表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天と地の境界線  作者: 虹乃 咲
天の章
7/18

007 恵み


 荘厳たる空気を醸し出している王宮の中を2人の武官が並んで歩いていた。だらだら歩いている男ときびきびとした足取りの男との組み合わせは異様に見える。


「あーあ、面倒くさいね」


 ロッツイはちらりと冷たい眼を隣の男に向けた。


「くどいぞ。それにこれは太陽様がお考えになった事だぞ。我ら民のためのお考えだ」


「民のため、ねぇ」


 怠そうに歩きながら自分の猫っ毛である黒い髪を片手で弄びつつ、ブライトは小さく呟いた。

 本当に民のためなのか。ブライトは王宮に入り始めて5年、常に思い続けている。



 これから行われる『お恵み』のために2人は駆り出されている。

 お恵み、それは(てい)のいいようにしか聞こえない。確かに民の髪、眼の色、そして翼を見る。その時に王宮の王宮に来てくれた謝礼として食べ物がその家へと送られる。

 また才に恵まれた者がいれば、引き抜き王宮が育てあげる。

 だが民から俊才が生まれる子など無いに等しい。

 民の子は民、貴族の子は貴族、とすでに生まれる前から決まっている。なぜなら、貴族の子は色が濃く生まれる。両親が濃い色を持っているからだ。

 だから、これは行われなくてもいいように感じるのだ。



「この役は嫌だねえ。嫌悪が走る」


 ブライトの小さな呟きをロッツイは見逃さなかった。

 本当は太陽様の意に背いた者として処罰しなければいけないがロッツイも同じ気持ちのため何も言えなかった。だがロッツイは副隊長として言うことはできなかった。

 忠誠を捧げている太陽様に反発などしてはいけないのだから。

 


 ロッツイは黒の騎士団の副隊長を勤めている。ブライトは黒騎士の第3副隊長だ。

 黒の騎士団とは、その名の通り翼が黒い者の集団だ。他の色の翼を持つ有翼人には魔法が敵わないが体術が優れている者の集まりだ。

 黒騎士は総隊長、そして副隊長、その下に黒騎士7番隊がある。


 隊長たちは皆、濃い黒を持っている。原色に近い者ほど強いのだ。

 だが、それに加え総隊長と副隊長は4枚羽であり、しかも大きい翼だ。

 そのため誰もが憧れる存在になっている。



「さっさと終わらせるぞ」


 精悍な顔を曇らせながらもロッツイは玉座の間の扉を開いた。







*  *  *  *  *


 ずっと立ちっぱなし、休憩もなしに半日が過ぎた。

 だがフードを被っている者達の列を見て、やっと落ち着ける。

 列は後百人というほどになった。

 

 隣では、この部屋に入ってからずっと仏頂面であるブライトに苦笑した。

 男前な顔立ちなのに崩れている。


「おい、ブライト。後百人ほどだ」


「はいはい」


 ずっとロッツイにまかせっきりだったが後百人という単語にやっとやる気を見せた。


「やる気が遅いぞ」


「だって朝からあんなんじゃさぁ」


 朝は王宮から人が溢れ出し長蛇の列をなしていた。その数、ざっと数千人。

 

 だからブライトは若造のままなんだ、と心では思うが口に出さなかった。口に出したが最後、ずっと嫌がらせを受ける。



「おばあちゃんからどうぞ」


「はい、ありがとう」


 次は老婆とその孫だった。老婆の方はフードを最初から被っていなく少し驚いた。

 有翼人は色が薄いことを恥だと思う。そのため色素が薄い民たちはフードを被って生活をしているのだった。

 老婆は色素が薄い茶色だった。これでは普通被っているものだが、ちらりと後を見るともう一人の連れがいた。

 こちらは深くフードを被っていたため、こちらの連れにフードを与えたのだろうか、と思っていた。



「名を」


「私はソフィア、そして孫のジェシです」


 片腕のないジェシにフードを脱ぐように言い、2人は並んでロッツイとブライトと向き合った。


「では翼を」


 バサッと小さい、そして後ろが透けてしまうほどの薄茶の翼が2枚ひろがった。

 それを手元の用紙に書き込んで、別の扉へと向かわす。


 ロッツイはジェシと名乗る片腕が無い子供に痛々しい眼を向けた。

 子供は無邪気な笑顔で祖母を見ている。

 このような小さな子供を見て思う。

 本当に自分は正しいことをしているのか、自分は民を守るために黒の騎士に入ったのではないのか。



「副隊長」


 ブライトの言葉にはっとした。


「次」


「・・・」


 だが次の民はいくら呼んでも動こうとしなかった。


「おい、早くしろ」


 もともと短気な性分に加え、朝から続いていた審査だ。自分の思い通りに進まぬことがあると苛立たしい。


「この方は入団希望者ですよ」


 先ほどのソフィアと名乗る老婆がそっと教えてくれた。


「蛍子さん、道中ありがとうございました。またお会いできましたらお声をかけて下さいね」


「お兄ちゃん、ばいばい」


 2人がそろって目の前の人物に手を振りながら横の扉へと消えた。


 

「なんだ、正門からはいればよかったものを。まぁいい、ここで検査するか。どうせ、お前たちで終わる」


 後数十人という程度の列が見えた。


「じゃあフードをとって」


 ブライトがやっとそれらしいことをし出した。

 多分、眼の前のフードを被っている入団希望者に興味が惹かれたのだろう。ブライトは興味のあることしかしない。

 切れ長の瞳が輝いている。

 

 だがいくら待っても目の前の人物は動こうとしない。


「おい、後がつかえる」


 もう待っていられなく無理やりフードをはぎ取った。




 ――その瞬間、息をのんだ。


 フードからこぼれ落ちた、これでもかという黒く艶がある長い髪。夜空のように暗い、瞳。

 太陽の光など浴びたことがないような白い肌。驚きの余り、眼がこぼれそうなほどに見開いていた。




「今日のルーキーはやるね。絶対に副隊長まで上り詰めるんじゃない?」

 

 ブライトがにやにやと言葉をなくすロッツイを見た。それに意識を戻して、答える。


「ふん、色がこれでもな。翼を見ないには何も言えん」


「おっと早くも宣戦布告ですか。ロッツイ、副隊長の座、危うし」


「黙れ、おい小僧。早く翼を出せ」


 だが何の反応も示さない。


「あーあ、ロッツイが怖がらせるからだよ」


「ふん、こんなもんで怖がれちゃこの先やってけねえぜ。おい、しっかり立て。全く女みたいに細い奴だな。こんな軟弱な奴じゃ無理に決まっている」


 腕をつかんで、ブライトの方へ向き直らせた。男は本当に脆弱な感じだった。簡単に捻り上げられる白く細い腕。小さく震えていて罪悪感を感じたがブライトに引き渡した。


「ブライト、やれ」


「はいはい、あれこの子震えてる。可愛いな、その表情とってもそそる」


 ブライトが気味の悪いことを言ったためか、それともブライトに身の危険を感じたのか逃げようと手足をばたつかせた。


「ちょっと逃げちゃ駄目だよ。これから僕たちと付き合っていくには必要なことじゃないか」


「悪趣味が」 


「っやだあ!!」


 やっと声をあげたと思ったら、まだ声変わりもしていない高い声だった。本当に男か、と疑うものだが目の前の漆黒の髪と瞳を見て男だと知っている。


「この子、子猫みたい。本当に志願者かな?繊細な女の子にしか見えないんだけど」


 ブライトは背中に手を当てた。






 ―――ばさっ、眼の前を白い純白の翼が覆っている。

 

 普段ロッツイはあまり驚くことはないのだが、この時ばかりは眼を見開いた。



 

 あぁ、なんて綺麗なのだろう。


 そんな女々しい言葉しか思い浮かばないのだが、この翼はその言葉がぴったりと似合う気がした。



 だが、男は勢いよく身を翻していた。背中から翼を出しながら、王座を背に近くのドアを開けて逃走した。

 そのことにより、はっとする。


「おい、ブライト」


 ブライトも茫然としていたがロッツイの言葉に我に返った。


「ロッツイ、今の見た?」


「あぁ」


「信じられない。あの純白、そして何より8枚羽」


 王宮で最も素晴らしい翼の持ち主は6枚羽の太陽様だ。

 だが今のは太陽様を凌ぐほどの翼の大きさと美しさであった。


「今から、全隊に連絡する。ブライト、お前は奴を追え」


「了解」


 久々の愉しみにブライトは舌舐めずりをした。



 軽快に走っていくブライトを見届けてロッツイは全隊長に連絡を取り始めた。

 そして、もう一度2人が出て行った方へ眼を向けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ