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天と地の境界線  作者: 虹乃 咲
天の章
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006 王宮


 ――――すごい。蛍子は目の前の情景を見て感嘆した。

 まるで人の博覧会のようだ。博覧会と言っても人は当然の如く動いているが。しかし色々な髪や瞳を持った人々が蛍子達の間をすり抜けていく。隙間という隙間は人によって埋め尽くされ、人の声が途切れることなどなかった。

 王都はとても賑やかだった。


「うわ、すごい人」


 蛍子達を囲むは人、人、人だ。すれ違う人、立ち止まる人、それに店の人に話しかける人でいっぱいだ。

 初めての感覚に、ほうっと溜め息が出た。

 こんなに人がいるのには驚きだった。王都は(きら)びやかで人も建物も輝いている。あちらこちらから人の声が聞こえ、皆、瞳が生き生きしていて生命力が滲み出ていた。どの店も自分達の商品に興味を持ってもらおうと声を張り上げている。

 

「僕が住んでるとこよりおっきい」


 蛍子と手を繋いでいる男の子、ジェシを見返した。


「えぇ、そうなんですよ。私達の所は田舎でしてね」


 ジェシの足りない言葉を補うようにジェシの祖母ソフィアが説明してくれる。ここより北に遠く離れた小さな村で育った2人。そこは、あまり人が訪れず、また寒い季節が続く地域だ。本当はここ、王都までに4時間弱ほどかかったがソフィアとジェシは丸1日かけて歩いて来たと言われ、蛍子は数時間でへばってしまった自分を恨めしく思った。


「すごい活気に溢れているね」


 やはり異世界と言うのか、人々は異彩を放っている。いや、この場合ジーパンに長袖の蛍子の方が可笑しいのだが。

 紫や黄色などの濃くも薄くもない色の髪があちこちをうろついている。

 

 2人との会話によって分かったことがある。

 ここでは髪や眼の色が濃い方が高い身分、地位を有するようだ。

 原色に近いほど高貴であり、貴族の地位が与えられている。だが色が薄いとただの民、あまりにも薄いと下民として見られることがあるため、色が薄い人たちはフードを被って過ごしている。

 

 ソフィアとジェシは薄茶の瞳と髪の色を有している。だからフードを被っていたのだ。

 それなのにソフィアは蛍子にフードを貸してくれた。その話を聞いて、すぐに返そうと思ったのだが蛍子の服がまだ濡れているとの理由により貸し続けてくれている。感謝をしきれないと思った。


「何か食べますか?」


「いえ、私はいいです。まだ疲れてないので」


 疲れてない、と言うが蛍子は肩で浅い息をしていた。それにお金など持っていない。明らかにそこらにある屋台で売り買いしている人達が握っている硬貨は見たこともないものだ。

 

「おばあちゃん、僕、のどが渇いたよ」


「あらあら、ごめんなさいねジェシ。何か買いましょうか」


 どうやら持ってきていた飲み物は空になってしまったようだ。

 近くにある屋台へソフィアが飲み物を買おうと近寄った。


 すると屋台にいたオレンジ色の髪をしたおじさんがソフィアに気付き目をつりあげた。


「近寄るな、下民。ここはお前たちの来る場所じゃねえ」


 そして犬でも追い払うように手を振る。その拍子にソフィアはよろめいてしまった。


「おばあちゃん」


 ジェシが庇って前へ出る。その拍子にフードが捲れ上がった。


「っつ、咎落ちか!」


 屋台の人の言葉に遠巻きにしていた人々も色めき立った。その視線は片腕しかないジェシに釘付けだ。

 

 咎落ち? 人々の異様な視線を目の当たりにして、その言葉は忌み嫌われているものだと悟る。確かに歩いている途中でジェシに腕が片方無いとは気付いていたが態々(わざわざ)指摘することではない。それなのにここまで非難されるとは。

 確かに人とは違うことは人々の畏怖を生む。しかし、この反応は些か大きすぎる気がする。大人とよべる成人した人までもが隠しもせず蔑んだ目をしている。


「ちょっと、あなた、ソフィアさんが怪我するところだった・・」


「いいんです蛍子さん。さあ、早く行きましょう」


 腕をソフィアに引かれながら納得できない様子の蛍子が立ち去った。

 城についたら、絶対、太陽にこの差別を聞かなくては、と考えながら大人しく2人の後に続いた。


** * * * *


「先程はありがとうございます」


 ソフィアが市場から抜け出した処でお礼を言った。

 

「お礼を言われることなんてしてないです。全く、お客にあんなことを言うなんてあんな店は早々に潰れますよ」


「・・蛍子さんは咎落ちを見ても何もおっしゃらないのですか?」


「咎落ちって、ただジェシに、その、右腕が無いことですか? 腕が無くても充分に生活できるじゃないですか。それなのに罪人みたいに言われるなんて心外です」


 そう言って怯えているジェシの頭を軽く撫でた。

 眉を吊り上げ、本気で怒っている蛍子にソフィアがもう一度お礼を言った。


「これから二人はどこに行くんです?」


「私たち()城へ行こうと思ってます」


「じゃぁ、城まで一緒に行きましょう」


「・・・」


 一瞬、ソフィアの動きが止まったがすぐに笑顔になり言った。


「そうですね、どうせ目的地は一緒なのですから」

 

 漸く城を見渡せる位置にまで来ると城までは行列が続いていた。何百人という人たちが列を連ねている。話し声や仕草からするに年配の人が多い気がする。

 その列の最後に3人は並んだ。


「すごい人だね」


「それはそうですよ。何せ、太陽様が無料で食糧を配布して下さると言うのですから」


 並んでいる人たちは皆そろってフードを深く被っていた。それを見て、やはり差別を受けている人達が多いとの感想を抱いた。


「けれども、よろしいのですか。蛍子さんはこの列でお並びしなくても正門からすぐに入れるでしょうに」


「いえ、お2人の警護役をかって出たのですから最後までお伴しないと」


「まぁ、さすが黒の騎士団ですわ」


 実を言うところ、ただの情報集めだ。

 もちろん、2人を守るという目的もあったが、まずは自分に有利な情報を優しい2人から聞き出そうという魂胆であった。

 

 あの、おちゃらけ兄さんが。大事な情報は事前に教えておくものでしょうに。兄がいる軍団が黒の騎士団というのであろうか。考えてみるも情報が少なすぎて分からない。そして結局、兄が悪いという結論に達した。

 この待ち時間を使って新たに太陽殺人計画をひっそりと練っていた。


** * * * * *


 待つこと4時間、さすがにずっと立ちっぱなしは疲れてきた。ジェシなど蛍子の腕の中で眠っている。意識がない子供はとても重いというが本当だ。今すぐに下に下ろしたい気分になるが、こんなに気持ち良さそうに寝ている子にはできないと頑張って腕を動かさないようにしている。


「本当にごめんなさいね」


 声を抑えてソフィアが申し訳なさそうに呟く。


「いいんですよ、一日も歩いていたらジェシも疲れちゃいますよ」

 

 4時間も待って、やっと城へ入れた。


 城の中は王都よりも煌びやかだった。あちこちに贅をおしみなく使っている様子がわかる。床は大理石で天井は広く、日光が天井から差し込んでいる。

 その光を受け、王宮内がきらきら輝いている。

 

 その中央にみごとな台座がある。あれに王様が座るのだろう、恐ろしく仰々しい。黄金の手すりに真っ赤な背もたれていて、なんだか兄の話とは違う気がする。

 ここでは民がいつでも貧困に苦しんでいるため、国王が財を投げうって少しでも民を救おうとしていると聞いていた。

 だが、食糧の無料配布を行っているし、ただこの()は民に見せるためだから、こんなに派手にしているのだろうと思い込んでいた。しかし、それにしては・・とやはり思う。


「次の者」


 そう呼ばれ、周りに目を配りながらソフィアとジェシと喋っていた蛍子は前へと向き直り、そして自分の眼を疑った。


 玉座の前に20代位の男性が2人いる。どちらも黒髪、黒目の二枚目であると思う。片方の大きな堂々とした男は浅黒い肌をしているが、ぴったりとした服のせいで身体が引き締まっていると重々感じさせる。もう片方の男性は隣の男性よりは大きくないが猫のような目が特徴的だと思う。欠伸を噛み殺しているが完全に飽きていることが明らかで、それを隠そうともしない。けれども、その目は如才なく辺りを見回していて只者ではないと素人の蛍子にもそう感じさせた。

 だが、それよりも蛍子を驚かせたのは決して人間には無いモノ、2人の背中にあるものだ。


 ――――翼が生えている。


 しかも黒い、カラスよりも艶やかな黒い翼だ。

 たまにぴくりと動いているそれ(・・)は本物だと思わせる。


 それにフードを被って並んでいた人たちもまた次々と自分の翼を広げている。


 ある者は薄いピンク色、またある者は薄い黄色、どの人たちも色は違えど一環しているのは翼があり、色が薄いということだ。


 あまりの光景に眼を見張った。

 思考回路が途中で遮断されてしまったようだ。


 黒い翼の2人は翼を出す民の名前と住んでいる所、翼の色を記入している。

 それが済んだ人は別の部屋に案内されていった。

 おそらく、そこで食糧の配布が行われているのだろう。


 力なくソフィアを見ると彼女の髪は薄い茶色、そして瞳もまた髪と同じ茶色。――――そう、ある種族特有のモノだと太陽が一番最初に言っていた。


 ――――有翼人は瞳と髪の色、翼の色が同じらしい。


 黒い翼を視界に取られながらも頭の中では警戒音が鳴り響いている。まずいまずいまずい、頭の中では分かっているのにどうすべきか考えつかない。ジェシを抱いている手には汗が吹き出し、視線は錯綜し、唇は震える。けれども何の対策、考えも無いまま蛍子たちの順番が来てしまった。

 

 ソフィアは2人の男性の前に立ち翼を広げていた。

 やはり想像した通り、彼女は薄い茶色の翼だった。そしてソフィアにおこされた眠そうなジェシもまたそうであった。


「次」


 彼らが蛍子を見た。


「っつ!!」


 そこでやっと頭が動き出した。

 もちろん蛍子に翼など無い、どうすればいい、どうすれば助かる、顔が真っ青になっていくのが分かった。


「この方は入団希望者ですよ」


 ソフィアが口をはさんで説明してくれる。柔和な笑みを絶やさないソフィアは女神にも見えるが今は切実に助けて欲しい。


「蛍子さん、道中ありがとうございました。機会がありましたらぜひ、私達の村へお越し下さい」


「お兄ちゃん、またね」


 2人が蛍子を見てにこにこしている。ソフィアは軽くお辞儀をし、ジェシは可愛らしく手を振っている。

 今、1人にされると非常に心細いと感じるのだが無意識にジェシに向かって手を振り返していた。


「なんだ、正門からはいればよかったものを。まぁいい、ここで検査するか。どうせ、お前たちで終わる」


 蛍子の後ろには後数十人しかいなかった。


「じゃあフードをとって」


 少し翼が真っ黒というには忍びない男が話しかけてきた。猫目の男性が蛍子を見つめる。細身なのに引き締まった身体をしていて(だる)そうだが、蛍子を見て楽しそうな顔つきをしている。

 もう1人の彼は近くで見ると少し精悍な顔つきをしていて、いかにも軍人らしい身体つきだ。髪も自分に合わせているのか、短髪であり彼に似合っていた。

 

 だがいくら待っても蛍子は動こうとしない。動けない、と言った方が正しい。


「おい、早くしろよ」


 短髪の彼は短気なのか、無理やり蛍子のフードをはぎ取った。


 ――――その瞬間、皆が息をのんだ。


 フードからこぼれ落ちた、これでもかという黒く艶がある髪。夜空のように暗い、瞳。くすみの無い陶磁器のような白い肌に色づいた淡い桜色。驚きの余り、眼がこぼれそうなほどに見開いていた。


「今日の新人はやるね。絶対に副隊長まで上り詰めるんじゃない?」


「ふん、色がこれでもな。翼を見ないには何も言えん」


「おっと早くも宣戦布告ですか。ロッツイ、副隊長の座、危うし」


「黙れ、おい小僧。早く翼を出せ」


 だがロッツイと呼ばれた男性の恐ろしさに身が竦んだのと、この八方塞りな状況に動くことができない。


「あーあ、ロッツイが怖がらせるからだよ」


「ふん、こんなもんで怖がれちゃこの先はやってけないな。おい、しっかり立て。全く女みたいに細い奴だな。こんな軟弱な奴じゃ無理に決まっている」


 蛍子の腕をつかんで、もう一人の男の方へ向き直らせた。ロッツイと呼ばれた浅黒い肌の男の手はごつごつしていて、腕は蛍子の2倍の太さだった。

 蛍子の眼は潤んでいるし、細かく震えていた。この世の終わりのような顔にロッツイは眉を顰めたが、もう一人の見た目が軽薄そうな男へと向ける。


「ブライト、やれ」


「はいはい、あれこの子震えてる。可愛いな、その表情とってもそそる」


 顔を近づけて蛍子に妖艶にほほ笑んだ。蛍子はやっと身の危険を感じ逃げようと試みた。


「ちょっと逃げちゃ駄目だよ。これから僕たちと付き合っていくには必要なことじゃないか」


「悪趣味が」


 腕を離そうともがくが、筋肉が服の上から分かるほどの肉体を持つ身体は梃子(てこ)でも動かない。

 爪を立ててもなんの反応も痛がる様子を微塵も見せない。


「っやだあ!!」


「この子、子猫みたい。本当に志願者かな? 繊細な女の子にしか見えないんだけど」


 ロッツイからじたばたしている蛍子を受け取り、背中に手を当てた。

 その瞬間、身体にある異変が起きているのを感じる。

 ――――やだ、やだ、やめて。やめ・・あ、ああ、ああ、お願い待って。背中が、背中が熱いの。

 まるで太陽の光を背中に浴びたようだ。けれども熱すぎるということはなく、なんだか背中だけが熱の渦に巻き込まれたかのように心地よい。

熱に浮かされ、溜息が自然に出て心がさざ波のように穏やかになった時、背中がむず痒く、何かが出てくる感覚が感じられた。

 ああ、何かが背中の皮膚を押している。卵の殻を破る雛鳥のようにこつこつと優しく叩く。痛みは無い、だからこそ、手助けをするように背中の骨を擦り合わせて何かが早く出てくるよう助長する。


 目を閉じていた蛍子の研ぎ澄まされた五感に大きな鳥が舞い降りたような羽ばたきが聞こえる。それと共に皮膚が熱を帯び、甘い花のような香りが辺りを漂う。

蛍子が恐る恐る眼を開けると眼の前を白い純白の翼が蛍子を包むように覆っていた。突如現れたものに茫然とするが背中から感じる温もりは気持ち良い。

それが自分の背中から出ていると認識はするが以前からその翼はあったように、何の違和感もなく、ぴたりと当てはまる。微かに動く翼は生きている鼓動を醸し出し、蛍子を優しく人目を忍ぶように包んでいる。まるで慈愛を見せる母のような感覚に自然と口元に笑みが浮かぶ。

 力が抜ける温もりに瞼が閉じそうになったが、ふと我に返り周りを見ると、誰もが蛍子の翼に眼を奪われている。

 横に立っていた2人もだ。


 今がチャンス、そう思った瞬間、羽音を耳の横で感じながら勢いよく身を翻していた。後ろはまだ人がいて出ることができない。それならば闇雲に城中に入るしかない。

 蛍子は背中から翼を出しながら、王座を背に近くのドアを開けて駆けだした。


 走りながら蛍子はすでに確信した。

 小刻みに震える体を腕で抑えつけながら、奔走する。



 ―――あぁ、ここは『天』だ。



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