02:あの女だ
「それじゃ、放課後に校門前で。こう言えば、男子高校生はときめくかしら?」
「いや、微塵も」
そんな会話の後、俺と真由姉は別れる。着なれない制服のまま、あたりの生徒をざっと見渡す。
夏休み明けということもあり、重いながらも軽やかな足どりの生徒がいて、その数に軽くうんざりする。そのうちの何人かが、教師のバイクの後ろに乗っていた俺を興味深そうに、遠巻きからチラチラと見ていた。
転入初日ということもあり、ワイシャツの第一ボタンを留め、きちんとネクタイも締めている。この場所が俺の望む場所なら、居心地が悪くなるような原因を最初から作るのは愚かな選択だ。とはいえ、前の高校みたいだったら、そんな気遣いも不要なんだが。
ひとまず生徒の群れに紛れて、職員室を目指す。職員室のドアを軽くノックして、俺はドアを開けた。本日から転入する藤原大雅です、と名乗った後、様子を見る。すると、すぐに中年の担任らしき男がやってきた。そこからあまり遠くないところで、真由姉が事務処理をしているようだ。
「やあ、どうも」
腰の低そうな担任らしき男が言う。
「僕は藤原くんの担任になる門脇です。ちょっと隣の教育指導室で待っててくれるかな?」
言われた通り、職員室から出て指導室へ移動する。ドアを開けてはいると、一対の椅子と、椅子の間に小さな机があった。
俺は構わず片方の椅子へ座る。それから辺りを見回す。そのあまりの普通さに、碧涼もここも大して変わらないんだな、と軽く落胆する。
そのまま三分ほど待たされて、門脇がやってきた。
「やあやあ、待たせたね」
そう言って門脇は俺の向かいの椅子に座る。
「簡単に、うちの高校のこととか改めて説明させてもらうね」
それから数分、退屈な確認と説明がされる。
今日は夏休み明け最初だから、始業式が終われば後は放課後になる、とか。こんな時期に転入だなんて大変だね、とか。本格的な授業は明日からだよ、たぶん前の学校よりも簡単で遅れているだろうけどねははは、とか。ところでなんで自主退学しちゃったの? とか。藤原君は藤原先生の従弟さんなんだってね、とか。
まあ、そんなクソみたいな質問が続き、俺も印象の悪くならない程度に適当に返した。
「おっと、もうこんな時間か」
学校のチャイムが鳴り、門脇が時計を確認した後立ち上がる。
「さあ、クラスに行こうか」
「うっす」
退屈な時間が過ぎたとそのまま伸びをしたくなったが、ひとまず自重して門脇が開けてくれたドアから外へ出る。
俺が出たのに続いて、門脇が外へ出る。そして、ついておいで、と歩き始めた。その後を黙って続く。
五階建ての校舎の階段を上がっていく。そのまま二階へ上がると、右へ曲がった。
俺のクラスらしき教室に着く。そのドアの前で門脇が、ちょっとここで待っててね、と言い、教室にひとりで入っていった。
騒がしかった教室が、門脇が入ったことにより、徐々に沈静化していく。門脇の「夏休みは終わったんだぞー」とか「いつまでも夏休み気分を引きずるなよ」とか、そんな声が聞こえてくる。スマホ弄っちゃダメかね。
「実は、今日このクラスに転入生が来ている」
しばらくしてからそんな声が聞こえてきた。その瞬間、クラスが一気に騒がしくなる。マジで、とか、男? 女? とか、そんな声が聞こえてくる。
「藤原くん、入っておいで」
それからして、やっと呼ばれる。待ちくたびれたぜ、ほんと。
俺はさっさとドアを開け、騒がしい教室へ足を踏み入れる。そのまま鏡台の横に立って、教室内を眺める。
「藤原くん、簡単に自己紹介をお願いできるかな」
それに頷き、俺は口を開く。
「東京の碧涼高校から来た藤原大雅という。碧涼高校と聞いて俺が頭良いように聴こえたかもしれないが、別にそんなことはねえ。この高校での楽しみ、あるいはこの町で面白いところがあったら何でも教えてくれ」
俺の挨拶が終わると、ぱらぱらとした拍手が教室から聴こえてくる。後ろで黒板に俺の名前を板書してた門脇が、口を開く。
「藤原くんは、うちの理科の先生の藤原先生の従弟さんだ。みんな、仲良くしてやってくれ」
その瞬間、軽くクラスに驚きの声が聞こえてくる。真由姉は騒がれるくらいには、有名人なんだな。流石。
「じゃあ、藤原くんに何か質問したい奴はいるか?」
「はい!」
門脇のすぐ後に、クラスの後方にいる男子が勢いよく手を挙げる。
「瀬川、なんだ?」
門脇がその生徒を指す。瀬川と言われたノリでしか生きてなさそうな、今時の男子高校生が口を開いた。
「真由ちゃんの従弟ってガチ?」
見た目通りの軽いノリで聞かれる。
「ああ」
「マジかー! え、じゃあ、今真由ちゃん家から通ってんの?」
「まあな。昨日初めて行ったが、結構いい家で綺麗だったぞ!」
「うわ、ガチで! もっと詳しく教えてくれよ」
「こら、あんまり藤原先生のプライベートは詮索するなよ」
盛り上がる瀬川を門脇が釘を指す。
「じゃなんで、藤原はうちの高校に来たの?」
注意されて一瞬拗ねた瀬川が次の質問してくる。こういう無遠慮さ、別に嫌いじゃない。
「特に理由はねえ。真由姉に呼ばれたから来たってだけ」
「え、でも碧涼に行ってたんだろ?」
「まあな。でも、七月の終わりに退学した」
「は? なんで?」
瀬川の疑問はクラスの疑問だったのか、軽くざわつく。
「別に大した理由はねえよ。一流校に行けば楽しいことしかねえ、っていうから入ったのに、勉強しかねえクソみたいな高校だったからさ」
俺は続ける。
「俺にとって、この人生ってのは楽しいかつまらないか、面白いかそうじゃないか、この二つでしかねえ。碧涼は俺にとってつまらなくて面白くなかったから辞めた。だから、この高校もそんなだったら、辞めちまうかもな」
笑いながら言う。しかし、クラスが軽く凍った。質問してた瀬川も、呆気にとられた顔で口をつぐんでしまった。そんなに俺の考えはこいつらに理解できねえのか。つまんね。
「まっ、適当に仲良くしてくれ」
そう締めくくって、俺の挨拶は終わった。
正直言って、ここも大したことはなさそうだ。
なさそうだが、しかし一つ気になった。
俺に一切関心を持たず、ずっと勉強してたあの女だ。