016 サヴェナ
サヴェナを撫でていた蛍子に男は向き直った。
まだ若く見える彼は笑顔が優しく好青年だ。
「で、君は何者なんだ」
だが先程とは打って変わって男の纏う空気が鋭くなった。
目の前の男はやはり黒髪に黒目、黒騎士の人だろう。
けれどまだゲンさんの家で見たことは無い人だ。
もともと7番隊もあるわけだし、人数も数えきれない程だろう、自分のことも細部まで行き渡ってないはずだ。
蛍子は指で家の中を差し自分を差す。その動作を相手が分かるまで続けた。
「もしかして喋れないのかな?」
こくり、と頷く。そしてまた家をさす。
「ゲンじいの知り合い?」
また、こくりと頷く。
「そうか、だけど君、有翼人だろう。なんでゲンじいの側にいるんだい」
たっぷり5秒間、間が開いた。
今、なんと? 私が有翼人ですって? 生まれてこの方、生粋の日本人なのだけれども。
だが脳裏に浮かぶのは王宮内でのこと。
今まで翼が出たのは彼らのせいだと思っていたが、まさか自分に原因があったのだろうか。
すぐさま、そんなわけないと打ち消した。
何故ならあれ以来、勝手に翼が出ることなんて一度たりとも無かったのだ、やはり彼らのせいだったのだろうと思う。
それに黒い髪はターバンに隠しているし、瞳も伏せているのであまり見えないだろう。それなのに何故彼は分かるのか。
曖昧に首を傾げた。相手がどうとってくれるか分からなかったが。
「そっか、何か事情があるんだね。さっきさ、皇子が君に触った時は驚いたよ」
やはり、あの金髪の男は王族の関係者だった訳だ。
情報を得たことに内心、ほくほくしながら、人の良さそうな隊員に先を促す。
「皇子、指に感知機能がある指輪つけてるだろ」
だろ、と言われても何のことだかさっぱり分からない。感知機能? あの重そうなごてごてしている指輪を指しているらしい。あれは人を殴るための道具ではなかったのか。
「あれは黒騎士の第5番隊が開発したらしいよ。『地』の人を感知するものとして」
もしかしてと最悪の予測が思い浮かぶ。
「『地』の人だと分かった瞬間、触れた所から一気に燃え上がる。一瞬で灰になるほどの高熱だ」
この前、見ちゃったんだよねと男は続けた。
「この前、間者が黒騎士の中にいたようでさ。何て名前だったか忘れたけど。髪と瞳を真っ黒に染めててさ分かんなかったんだよね。俺たちも毎日翼を広げてるわけじゃないし。結構歯がたつ奴だったから誰も気づかなかったんだ。けれど皇子が何気なく触ったら一瞬で灰になって驚いたよ」
いくらなんでも最悪だったと苦々しげに吐き捨てた。
人が一瞬で燃え尽きる、そんなこと現実にあるわけない。
その話が信じられなく冷や汗が背筋を流れた。額にも脂汗がうすうら出る。もし私が『地』の人だったら・・死んでいた。
今更ながらゾッとした。心臓が嫌な音を立てて、体温が下がる。
急に怖くなって震え出した。
自分の世界では戦なんて無いのに、人が殺されるなんて滅多に無いことなのに。死がこんなにも身近に感じられる場所にいるなんて。そして、あの金髪の皇子が何とも思ってないように自分を殺そうとしていたなんて。
蛍子は初めてこの世界が怖くなった。