01:「さいっっっっっっこおおおおおおおおおだあああああああああああ!」
「人生ってなんなんだろうね?」とか言いやがる奴はいっぱいいる。「人生って、何が楽しいんだろうね」とかほざきあがる。アホじゃねえのか。特に中高生がそんなことをほざきやがることが多い気がする。
いやそんな気がするのは、俺が十七だからかもしれねえが、そんなこたあ今はどうでもいい。
つまりは、そんな戯言をほざくことが多いという事だ。
楽しい事がない。面白いことがない。興味をそそられるものがない。夢が持てない。そんな戯言を並べて、すかした顔をしてやがる。雛鳥みてえにアホ面下げて、どこからか降って来るをずっと待っていやがる。冗談じゃねえ。
俺は知ってる。それは口を開けてるからといって、勝手に入って来る代物じゃないってことを。口を開けてても、親鳥からのお零れが、必ずしももらえるわけじゃないってことを。
そんなもん、所詮は空想幻想妄想の代物であって普通じゃありえねえ。なのにときたら俺の周りの人間は大人も子供も大口を開けてねだり、来ないことにひたすら不満しかもらさねえ。
本当にアホすぎる。いっそう哀れすぎて泣けて来るね。最高だよあんたら。
俺は知ってる。待ってたって来やしないってことを。恥ずかしいだのアホらしいだの世間体がどうだの、そんな言い訳に縋って見逃したりはしない。
俺は、自分で最高に楽しくてわくわくする人生を掴む。
他人の迷惑? 知ったこっちゃないね。ああ知らねえ。それこそ興味なんかねえよ。
俺は自分が楽しけりゃ最高。楽しくなけりゃ最低。この基準しか、生憎と持ち合わせちゃいないんでね。それで十分。ああだこうだ屁理屈こいて何もしねえ奴なんてのは、ただの弱虫だ。へたれだ。意気地なしだ。根性無しだ。
ああ、いくらでも俺は言ってやるよ。他人の視線を気にして言い訳をひたすらこいて、大口開けてるあんたらには、最低の人生しか訪れない。訪れやしない。
それを指摘してやったら「わかっちゃいるけど」とかいう奴はただのアホだ。弱虫でへたれで意気地なしの根性無しだ。人生は自分だけの物だ。運命? 必然? クソくらいだ、そんなもん。俺は俺の手で人生を生み出し作り上げる。最高で楽しく脳味噌がハイになるようなシナリオだ。あとから自分で読み直して「傑作だ。これに勝るもんなんかなくね?」とか言い張れる人生を築き上げてやる。
後悔なんかしない。絶望もしない。後ろなんて、人生の終着点で振り返えりゃそれで十分。
俺は、生きて生きて最高に生き抜いて、それから自分の人生が、自分で爆笑出来るもんに仕上げてから死んでやる。そう決めてる。
言わばこれが俺の夢。馬鹿げてるとか言いたけりゃ言えばいいさ。何もしない臆病者の台詞なんか痛くも痒くもねえ。後悔すんのもあとから憂うのも全部てめえの責任だ。俺はそんなへまはしねえ。最後の最後に大声で言い放ってやらあ。腹の底から叫んでやる。
「さいっっっっっっこおおおおおおおおおだあああああああああああ!」
俺は真由姉の腰にしがみ付きながらありったけの声で叫んだ。がたがた豪快に揺れまくるバイクの上で風がびゅんびゅん後ろへブッ飛ばされて行く。気分はハイ。最高にハイ。最高。超最高。
「真由姉マジやべえよ。マジ最高!」
「よし。じゃあ、もっとブッ飛ばすからしっかり捕まっときなよ」
「アイアイサ―」
真由姉愛車が唸りを上げてさらにその速度を上げる。真由姉の腰にまわした手が離れそうになるくらいに早い。今落ちたら確実に昇天できる。今更ながら、真由姉に言われた通り、腰を紐で結んどいてほんとによかったと思う。ま、今死んでも後悔はねえけど。
バイクは海岸沿いのくねくねとした道路を疾走していく。辺りには車の気配はない。九月の海は生臭く、しかしそれ以上に清々しかった。
最後に曲がりくねった坂道を上がり、ようやく真由姉はバイクの速度を落とす。
「どうよ、大雅。最高でしょ?」
信号で停車して、真由姉は尋ねてくる。
「もうマジ最高!」
俺はそれに興奮を隠しきれずに返す。最高すぎて、真由姉の長い黒髪が顔にあたることすら、どうでもよかった。
「そうかそうか。もうちょっとでうちに着くから、もうしばらく捕まっときな。どさくさに紛れて胸を揉んでもいいわよ」
「了解」
それと同時に信号が青になり、バイクが急発進する。その時狙い澄ませて胸を掴んだが、当然事故だ。
俺はそのまま手のひらの柔らかさと、耳のそばを風が通り抜けていく快感を味わった。
◆
全国でも有数の進学校、碧涼高校を退学した俺は、しばらくの間ニート生活をしていた。と言っても、大半はヒマ過ぎて勉強してたんだが。
そんな俺を見て、お袋は絶叫の後にノイローゼに。親父は俺をいないものとして扱い、お袋にかかりっきりになった。
社会から外れた快楽主義者に場所はない、とのことだ。
だからどうした。俺をいないものとして認識するなら、こっちも同様にさせてもらうだけだ。幸いうちの親に関して、俺が真似したいと思うことはもうない。俺の最高の人生に関わってくる要素もだいぶ消え失せた。
自主退学したのが七月後半だったのが幸いして、そんな状態が二か月近く続いた。そんな時、その電話はきた。
藤原真由。父方の二十七歳の従姉だ。海の見える町の高校の教師をしているらしい。
その従姉から不意に電話がかかってきた。
『行くとこないなら、うちの高校に来な』
俺にとっては渡りに船でしかなかった。こんな家とも両親ともおさらばして、真由姉のいる高校へ編入する。面白そうじゃねえか。一瞬でそう結論づけた俺は、次の間には編入試験はいつかと尋ねていた。
◆
真由姉の自宅は、そこそこな出で立ちの一軒家だった。真由姉の愛機「Z750Turbo」――通称ターボをしまうと、二十七歳独身女性の部屋へ案内される。
意外にもそこそこ整理されていて、ほんの少しがっかりした。
「とりあえず、今から飯を作ろうか」
手に着いた油を洗い流しながら、真由姉がそう言う。
「オーケー。じゃあ、適当にくつろいでるわ」
そう言いながら、適当に腰を下ろす。
「何を言ってるの? お前が作るのよ」
はあ? と怪訝な顔を向ける。しかし、すました顔で真由姉は続ける。
「居候のくせして、ただでいられると思った? 働かざる者食うべからず。居場所がないから引き取ってやったのよ。だから、炊事洗濯はよろしくね」
「引き取った、って俺はペットか何かか」
「違うわ」
真由姉がにやりと笑う。
「うちにいる限り、お前は私の所有物。道具としての不始末は拭ってやるから、私のいうことを聞くことね」
他に行く当て、ないんでしょ? と絶対的な立場から告げられる。
そんな風に言われたら、なにも言い返せなくなる。
「わかったよ」
俺は今しがた降ろしたばかりの腰を上げる。そして、おくびもなく告げた。
「だけど、俺今まで一度も飯作ったことねえから。激マズの飯食べたくなかったら、俺に料理教えろ」
俺の言葉に、真由姉は一瞬ぽかんとした顔をした後、ゲラゲラ笑いだした。
「この不良品め。さっさと手え洗ってきな」
それから俺は真由姉の手ほどきを受けながら、野菜炒め肉増しを作って二人で食べた。