015 皇子
「大丈夫か」
「はい、心配かけてすみませんでした」
黒騎士の隊員たちが帰った後に蛍子は部屋から出てゲンと自分の夕ご飯の支度をしていた。
「・・・」
ゲンは何かを言いたそうにしていたが蛍子はわざと気付かない振りをした。良心が痛むがゲンに言っても解決できる問題ではないと分かっているのだ。
気付いたとしても何を話せばいいのか。
ゲンに話せば少しは気が楽になるかもしれない、だが今まで甘えたことがめったに無い蛍子は他人の手を借りる手段を知らない。
元より甘えるつもりは無い。
だから自分で解決しようと鍋の中をかき混ぜながら考えていた。
戦争を終わらせるには必ず女帝が必要不可欠だ、だが蛍子は会う術がない。兄に連絡も出す手段も知らない。まさに八方塞がりだ。
だが待てよ、なぜ彼らは戦争ができる。それは接触があるからだ。
「そう言えば、ゲンさん。さっきフッチェさんがまた戦が始まるって言ってましたね」
「そうだな」
「黒騎士の皆さんってどうやって戦うんです」
「魔法だろ、まぁ、あいつらは余り得意では無いから『地』の人と同じように剣や弓を使うだろ」
「じゃあ、いい勝負なんですね?」
魔法が得意でないならば、体術だけならば『地』の人の方が優れている気がする。
だが予想は裏切られる。
「それは無いだろう、少ないが魔法に優れている貴族も参戦するし何より翼があるからな」
「翼?」
「有翼人はここから下界に下りて『地』に向かう。翼があるってことは疲れたら直ぐに空に上がれるし空を自由に旋回できるから弓が当たらないだろう」
やはりここから『地』に行くには自分の翼で行くのか。つまり自分が出来ることは『天』の上でだけだ。
女帝には会えない、出来ることと言えばここに来る黒騎士の人達の話を聞いて現状を把握することだけだ。
いや、きっと何か出来ることがあるはず。蛍子はそう思って自分の手を握り締める。
** * * *
翌朝、誰かが扉を叩く音で目が覚めた。聞いたこともない動物の鳴き声と複数の話し声が聞こえた。
蛍子はベッドから起き、素早くダーバンを頭に巻いて扉を開けた。
ちょうどゲンも起きたらしい。蛍子の後ろから付いてきたゲンは扉の先にいた人物を見て息をのんだ。
扉を開けた先には、いつもの黒騎士とは違い、金髪の着飾った男の人がいる。
指のあちこちにごてごてしい指輪がいくつもはめられている。それで人を殴ったら痛いだろうなと考えた。
「・・?」
蛍子は話せない振りをしているので首を傾けて相手が話すのを待つ。
だがいくら待っても目の前の人物が言葉を発することは無かった。
「こんな処までどうなさいましたか?」
どうやらゲンの知り合いらしい。
ゲンが蛍子の前に立とうと蛍子の肩に手をやり後ろに、下がらせようといつもより強い力で引っ張った。
だが同時に金髪の男に手を握られ思わず相手を見つめてしまった。思ったよりも金髪の男の手は冷たくて、声が出そうになってしまった。
にやりと笑う男の心情がよく分からない、何故会ってすぐに手を握られるのだろう。もしかして、これが『天』での挨拶かもしれないと思ったところだった。
「なっ・・!」
ゲンがいつもより青い顔ですぐさま蛍子を引っ張った。その拍子に握られた手が離れた。
「何だ、同族か」
「・・?」
面白そうな顔をした男に蛍子は首を傾げながらこの男には近寄ってはいけないと本能が告げていた。
「アテラス皇子、何てことを!」
「別に『地』の奴だとしたらゴミを一つ減らすだけになるだろう」
むしろゴミなんか無くなった方がいいと言った。
蛍子は一瞬で理解しゾッとした、自分が『地』の人であったら殺されていたと。
あの男にとって『地』の人はゴミ、いやそれ以下であるだろうと。
「部屋に行ってなさい」
珍しくゲンが険しい声で促した。
蛍子は男の舐めつくような視線を感じながらも部屋に戻り、扉から聞き耳をたてたが、くぐもって上手く聞こえない。絶対に、あの男は有意義な情報を持っているに違いない。そんな確信がある。なぜなら黒騎士が後ろについていたし煌びやかな服装は、貴族を思わせる。しかし、ゲンによると貴族は三大原色。この色ではなく、金髪ということ、これから導かれるのはただ一つ。女帝アイリーンに近しい者、そう王族の関係者だろう。
そんな人物がここに何の用だろうか。
外から中を窺おうと裏口から出た。
窓から様子を窺う。なにやら言い争っているようだ。いつもしかめているゲンのはずなのに今日は顔を真っ赤にして怒っている。そのため聞き取れる単語があった。
毒草、依頼、そしてゲンの拒否。繋げると彼が誰かを殺そうとゲンに毒薬を作るように言っているようだ。
もっと聞こうと身を乗り出す。
あまりに必死になって部屋を窺っていたせいか、後ろで不自然に草の音がしたのに気付かず、自分の影にもう一つの影が差したのにやっと気づき後ろを振り返った。
「っつ・・!」
悲鳴を出さなかった自分を褒めたい。
蛍子の鼻につきそうなほど近寄っていたのは鳥のような生き物。
二本足で立っていて蛍子よりも体が大きい。頭より大きい嘴は蛍子などひと飲みできそうだった。鞍がついてあるのを見ると馬のように交通手段として活用されているのだろう。
「ぐぇ」
鳴き方が恐ろしいほど可愛くない。
その見たことも無い生き物は蛍子に身を寄せ、体をこすりつけてくる。
小さい雛や鶏だったら可愛いのだろうが、大きい生物がやっても全く可愛くない。むしろ生命の危機を感じる。
「ぐ―ぇ、ぎゅる―え」
自分より大きい動物に触れられていることに恐ろしくなり逃げようと家の正面を目指す。
だが曲がろうとした瞬間、反対側から人が来ていて、見事にぶつかった。
そのまま尻餅をつこうとする蛍子の身体を支えてくれた。
「おや、悪い。サヴェナ、どこに行ってたんだ」
サヴェナと呼ばれた生き物もとい鳥は鋭い3本足の鉤爪で地面を踏みしめながら勢いよく2人に突っ込もうとする。
あまりの形相に知らない人にしがみつく。
「待て」
すると興奮していた鳥が動きを止めたが自分の翼を大きく広げて落ち着こうとしない。
「どうした、そんなに興奮して」
「ぎゅよ―わ、ぎょ―え、ぎゅ―お」
「何だって」
もしかして、いや、もしかしなくても、この人、鳥と喋ってる!
蛍子はしがみついていた手を放し離れようとするが男が視線を鳥から外し蛍子を見つめる。
「悪いんだけどサヴェナを撫でてやってくれないかな?」
「・・・」
顔が引き攣る。
無理だ、こんなでかい生物を愛でられない。動物愛護精神のある人ならできるかもしれないが、生憎蛍子はこんな大きな生物を愛でようとは思わない。
「大丈夫、噛まないから」
腰が引けていた後ろに下がる蛍子の身体を掴んで無理矢理、手を取られ鳥の頭へ持っていかれた。
想像したのとは違って黄色い毛並みは滑らかだった。
「きゅるるる」
この声を聞いてれば可愛いと思う日が来るかもしれない。
頭を撫でながら嘴を触った。
固い、これで一突きでもされたら死んでしまうかもしれない。
「な、平気だろう」
蛍子は頷いて両手で触った。
「こいつサヴェナって言うんだ」
初めて見た不思議な生き物に触る経験に心踊った。
例え、これが可愛くない声を出して大きな体を揺らしながら車と同じ速さで走ることが出来ると知っても。