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天と地の境界線  作者: 虹乃 咲
天の章
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005 異世界


「ん・・・」


 何だか雲の上にいるような気がする。穏やかな風が草を震わせ、さやさやと優しい音をたてる。その草が心地よく頬を撫で上げ、白い靄の中で漂っている気分にさせる。なんだかまるで水の中にいるよう。

 ただ下半身が冷たすぎる気がする。


 いや、気がするのでなく実際そうなのだ。蛍子は寒さと震えから来る自分の声で目を覚ました。 

 まず目に入ったのは草だ。青々とした雑草に顔をつけていた。土の匂いも感じ、聞こえるのは水が押し寄せる小さな波動。

 そんな感想を述べている暇ではない、それよりもまず――


「寒っ!!」


 自分の身の置かれた状況を見ると、やはり下半身が水に浸かっている。ジーパンが元の色より濃い色を出し、水をよく吸収している。


「なんで!?」


 驚いて飛び起き、そのままずぶ濡れの下半身を出した。

 どうやら湖に浸かっていたようだ。蛍子は浅瀬にいたようで、何なく身体を湖から引っ張り出せたが、やはり水に濡れていたジーパンは気持ち悪く鬱々とした気分で溜息を吐きだす。


 だがなんで湖にいるのか疑問が頭をよぎる。


 あ、そうだ。

 確か兄さんが異世界に連れて行くって・・。


「はい!?」


 じゃ、じゃあここは異世界って言うの? 

 もう一度辺りを見渡した。

 澄み切った濃い青い空、ふっくらとした白い雲、そして蛍子を照らす眩しい太陽。どこからか長閑(のどか)な風がふわりと吹いている。

 うん、日本だ。


 頭が一瞬現実逃避をし始めたようだ。

 今の日本は冬で、どこかしらの県では大雪警報が発令されて除雪作業が大変な季節なのだ。それなのに、まるで春のような雰囲気、現実を見ようと思うができない。

 

「いやいや、まさかそんな非現実的な。だってねぇ」


 普段は冷静、沈着を心にどんな問題でも対処してきた蛍子だったが、こればかりは手の施しようがない。


「異世界なんて夢物語でしょ。異世界なんて連れてこられたなんて言われたら兄さん、本気で許さない」


 自分が壊れてることも気づかない。だが沸々と怒りが出てくるのは分かる。何で勝手に連れ出すのか、そもそも自分は嫌だと言ったではないか。


「全く、兄さんったら冗談がきつい・・あれ?」


 ―――太陽が見当たらない。


 そう言えば、オルゴールから聞いたこともない曲が聞こえて眩しい光が体を覆ったと思ったら、ここにいたんだ。

 最後に太陽の声が聞こえた気がする。


「あの馬鹿兄さんっ!!」

 

 往復ビンタだけでは物足りない。

 あの顔を見るも無残な顔にしなくては、と考え始めて気づいた。


「ここ、どこ?」


 多分、こちらに来る時に別々に飛ばされたのだろう。太陽の手を離してしまったことがいけなかったんだろう。

 だってトイレ後の太陽は手を洗いもせずにいたものだから、つい握る手を緩めてしまったんだ。


 ・・オエリフィーア城、多分そこに太陽がいるはずだ。まず会いに行こう。そう自分を奮い立たせるも束の間、自分の居場所が分からない。

 流石に一人は心細い。そんな寂しさを頭を振ることによって弾き飛ばす。よくよく辺りを見回すと湖の周りには人がよく通るのだろう、人が歩ける道がある。

 だが前に進むべきか、それとも後ろに行くべきか。はたまた、この湖から流れ出る川を下った方がいいかもしれない。そうすれば、どこかの街に着くだろう。ほら、よく川を下れば街がある、と聞いたことがある。

 『地』の救世主となった兄だ、知らない人はいないだろう。そこで人に会ったら聞けばいい。


 辺りを見回すと気持ち良い位の晴れ模様、地球にいるよりも若干太陽が大きく感じられるが日差しが痛いということはない。けれども何か違和感を感じた。しかし、そう思ったのは一瞬で、遠くから微かな人の話し声が聞こえたので思考は霧散した。


「さすが・・ですね。ありがたい・・」


 耳を澄ますと後ろから聞こえてくる。だんだんと近づいてきているようだ。

 人だ、良かった。城への道を聞こう。

 蛍子は話し声から女の人、しかも高齢で柔和な感じがしたので安心し、そのまま待っていた。

 だが近づいてきたのは薄汚れたフードを被っていて、顔が全く見えない人だった。声から老婆と分かるがその横にいる、これまた灰色のフードを被った小さな子がいる。きっと孫だろう。


 あまりに不躾に見たせいか、子供がこちらに気づき祖母のローブを引っ張り、こちらも気づいたようだ。

 すぐに孫を自分の後ろに隠したが蛍子を見て緊張を解き、穏やかな笑みを浮かべ近づいた。


「あら、こんな所で何してるのかしら。湖に落ちてしまったの?」


「はい、実はそうなんです。城へ行く途中だったのですが、少し休憩しようと思った所、つい足を滑らせてしまって」


 肩をすくめておどけてみせた。初対面だというのに、こちらを窺う老婆の目元は柔和で蛍子は自分の祖母を思い出して優しく話しかける。


「まぁ、それは大変でしたでしょう」


「まぁ、笑い話になることを願ってますよね。それより可愛いお孫さんですね」


 蛍子は邪な思いが滲み出ないように、にっこり子供に笑いかけた。子供はびくりとしたように肩を震わせたがおずおず前に出てきて蛍子に片手を差し出す。

 

「僕、男の子だよ。お兄ちゃん」


「ごめんごめん、格好いい子ですね」


 男の子の手をとりフードの上から頭を撫でた。


「いえいえ、口だけは達者なんですよ」


 孫を誉められて悪い気はせず蛍子に対する態度も軟化したようだ。

 態度が柔和になったことで蛍子は改めて質問をした。決して道案内と称して相手を利用しようとは考えてはいない、ただ協力し合うだけだ、と自分に言い聞かせる。


「それよりお2人はどちらに?」


「私達()王都へ向かう途中でしたの。良かったらご一緒しませんか?」


「いいんですか、ぜひお願いします」


 願ってもみない申し出に勢いよく食いついた。


「王都へはどういった用事で行くんですか?」


「太陽様が食糧の無料配布を行っていると聞いて分けてもらおうと思ったのですよ。私たちみたいな年寄りや働けない子を対象にして下さるなんて本当にすばらしい方ですわ」


 太陽様、と聞き兄は良いことをやっているらしいと、まるで自分が褒められたような気分になり誇らしく思った。

 

「お兄ちゃんは何をしに行くの?」


 ・・・お兄ちゃん?

 そんなに男らしく見えるのだろうか、初めて男性と間違えられたが日本では制服を着ていたからかと考える。そう言えばスカートだったしな。それに、と自身の平らな身体、特にある一点。あまり凹凸のない胸を見て年頃の女としては少し悲しく思った。

 だがきらきらと輝いている無垢な瞳に訂正するのも憚られたので否定もせずにいた。うん、私はお兄さんですよ。


「お兄ちゃんも太陽、様に会いに行こうと思ってね」


 一応、尊敬されているようなので『様』をつけておいた。というか訳も分からぬ小娘がいくら兄だからといって勇者を呼び捨てにしてはいけないだろう。


「やっぱりですか、志願されるのですね」


「ん?」


 もしかして打倒『天』の志願者ということになっているのだろうか。確かに妙齢の男性は兵士として志願するのだろう。

 怪訝な顔をしたのは一瞬で話を合わせておこうと、頷いた。


「くしゅん」


 気を失っている間に長い時間、水に浸かっていたせいだろうか、急に寒気が襲ってきた。主に腰が冷えている。腰の冷えは女の子には最悪だ。


「よかったら、どうぞ」


 親切にもお婆さんが自分のフードを貸してくれた。とったフードの下から薄茶の髪と柔和な顔が出てきた。ありえない色に絶句する。

 すごい色、さすが異世界。

  

「すみません、ありがとうございます」


「いえいえ、これから私たちを守って下さるお方に少しだけでもお手伝いできるなんて光栄ですもの」


 ふむ、確かに眼の前にはどう見ても70近いお婆さんと10歳の男の子しかいない。腕に自信は無いがせめて2人を逃がすくらいはできるだろう。

 よく2人だけで王都に向かうな、と感心しながらも「まかせて下さい」と胸を叩いて言った。


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