共有試合
「はじめ!」
主審がそう宣告すると、佐々木は剣を上段に構えた。宮本は二刀を体の前後ろに構え、じりじりと間合いを詰める。
佐々木と宮本の試合は剣道界ではもっぱらの話題となっていた。なぜなら、彼らは親の邪な気持ちから、かの大剣豪と同じ名前であったからだ。
中学生のましてや地方大会の一回戦とは思えない程の観客の数、メディアの数。
二人とも、試合が始まる前に違うものにのまれていたのである。
佐々木は剣の振り下ろし方を忘れ、宮本は振り回し方を忘れた。
さながら両者とも間合いを見計らっているように見えるが、その実、両者共もはや身動きが取れなくなっていたのだ。
「これが、大剣豪の名が与えし、真の剣じゃ。小次郎は武蔵の初動を打たんとし、武蔵はそれをいかに掻い潜ろうとするか、武蔵は受けの二刀流をどう生かすか、小次郎は一手でそれを破れるか。この試合は正に、あの巌流島の戦いのようじゃ!」
見知ったようなことをいうお爺さんまで現れる始末。
佐々木は次第にこの重圧に耐えきれなくなり、ふらつき始めた。
「あ~」
ふらつきながら下ろした竹刀に観客が歓声を上げる。
「動いた!」
宮本がいる方向とは90度外れた方向に下ろされた竹刀。隙だらけの佐々木。
しかし宮本も微動だにしない。緊張ですくんでいるのだ。
「あれは!あえて隙をつくり、薙ぎ払うつもりだったのだろう。一刀に全てを込める小次郎の剣にしてはやや迫力に欠けた。肉を切らせて骨を切る。やはり天才か、佐々木小次郎・・・。」
室内なのにサングラスをかけた髭が濃いおじさんが頷きながら語る。
なんとか向き直った両者は試合中にも関わらず、うつむき加減だ。
「あれこそ、究極の集中!無我の境地じゃ!」
無駄にエコーがかかったように静まり返っている体育館。
風の音が聞こえる。
観客の息をのむ音。
「時間切れ!」
審判以外の人間がへたり込んだ瞬間であった。