたと聞き納得しました。新人である同僚を一度でのしてしまえるわけですね。
後で見ていた他の同僚に聞きましたが隊長が同僚に攻撃したのは一瞬のことで目にも止まらぬ速さだったと言います。また対峙した同僚も一撃で腕まで痺れ動けなくなったとか。やはり隊長は凄い方なのですね!
毎朝の朝礼などにもいらっしゃらないのでお顔を知りませんでしたがそうであるなら私はもう知っていたのですね。」
話し終え一息ついた彼は隊長を尊敬の眼差しで話している。ああ、こりゃあ酔っ払った時のあいつを見たら幻滅するな、と思ったが俺が幻滅させなくてもいいだろう。酔ったあいつのことは黙っておこう。
「ジオ副隊長!早く来てください!隊長が!」
悲痛な声にも聞こえる部下の声を聞いてウラキは不思議そうな顔をした。
「隊長がどうかなさられたのでしょうか?」
「あー、気にしなくてもいい。ウラキ、巡回が終わったら外に遊びに行くようなことはせずさっさと寝ろ。明日の訓練はきついからな。」
「は、はい!」
部下に続いて廊下を駆け抜ける。空からは満月の青光が注いでいた。
この一年ですっかり通い慣れてしまった酒場の前に着くと普段の酒場以上の盛り上がりをみせている。やれやれ〜!と騒がしい。
「おい店長。何があった。」
「おっ、ジオさんか。やっと来てくれた。お前さんとこの隊長をどうにかしてくれ。」
やれやれと店長が言った矢先に俺の目の前で見知った黒髪が叫び始めた。
「俺が勝ったんだから酒おごれっつうの!そういう約束だったでしょお!」
「はあ?そうだっけ?」
「そうだし!」
「じゃあもう一回勝負しようぜ?」
「おっしゃあ!こいや!」
酔っ払い同士だからか話が噛み合っていないが喧嘩がおっぱじまるぞ、と回りは無責任にもどちらが勝つかで金を賭けている。
「俺はミカ。」
「私もミカちゃん!」
「おいらもミカ。って賭けになんないよ!」
皆の前で腕まくりをした黒髪の酔っ払い、もとい俺の上司であるルーイ隊長は相手の男にぶつかっていく。
相手の男は酔っ払っているといっても隊長ほどではないようでよろめきつつも手首を掴み投げ飛ばす。おかげでテーブルにぶつかった隊長はその周囲のテーブルも巻き込みなぎ倒していく。よたよたと倒れていないテーブルの端に掴まりやっとこさ起き上がった隊長はわめく。
「っだあああ〜っ!てんめっ!何すんだ!」
「投げただけだろうが!」
「おっしゃあ!かあかってこいやあ!」
「うおおおおお!」
二人共酔っ払いなのでテンションがおかしい。殴り合いは続く。
「何故こんなことになったんだ?」
「わしゃ知らんよ。おたくの隊長がガバガバ酒を飲んでたかと思えばああなってたんだ。」
ぐでんぐでんなはずなのに隊長の右ストレートは相手の顎の下に綺麗に入り。男は伸びてしまった。
「しゃああアアアッッ!!俺の勝ちだねっ!ミカのしょおりいいい!!!」
ワアアアッッと盛り上がる店の中で拳を高く上げてガハハハと笑う隊長の姿を見て頭が痛くなってきた。頭痛が……
調子にのって酒をさらに飲みだす隊長の元に歩き出す。俺の気配を察してか人が横に避けていく。
「隊長!帰りますよ!」
一応世間では彼の方が上司なことは知れ渡っているので敬語で声をかけるとへにゃりとこちらを向いて笑う隊長。遠目からもわかったようにかなり酔っている。
「夜はまだまだだぜー!ジオさんも飲もーよー!」
「店長、失礼する。」
ジタバタと暴れる隊長の首筋を掴んで引っ張るとよろしくという風に店長は手を上げる。このじいさんとのやりとりも何度目のことか。
街のメインストリートである道を外れ河原を歩く。隊長のジタバタと暴れる抵抗は俺の膝裏を殴ったりすることなのでかなり鬱陶しいがこの程度でへこたれていてはこいつの部下は務まらん。
人通りが完全に途絶えたところで歩くのをやめ隊長を脇に下ろす。隊長はべたりと河原に横になった。
「ね~ね~ジオさん。奥さんはいいの?赤ちゃんがお腹の中にいるんでしょ?」
我が妻は妊娠8ヶ月の妊婦であり、俺の最愛の人である。俺はそんな彼女の容体が心配で心配でたまらないと同時にこの世にこれから生まれてくる我が子の姿を見たい。だから俺は妻から一刻も離れたくはないがこいつのせいで家に帰れない。
昨晩などは妻に隊長について話しながら歯ぎしりをしていると
「ルーイ君もまだ子供みたいなものだから貴方が助けてあげないとね。」
などと言われた。それを言った時の彼女は女神だった。俺は腹の底から湧いてくる欲を我慢できそうになかったが子供がお腹にいるのでキスをするだけにとどめた。部屋にいた侍女は顔を赤くしていたが。
だからといって。妻の言葉があったとしても。隊長の言葉に俺はブチ切れた。
「テメエのせいだろうが!ああ?俺は家に帰りてぇよ!だが家に帰れないのは誰のせいだと思ってんだ!?」
「は〜い!ミカのせいで〜す☆テヘッ♡」
黒髪をかきあげ頬に右手の人差し指をあてて左目でウインクをした隊長を蹴り飛ばす。げぇ、と呻いているが俺の怒りがこの程度ですむと思うな!それにミカって誰だ!お前はルーイだろうが!
「いった~!ごめんってば、ジオさ〜ん。でも今日は仕事、朝番だけじゃなかったっけ?」
「そうだよ!俺が夜に仕事がない日ばかり飲みやがって!
前に家で寝ていたら夜中に部下が泣きながらどうにかして下さいと泣きついてきたんだぞ!おかげで休みの日もゆっくり寝れん!
だからお前を家に運ぶまで俺も家に帰れなくなったんだぞ!」
ぞんぶんに蹴らせてもらう。これぐらいせんと気がすまん!
「イテテテ。そうだったのか〜。俺なりにいつも夜中に悪いと思ってジオさんが休みの日に飲んでたんだけどな〜。それがだめだったんだね。ごめんね?ジオさんって私のパパみたいに奥さんのこと溺愛してるから早く家に返してあげたかったんだけど、俺のせいだったか〜。」
俺に蹴られて痛む腹を抑えて夜空を眺める隊長はしんみりとそう呟いた。なんだ。俺にも気を配ってくれていたのか。その行動は全て裏目に出ているがな。
「ジオさんがいない休みの日に思いっきり飲みたかったんだけどな〜。今日もだめだったか〜。」
とりあえず隊長が吐くまで殴り続けた。
翌朝の早朝、出勤すると腫れた顔の隊長が木刀を振っている。こいつは毎朝誰もいない時間帯に鍛錬をするのが好きなので早朝の肌寒い空気の中一人きりだ。
だから隊長とゆっくり話すせるのはこのような早朝の稽古の時間か毎日嵐のようにきている任務が珍しくない休みの日に限る。
「おはようジオ。」
俺に気づいた隊長が素振りをやめて木刀を片手に俺の元に歩いてきた。木刀を振って数時間経っているのか汗を滝のようにかいている。
「手合わせをしてもらってもいいか。」
「いいぞ。」
一つ返事で俺の頼みを引き受けた隊長は俺が剣を抜いたのを見ると木刀を遠くに放り、腰に下げてある剣の柄に触れる。
「ッッ!」
ビリビリと手に振動が伝わってくる。交わらせた刀身の向う側では金色の瞳が普段の半分の大きさで俺の目を見ているのがわかる。目を合わせてはだめだ。合わせれば最期、体が動かなくなる。
いったん後ろに跳び下がると俺を追うように後を追ってくる。再び剣を交じらわせ撃ちあう。こちらも精一杯の力で剣を振るっているのだが隊長は顔色を変えようともしない。一年前までは隊長職を預かっていた身としては悲しいことだ。
息が上がる。隊長から放たれる殺気の渦に巻き込まれぬよう剣をはね返す。
ガンガンと剣を合わせる中、手が痺れなんとか耐えているところに隊長の姿を見失った。あいつどこにいった!?
はっと気づいた頃にはすでに遅く。隊長は先ほどまでとは数段腰を落とした体勢から俺の剣の柄を弾き俺の首筋に剣を当てる。あっさりと剣が手から飛んでいくほどに俺の剣を握る力はなくなっていた。
「隊長、さすがですね。」
「敬語をやめろ。気色悪い。」
そう言った隊長は普段なら格好はつくが今日は腫れた顔なので様にならない。
「ぷはっ!す、すまん。くくっ。」
「笑うな。昨晩飲みに行ってから記憶がない。」
俺がたまらず笑い出したのに不満なのか眉をぴくりと動かす隊長は俺の喉にあてていた剣を鞘に戻す。剣が鞘に収まると同時に隊長から発せられていた殺気がなくなった。
「また夜のことを覚えてないのかルーイ。大変だったんだぞ。昨日は窓ガラスを割るだけでなく酒場の机も数個ダメにしている上にどこぞの一般人の男と殴りあっていた。お前のために休みの日に駆け回る俺の気持ちを考えてくれ。」
俺が言い立てると隊長は気まずそうに横を向く。
「悪かった。」
ぼそりと呟かれる言葉に近親感を覚える。前も同じことを言ってたな。
「以前も同じことを言ってたが直ってないじゃないかルーイ。いい加減にしてくれ。」
「じゃあ今度からはお前がいる日に飲む。」
「それはそれで仕事の邪魔だ!」
「それでは酒が飲めん。」
「酒を飲むな!」
言い争う中、朝日が俺と隊長を照らし一日が始まる。
なんだかんだと言って俺はこの日常が好きだったりする。




