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ランナーズ・ハイ  作者: 灯月公夜
第二章 中傷
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08:「少し時間があるだろうか」

 翌朝、教室のドアを開けると北条は昨日と変わらずそこにいた。台風の目のように、大木のように、ただただ悠然と。その事に口角が吊り上る。

 俺は昨日と同じように北条の前の席に陣取る。北条は俺をちらりと見るとまた勉強に戻っていった。その手元を見ると今日は物理だった。

「ストーカーさんは今日はなんのよう?」

 しばらく黙って北条の勉強を眺めていると、目を机に向けたまま鉛筆を走らせる北条が口を開いた。

「それ以上視姦するならいい加減お金取るけど」

「高額援交少女にしてはやり方がせこいな」

 思わず口角が上がる。人と話しててこんなに楽しいのはいつ以来だ?考えるのもバカらしいし時間の無駄だ。

 鉛筆を止めることなく北条は澄まして言う。

「それだけの価値はあると思ってるけど」

「どんだけ自分のこと買ってんだよ」

「客観的評価と実績を考慮すれば当然よ」

 言いやがる。そこには驕りも嘲りも存在しない。理路整然とした理性ある瞳だけが、ただあった。

「ますます気に入った」

 俺の言葉に視線を合わせることなく、北条は眉を顰めた。それが愉快で笑いが込み上げてくる。

「昨日はその後どうだったんだ?」

「その質問の意図は?」相変わらず勉強しながら、それでも律儀に言葉を返してくる。「仕事の出来具合?それとも相手の感想?」

「んじゃ両方。特に普段どんな風に収益を上げてるか気になるな」

「三時間二十万。ゴム付き。ただし弾数は時間内なら無制限。五回イカして十二回イカされた」

 つらつらと瑞々しい口元から生々しい情報が綴られる。

「童貞を相手にするよりよっぽど割がいいわ」

 そして皮肉とともに締めくくられる。最後の凍りついた薔薇のトゲが最高すぎるわ。

 俺は我慢できずにクックッと笑う。

「童貞なのは勘弁してくれ。これまでヤリたいと思う女がいなくてな」

「さびしい男」

「褒めてんだから少しは照れろよ」

「当然のこと言われて誰が喜ぶのよ。あんた、『お箸で食事できるんですね、すごいですね』って言われて喜ぶの?」

「なるほど。むしろバカにされてると切れそうになるな」

 そんなバカみたいな会話してると朝礼を告げる鐘が鳴る。その鐘にイラつきながら立ち上がった。

「あ、そうだ」と席に戻る前に北条を見て言う。「どうせならこのさびしい童貞に女の悦ばし方もレクチャーしてくれよ。それぐらい余裕だろ?」

 物理の解を求めながら北条が答える。

「十万プラスね」そして、北条が俺を見やる。「指導料」

「高けえ」

 思わず吹き出す。

「一生モノのスキルを身につけられる上に、二回目からのスタートが並みと桁外れになるのよ。あんたの財布事情も考慮してあげた料金だけど?」

 理性的な目で、驕りも嘲りもうかがえない表情で、つまりは貴族のような顔のまま北条が言う。

「考えておくよ」

 俺は手をひらひらさせながら自分の座席に戻る。

 こいつは惚れ惚れするほどイイオンナだよ。



     ◆



 そのまま北条と言葉を交わすことなく放課後を迎える。北条はさっさと教室を出た。その後を今度はばれないように細心の注意を払いながら付ける。北条は迷いのない足どりでタッタッタッとリズミカルに歩を進めた。

 そう、二度目のストーキングだ。北条の背中を追ってると色んな意味で面白そうだというのは昨日わかったからな。だから今日もその背を追いかける。

 駅に到着する。しかし、北条は今回は都会の方へ行かず、反対側のホームへ降りて行った。これはつまり……。俺は階段の影に隠れるように北条を観察しつつ電車がやってくるのを待った。

 電車が到着し、北条が乗り込む。俺も隣の車両に乗り込み、吊革につかまる北条を見やった。

 三つ目の駅で北条が降りる。その後を追い、北条が改札から出たのを確認してから俺も改札口を出る。そこは寿高校がある駅よりもさらに田舎な空気があった。視線を北条に戻すと、今まさに曲がり角を曲がろうとしていたので、俺は慌てて後を追う。

 そのまま尾行することをおよそ二十分。北条は一棟のボロアパートの二階に上がっていき、そこの一つのドアに鍵を差し込むと入っていった。

 俺は抜き足差し足で錆びついて音の鳴る階段を上っていく。北条が消えた扉の前に立つと、そこには「北条」という名があった。

 思わず呻く。巷で百万以上稼いでる奴の家ではありえない。かといって、あいつはケチる気質ではあるまい。必要なものは必要と割り切り、計画的にするだろう。俺は喉からくつくつと零れる笑みを抑えきれなかった。やっぱりおもしれえ。北条香織。お前はやっぱり最高だよ。

 俺は満足に頷くとその場を後にする。あいつの家を突き止めただけでも御の字だ。ようやく当初の目的を達成できた。

 一階に向かって、また音を極力たてないように降りていく。

 その途中で、この町で不釣り合いなほど高級な車が、ボロアパートの前で止まった。

 あまりに場違いなその風貌に、俺はまじまじとその高級車を見やる。高級車から黒いスーツのサングラスをかけた長身の、見るからに堅気ではない男が現れた。男はそのままボロアパートまでやってくる。俺は階段を再びおり始める。男は階段を上りはじめ、階段の途中ですれ違った。思わず振り返る俺。男はそのまま二階へと消えて行った。それを確認して、再び俺は階段を上がる。ジリリという安っぽいベルの音。ドアが開く音。男と若い女の話し声。覗くと先ほどの長身の男が玄関口で北条と話しをしていた。距離的に内容までは聞き取れない。次の瞬間、北条が分厚い茶封筒を男に手渡す。男はそれを受け取ると、そのまま胸ポケットにしまった。そして、二言三言言葉を交わすと男は玄関から離れ、北条も玄関を閉めた。

 一連の流れを俺は凝視して見つめた。なにがなんだかわからねえが、とても面白いことが起こったことは間違いない。俺は素早く一階に降りながら先ほど光景を脳内で再生する。

 巷で百万以上稼いでいる北条香織。

 しかし、家は安物のボロアパート。

 そこに堅気には見えない男が来訪。

 北条は分厚い茶封筒を男に手渡す。

 男もそれを確認する前にしまった。

 これで何もない方がおかしい。きな臭い匂いがぷんぷんしてきやがる。

 ――おもしれえ。

 俺はにやりと笑う。尻込みなんか微塵も感じなかった。今までの人生で一番ハイになるような展開だ。悪くねえ。

 俺は今日のことを真由ねえに話そうと、さっさと帰ろうとした。


「そこの少年」


 その時、腹にナイフが刺さったかのような静かな声が背後から掛けられる。振り返る。そこには先ほどの長身の男が、サングラス越しに俺を見ていた。

「少し時間があるだろうか」


お待たせしました。一応再開です。

次話は更新は17日のつもりでいます。よろしくお願いします。

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