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ランナーズ・ハイ  作者: 灯月公夜
第二章 中傷
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04:「まっ、自分のモノにして、もしも合わないと思ったらさっさと捨てればいいのよ」

 そうと決まれば、早速バイトだ。とはいえ、この船波ふななみ町は海が近い、東京よりもはるかに田舎と言える町だ。最低時給率も東京よりも百円以上安い。そんなところでバイトしても、二十万貯めるのにどれだけかかることか。かといって、クスリを売ってその後の人生をそっちに走らせるのも、今はまだはえーしな。

「やっぱ、夜間のバイトだな」

 のんべんだらりと学校から帰宅しながら、ぼそりと呟く。

 真由姉の家からここまで、電車を使って三十分ほど。流石に毎日送ってもらうわけにもいかねえし、学生と社会人ではサイクルも違う。

 というわけで、俺は転校二日目から、こんな感じで徒歩と電車を使って通学していた。

 俺が北条を買うといい、また北条がそれを承諾してから数時間しかたってない。噂はあっという間に伝播したらしく、帰りのHRが終わってから俺と北条は門脇に捕まった。

 曰く、「噂は本当か?」というもの。

 本当も何も、事実その通りではあるが、しかし正直に言うのもバカのやることだ。俺は適当に「いや、冗談に決まってるじゃないですか。なぁ」と北条に振り、北条も北条で「あれを本気にするのはバカだけです」と澄ました顔で言っていた。

 結局、ものの五分で俺と北条は解放され(「そんな性質の悪いことは冗談でも言わないように」という小言付きだ。うるせえよ)、北条はさっさと俺を置いて教室を出て行った。

 俺としては正直もう少し話をしてみたい気もしたが、さっさと二十万貯めて肉体言語でかわした方が面白そうなので、その背中をぼぅっと見送った。第一、声を掛けたくても、瀬川たちが俺を掴まえて離してくれなかったんだがな。

 俺は適当に瀬川たちをいなしつつ、バイトの情報を奴らから聞き出した。奴らも奴らで面白半分なので、次から次へと楽で儲かる仕事を教えてくれた。絡まれるのは素直にウザかったが、この情報だけはありがたかった。

 その中の一つ。夜間の交通整備が、結構割が良さそうだと俺は当たりを付けた。

 高校の最寄り駅に到着する。その途中で、無料の求人情報雑誌を手にして、もらった情報と照合して割の良さそうなバイトを探す。

 そうこうしてる間に、真由姉の自宅まで着いた。



   ◆



「大雅! お前ほんとやりやがったな!」

 ビールをカッ喰らいながら真由姉は何度目かになる大声を上げた。そのままその酔っぱらいは俺の肩に腕を回し、ばしばし叩いてくる。

 今日も今日とて、俺が作った野菜炒め肉増し増しを二人で食べている。俺は真由姉のテンションが若干ウザいと思いつつ、それを食べていた。

「なんだよ、めんどくせえことしでかしたって言いたいのかよ」

「はぁ? なにいってんのよ、あんた。あたしは称賛してるのよ」

「女子高生を金で買うっていうが、称賛に価すんのかよ」

「正真正銘、犯罪だな!」

 あはははと真由姉はビールを飲み乾す。そう言って、肩に回していた腕をおろし、おかしそうに俺の背中をばしばし叩いた。いい加減ちょっとうぜえ。

「あんた、北条香織ほうじょうかおりの何を気に入って、あれを買うことにしたわけ?」

「へえ、あいつの名前、香織ってんだ」

「それも知らずに買うことにしたのか!」

 そう言ってツボに入ったらしく、真由姉は笑い転げた。

 しばらく笑った後に、それで? と真由姉が話を促し来る。

「やっぱり動機は、あのデカパイか。それともあれの色香に惑わされたわけ? あれなら童貞を捧げてもいいと?」

「まあ、半分はな」

 当たり前のように準備されていたビールを、俺は軽くあおる。

 事実、あれはイイオンナだと思う。あれを抱けるなら二十万くらい安い。

「んじゃあ、残りの半分は?」

 ビールをまた一本開けながら真由姉が言う。

「あいつの姿を見て、これは買いだと感じた」

「姿?」

「ああ」

 俺もビールをあおる。その苦々しい味と、ぐっとしたのど越しを感じた。

「おもしれえと思ったな。あれはイイオンナだ」

「ふーん、あっそ」

 考え深げに真由姉は鼻を鳴らした。それから残ったビールを弄びながら、ぽつりと口を開いた。

「あんたら、お似合いかもね」

「どういうことだ?」

 俺がそう尋ねると、それには答えず真由姉は野菜炒めをご飯にぶっかけ、豪快に食べ始める。その後残っていたビールを、一気に最後まで飲み乾した。

 真由姉がようやく視線を合わせてくる。そして、茶碗と缶ビールを両手に取った。

 その片方、たれとキャベツがのった茶碗を掲げる。

「快楽主義者のくせして、死ぬほどリアリストのあんたと」

 そして、茶碗を引っ込めて、空になった缶ビールを掲げる。

「リアリストのツラして、その実夢想家の北条香織と」

 その二つをテーブルに戻し、真由姉はにやりと笑った。

「お似合いね」

 そして次の瞬間、興味を失ったように、さっさと食事を再開する。

 正直、何を言われているのかさっぱりだった。

「あっそ」

 だから、俺も野菜炒め肉増し増しをご飯にぶっかけ、残りをカッ喰らう。肉汁とたれで死ぬほどうまかった。

「まあ、何はともあれ二十万さっさと貯めるか。なあ、割のいいバイト知らね?」

 尋ねると、しかし真由姉は盛大にわざとらしくため息を吐いた。

「あんたって、ほんっとバカよね」

「なにがだよ」 

「カネ貯めるよりもいい方法があるでしょうが」

「マジか? 教えてくれ」

 そう言うと、再び真由姉は盛大にため息を吐いた。やれやれと頭を振るおまけつきで、だ。

「これだから、ヤルことしか考えのない男はダメなのよねぇ」

 あーやだやだ、これだから童貞は、とやれやれ口調で続ける。

 その物言いに、流石の真由姉でもイラッときた。

「んだよ、いいからさっさと教えろよ」

「いい、大雅」

 やれやれと演技くさった芝居を止め、真由姉が真顔で俺を見つめる。

「北条香織をオトすのよ」

 なんかの冗談かと思った。だが、それを言ったっきり、真由姉の表情に変化はない。真顔だった。茶化している風では全然ない。

「なんでだよ」

 だから俺も、しっかりと真由姉の目を見つめ返して尋ねた。

「理由はさっきあんたが自分で言ったでしょ」

「ああ?」

「イイオンナ、なんでしょ?」

 言われて、教室でのあいつの背中を思い出す。

 教室に独りで座るあの背中は、周りから蔑まれ孤立しようと、何かを成し遂げようと決意していた背中だった。

 そして、思い出すのはあの俺を見た目だ。

 どれだけ汚辱に塗れようと、どんなに苦しかろうと、人生という舞台で戦い、勝利することを決めていた目だった。

 そうだ、だからあいつはイイオンナなのだ。そこら辺の周りになんとなく合わせて生きているクズどもとは違う。

「どうせ童貞のあんたのことだから、一晩寝たらあれを自分のモノにできるとでも錯覚してたんでしょ? んなわけないじゃない。金払って、一晩寝たら、それではいさようなら、よ。だから金を払うんでしょうが」

 そう言いながら、真由姉は冷蔵庫から出してた最後の缶ビールを開ける。そのままゆっくりと喉に流し込む。喉がぐいぐいと気持ちよさそうに揺れた。

 真由姉が缶ビールを置く。

「北条香織をオトしなさい。本当にあれがイイオンナだと思うなら」

 もう一度真由姉は言った。それから、それよりもはるかに軽い調子で続けた。

「まっ、自分のモノにして、もしも合わないと思ったらさっさと捨てればいいのよ」

 その言葉に思わず俺は笑った。

「女が、それも仮にもセンセがそんなこと言ってもいいのかよ」

 真由姉が、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

「はっ、関係ないね。所詮愚かな人間同士のことよ。助ける時は助けるし、壊す時はとことん壊す。人一人を支えられると思うなんて、おこがましいにもほどがあるのよ」

 それからさらに悪い笑みを浮かべて、真由姉は続ける。

「それに惚れさせちまえば、あんたの言うイイオンナを、タダで何度もヤレるのよ?」

 俺は腕組みをして考える。正直、あれを俺のオンナにするどうこうというのは、考えてもいなかった。ぶっちゃけ、ヤレればそれでいい。その先ことなんて何にも考えてなかった。

 しかし、確かにあれを俺のオンナにできれば最高だろう。脂ぎったおやじに身体を売ってようが、今まで何十人と寝てきただろうが、そんなのは俺にとっては微塵も関係ないしな。

 真由姉の話から全貌が見えたわけではない。だが、どうやら真由姉はどこかであいつを救いたいと思ってるようにも見受けられる。

 が。正直言って、それすらどうでもいい。

 あいつがどうして身体を売っているのか?小遣い稼ぎか、自分を必要とされたがっているのか、それとも他の理由があるのか。

 そんなものも、どうだっていい。そんなものに興味はねえ。

 だが、あれを俺のオンナにするアイディアは悪くない。あの身体をタダで何度もヤレるのはむしろ喜ばしい。

 よし、決めた。

 北条香織をオトす。あれを俺のオンナにする。そして、あいつの身体を心行くまで貪ってやろう。

「ああ、わかった。あれをオトす。それで俺のオンナにする」

 にやりと自然と口角が歪んだ。

「だから真由姉、俺に協力してくれ」

「ああ」

 合図もなく、お互いに缶ビールをぶつけ合い、一気にあおった。

 苦みと爽快な液体が喉を流れ込み、一気に胃へと落ちた。

 顔を戻すと、二人していやらしい笑みを浮かべていた。

「あ、でもどちらにせよ二十万貯めるがな」

 にやにやしながら、しかし俺はそれだけは言う。

「あんたまだそんなこと言ってんの?」

 軽く水を差されるような顔で、真由姉は言う。しかし、これだけは譲れなかった。

「ああ。口約束とはいえ、売買契約だから。きちんと守らねえと」

「ほんと、変に律儀よね」

 呆れたように真由姉が声を出す。それから、気を取り直したかのように悪人の笑みを浮かべた。

 そして、真由姉からによる北条香織の情報提供が始まる。

 理事長や校長、教頭と寝たという事実は、ほぼ間違いなく事実だということ。おそらく、真由姉曰くそれは、援交で退学にならないため、と考えられるらしい。そして、巷では毎月百万以上荒稼ぎしているらしい、ということ。

 聞けば聞くほど、北条香織というオンナがわからなくなってくる。だからこそ、面白い。

 とはいえ、真由姉も北条香織については、そこまで情報を持っていないそうだ。

 強いて気になる情報と言えば、北条香織は高校入学当初は、そこら辺にいる、ただ胸がデカいだけの女子高生だったという点だ。

 高一の夏に入る前に、突如として援交を始めたと言う。それも刹那的ではなく、計画的に。

 真由姉との話で、そこに何かしらがあったという事に落ち着いた。

 何はともあれ、明日から早速行動開始だ。

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