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天と地の境界線  作者: 虹乃 咲
天の章
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008 脱走

 王宮内を走る音が木霊する。軽快な足音ではなく、まるで何かに追われているような焦りを含んだ足音。ばたばたと足音がして、焦燥感が滲み出ている。

 当然だ、蛍子は追われているのだから。

  

 逃げなきゃ、逃げなきゃ。ここから出ないと。


「っはあ、ぜ・・ふ、ふぅ」


 息の仕方を忘れたように不規則な呼吸が続く。だが、足を止める訳にはいかなかった。捕まったら何をされるのか分からない。言いようもない不安が胸を過ぎる。

 途中で運度不足の足がもつれ何度も転び、そのせいで翼は消えたようであった。どうしてか、と考える暇もなく走り続ける。どこかに出口があるはずだ。


 走りながらも自分を非難する。

 なんて愚かなのか、どうして気付かなかったんだろう、皆、同じ髪と瞳をしていたというのに。

 兄さんに教えてもらったというのに、自分はそれを見落としていた。近くにありすぎたからだろうか、そうと言っても自分の迂闊さに呆れて笑いすら出てくる。

 それに太陽は有翼人と間違われ牢獄に捕えられた、と。ならば自分もそうなると考えていなかったのだろうか。こんなに目立つ色、黒目に黒い髪、考える間でもなく自分は有翼人の特徴だ。それなのに何故捕まりもしないのか。

 それにあんなに主張し続けていた大きな赤く燃え盛る太陽。その太陽を奪い合う戦いが起きているというのに何でこんなにも太陽は身近にあったのか。

 ――ああ、ああ、なんて愚かなのか!


 自分を卑下しつつ曲がり角を勢いよく曲がった途端、前から来ていた誰かに正面衝突した。


「たあっ!」


「おっと」


 ぶつかった鼻を押さえて眼の前の人を見上げた。

 蛍子が身体ごと体当たりしたというのに眼の前の人物は何の衝撃も受けていないようだった。そして片手で蛍子の身体を支えていた。


「廊下を走るだなんて、馬鹿としか言えないですね」


「・・は? えと、すみません。お怪我はありませんか」


 何か変な単語が聞こえた気がするが気のせいだろう。こんなに優美な笑みを浮かべている人物から蛍子を侮るような言葉を聞くわけがないとの考えに到達し、ぶつかってしまったことを謝った。


「おや」


 相手はまじまじと蛍子を頭のてっぺんから足のつま先まで見た。余りにも不躾に見るので眉を寄せて後退りしようとしたが腕と腰を掴まれている。


「なんだ、黒のじゃないか。もしかして新人?」


 蛍子の腰から手を離してそっと立たせてくれた。腰に手を当てて紳士のような振る舞いに女性を扱うには慣れているのを感じ蛍子は何だか歯がゆい思いをする。


「は、はい」


「そうか、だからこんなに慇懃丁重なのですか」


 一人で納得している人物をゆっくり見た。

 薄い赤色の髪と瞳をしている。身なりは清潔さを醸し出しているのに髪は肩で不揃いに切られていて全体の印象を変えさせる。部屋にいた黒い翼をもった人達とは少し違った服装で、彼らの身体にフィットした服とは違い、こちらはゆったりとしている。そのまま視線を上げてみると、顔に張り付いた笑みは少々恐ろしく感じたが言葉は柔和なため安心感を感じる。


「もしかして練習がきつくて逃げ出した、とか」


「はい、じゃなくて。いいえ、違います。急ぎの使いを頼まれているんですが迷ってしまって、すみませんが裏門はどこにあるか知りませんか?」


 呼吸を整えながら蛍子は外に出る道を怪しまれてないか、心臓の鼓動を早く奏でながら聞いた。

 顔つきから見ても白痴ではないと窺わせる彼にこんな安直な嘘が通じるか不安だった。


「あぁ、もしかして新人いびりかな。ブライトがやりそうなことだ」


「いえ、そういうのではないのですが」


「いい子だ」


 ぽん、と蛍子の頭に手を置き子供を扱うように頭を撫でる。


「あ、あの」


 どうすればいいのか、息切れにより酸素が充分脳に達していない頭で考えるのは難しく、全く身動きができなかった。


「いいでしょう、途中まで一緒だから案内してあげますよ」


「ありがとうございます」


 本当は一人で見つからないように行きたかったのだが、断ることもできず引き攣った顔でなんとか答えた。

 

「私はアカシアと言います、君は?」


「・・・蛍子です」


 偽名を使おうか考えたが、別に損得はないと思い本名を名乗った。

 2人はアカシアを先頭にゆっくりと歩き始めた。


** * * * * *


 なんとか蛍子の呼吸も多少は落ち着き、アカシアさんと一緒に会話をしながら歩いているときだった。

 目の前から黒髪、黒目の男がこちらに向かってきた。

 

 蛍子は咄嗟に近くの扉にアカシアさんにばれないよう、こっそり身を潜ませた。


「アカシア、伝達は来たか?」


「おやクツキ、伝達ですか? 来てないと思いますが」


「先ほど副隊長から連絡があったのだが、ある少年を探しているらしい」


「ある少年ですか」

 

 アカシアは顎に手をあて考える仕草をした。その時にさらりと髪が揺れ、思案する顔が艶やかに見えた。


「これは、ごく一部だけの話だが、その少年は漆黒の髪と瞳にかかわらず、翼が白かったらしい」


 はっと蛍子は息を飲んだ。・・十中八九、いや確実に自分だ。というか何で皆して少年というのだろうか。確かに胸は小さいし言葉使いも粗悪だが、こうも女に間違えられるとは全く失礼な人達だ。蛍子は自分が追われている身だというのに違うところで茶々をいれる。


「しかもロッツイの話によると8枚羽だったそうだ」


「8枚っ!?」


「あぁ、その少年を捕まえろとの命令だ」


「・・その少年、髪は腰まであり、女のような美丈夫な子で名は蛍子ですか?」


「そこまでは知らん。映像を送るから見ろ」


 クツキが手のひらをアカシの額に翳してすぐに離した。

 

「あぁ、やっぱり。この子そこの扉の影に隠れてる子ですよ」


「!?」

 

 何故後ろを見ずに、そこにいると分かったのか、考えることもせずに扉の影から飛び出して反対方向へとまた走り出した。




* * * * * *


「追いかけないのですか?」


 アカシアは蛍子が曲がったのを見届けてクツキの方へちらりと眼を移した。


「どうせ追跡呪文でもかけたんだろ」


「おや、ばれましたか」


 悪びれもせずにアカシは飄々とした態度で微笑した。

 蛍子には悪いが、初めて会った時から怪しいと思っていた。あの隊長格なみの漆黒さで新人いびりなんて行われない、というか怖くてできないだろう。やり返されるのが関の山だ。

 だからアカシアは黒の騎士団へと連れて行こうとした。まさかクツキに会うと思っていなかったが一応、追跡呪文を頭に触れてつけておいたため、蛍子がどこにいるか手に取るようにわかる。


「本当、性格悪いな」


「いえいえ、お褒めに預かり光栄です」


「褒めてないが」


 皆に分かるよう、思念に魔法をのせて蛍子の位置を共有する。


「可愛い良い子だったんですがね、世間知らずの子でしたね」


 アカシアは蛍子の顔を思い出してクス、と笑った。あの怯えた顔でいながらも必死に逃げようとする姿、なんて可愛いのか。


「本っ当、性格が悪い奴だ」


 クツキの呆れた声で更にアカシアの笑みが深まった。



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