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天と地の境界線  作者: 虹乃 咲
天の章
4/18

004 始まり(2)

とりあえず4話まで投稿しました



「ん、こんなもんね」


 ようやく部屋の掃除を終え、買い物に行かせていた太陽から夕飯の材料を貰って台所で料理していた。調度いい温度になった鍋にお玉で汁を取って味を確認して火を止める。


 今日は太陽の部屋掃除が半日もかかってしまい、どこも行けず仕舞いだった。

 だが明日がある、と料理をお皿に盛りながら蛍子は考えていた。


「おー、さっぱりした」


 お風呂から太陽が下半身にタオルを巻いただけで出てきた。完全に水気を拭き取っていないために髪から水滴が落ちる。

 それを横目で見ながら蛍子は声を上げた。


「おーい、変質者。ご飯できたよ」


「おっ、今日はロールキャベツか。いやぁ久しぶりのまともな夕食だよ」


 いつも太陽はバイト先の残り物を食べて過ごしている。そのため野菜など全く摂っていなかったためテーブルの上に乗っている盛りだくさんの野菜を見て眉を(ひそ)めた。


「大量な野菜が目に入るのですが。俺は虫ではないため、こんなに食べれませんのです」


「・・部屋で(ゴキブリ)飼ってるんだから虫と同化してるんじゃないの?」


 そう、食事中の方には申し訳ないが太陽の部屋にうじゃうじゃといたのだ。奴の子供がいっぱい・・。悲鳴を押し殺し、直ぐにスプレーで退治したが、さすがにあの量は冷や汗が出た。


「うん、さすがうまいな」


 トランクスを履いただけのままで、太陽はロールキャベツを口にした。

 改めて言うが、今は冬である。多くの家庭では炬燵を出してヒーターのスイッチを入れて暖まっているだろう。

 もちろん太陽の部屋にも炬燵がある。太陽は上半身裸のまま足を入れた。太陽の部屋は扇風機は出しっぱなし、という季節感台無しな様式のままであったため蛍子が掃除のついでに炬燵を出したのだ。


 その上半身を見て蛍子は目を見張った。


「前より傷が増えていない?」


 秋に帰省してきた時より大きくはないが無数の切り傷と青あざが広がっていた。


「あぁ、2、3日前に行ってきたんだよ。そん時は1週間位だけだったんだけど」


「また行ってきたの? 今はどうなってるの」


 太陽は3カ月に一回の時もあれば、1か月に3回も行く時もある。

 いつ呼ばれるのかも解らない。ただ呼ばれるのを待つだけなのだ。

 あちらでは1週間たっているのに、こちらではたったの数時間しかたたないと言う。時間がこちらの方が遅いようだ。しかし、たまに2、3日いない時があるため友達に失踪として扱われそうになった。


「ん、結構やばい。いよいよ本格的な戦争が始まるみたいだ。国内でも緊張しててな、フレゼリクなんか殺気立ってるぞ」


「やっぱり分かりあえなかったか」


「せめて女帝が代われば何かが変わるんだけどな」


 近々、『天』と『地』の戦争が始まるらしい。フレゼリクは、ほんの一部だけでいいから太陽を分けてくれと申し出たがにべもなく断られた。


「・・気をつけてよね」


 不安気な表情で蛍子は太陽を見つめた。


「大丈夫だって、心配すんな・・っぶえっくしょーん」


 ・・本当にこれが救世主なのか。蛍子は天を仰ぎ、答えを探るが目に入るのは黄ばんだ白い壁紙だった。


「・・もう一回お風呂入れば?」


「ご飯、食い終わったら入るわ」


 その答えと共にもう一度盛大なくしゃみをした太陽に蛍子は呆れて言葉が次げなかった。


** * * * *


 ご飯も食べ終わり食器を片づけていると、ふと太陽には似合わない薄汚れたピンク色のアンティークが目に入った。


「何これ?」


 掃除をしていたのに全く気付かなかったのは堂々と置いてあったかのかもしれない。デジタル時計のすぐ下にあった。

 可愛いのに時計の下敷きにするなんて、もったいない。

 手にとって見ると古めかしいが色あせたピンクのオルゴールだった。よくは見えないが木に囲まれた男性が目に入る。男性は横顔で誰かを待っているみたいだ。

 四方を見てみるが判別できるのは、それだけだった。

 

 兄がオルゴール? 音符も読めやしない音痴が持っているなんて考えられなかった。


 いい曲が入ってるからかもしれない、と思って横に付いてるネジを回してみた。だが機械的な音はするものの曲は一向に流れてこない。壊れてるのか、オルゴールを上下に振りながら今お風呂に入っている太陽にドア越しに声をかけた。


「兄さん、このオルゴール壊れてるの? 大事じゃなかったら捨てるけど」


 その瞬間、ザバンッとお風呂から上がる音が聞こえた。


「ストーップ!!」


 いきなりドアを開けて裸で飛び出してきた。


「そっちがストップだ!」


 さすがに全身裸の兄を見るわけにもいかず、手に持っていた台ふきを投げた。調度、皿を拭いていたため濡れぎみ&小さい布巾だったが。


 なんとか太陽にタオルを腰に巻かせ、話を再開させた。


「なんで捨てちゃ駄目なの。これ回しても音でないし、第一兄さんには似合わないほど乙女なんだけど」


「・・今、回せたって言ったか?」


「そうだけど。オルゴールって回すものでしょ」


 眼を見張って蛍子を見ている理由が分からず首を傾げた。とうとうオルゴールの使い方まで忘れたのかと太陽の頭を悲しげに見る。


「何で回せるんだ」


「意味が解んないって。でも鳴らなかったよ。壊れてるみたい」


「いや、壊れてない。これが異世界に行く鍵なんだ」


 ――――一瞬、呼吸が止まった。

 今、何と言った? この古びたオルゴールが異世界への鍵? ・・どうやって太陽はこの小さな、片手で持てる物から行けたのだろうか。


 両者の間で沈黙が流れた。

 だがその沈黙を破るのは、やはり突拍子も無い太陽の言葉だった。


「もしかしたら蛍も行けるんじゃないか」


「どこに」


「もちろん異世界、オエリフィーア王国だよ」


 確かに一度は違う国へ行ってみたいと思ったことはある。誰も知らない場所へ。だが、そんなのは夢だ、幻だと成長するにつれ想いは消えていった。

 太陽が異世界に行った、と言っても、それは自分じゃない。選ばれたのは太陽だと分かっていた。自分の兄はそれに見合う素質があるのだから。それに異世界に行ってみたい気持ちも薄れている。

 戦争ばかりある国には行きたくないのが正直な所だ。危険を顧みず頑張っている兄には悪いが一緒に行きたくない。


「私は無理だって。選ばれた人じゃないし。兄さんみたいに勇気も力も頑丈な身体を持ってるわけでも無いんだよ」


「そうか? でも、もし行けたらオエリフィーアを案内してやるからな」


 苦笑して蛍子は片づけの続きを再開した。そんなことはありえないと分かっているのだ。けれど蛍子は太陽にその時はお願いすると言って席を立った。


 太陽はもう一度お風呂に入らないように着替えを始めた。


 水を出しながら食器を洗ってると、ふいに懐かしいような甘いメロディーが聞こえた。

 太陽の携帯が鳴っているものだと思ったので、そのまま放置していたがメロディーが長い。もしかしたら電話かと思って水を止め、トイレ中の兄に声をかけた。


「兄さん、携帯鳴ってるよ。もしかして彼女? なんか聞いたこともない曲だけど不思議な甘い曲だね」


「っつ!!」


 トイレを流す音が聞こえると、ドアが勢いよくあいた。

 太陽のズボンは下がったまま、かろうじてトランクスが上げられていた。

 

 そのまま居間に行くと野太い悲鳴を上げた。


「やべえ、何も仕度してねぇ!!」

 

 その様子に洗い場から顔を出し、鳴っているのは携帯じゃないと気付いた。

 鳴っているのはあのオルゴールだ。

 しかし先ほどは鳴らなかったはずなのに、頭の片隅で考えたが今の太陽を見て、そんな考えは一気に吹き飛んだ。


 太陽の奇行は今に始まったことでは無いがさすがに様子がおかしい。


「何してるの?」


 手当たりしだいに大きなバッグに色々な物を詰め込んでいる太陽を見つめるしかできなかった。せっかく片づけたのに、また散らかるんだな、と最早諦めに似た思いが胸中に広がる。


「やべえ、もうすぐ行っちゃう」


 意味不明な言葉を発しながら焦る太陽、この行動はよく分からないがただ切羽詰まっているのは伝わる。


「・・あの、頭大丈夫?」


 恐る恐る蛍子は太陽に声をかけた。


 すると、やっと蛍子に気付いたように手を止めると急に蛍子の手首を掴んだ。トイレに行った後なので洗っていない手で蛍子を掴む。顔が盛大に引きつりそうになったが我慢をした。


「そろそろだし、蛍ももしかしたら行けるかもしれないから、ちょっと掴まってな」


 行ける、の言葉にやっと思考回路が動き始めた。もしかして、いや絶対そうだ。蛍子は満面の笑みを浮かべる太陽から最悪の事態を嗅ぎ取る。


「ちょっと待って。私はいいの」


 手首から手を剥がそうとした時、オルゴールが眩しく光った。


「っつ!?」


 いきなり視界を覆い尽くす白さに目を閉じる。思考を紡ぐ前に眩しすぎる光が目に入り脳を突き刺す刺激を感じて蛍子は咄嗟に手で眼を覆った。


「おい蛍っ!」


 太陽の声を最後に蛍子の意識は途切れた。



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