012 ゲンさん
『地』の人である彼に付き添い、納屋の中に入ると部屋の中は閑散としていた。
部屋の中には棚があり、そこに瓶が置いてあって中に見たことも無い草が入っている。
多くの瓶に色々な種類の草があるため、目の前の人は医者なのかと推量する。
「早く見せろ」
「あっ、はい」
信用していいのか分からなかったが、とにかく休憩したかった。
全速力で走り続けていたため、嫌な汗が出ているし足がガクガクしている。
簡素なベッドに座りながら足を見せた。
ずっと靴下だったため、擦り傷があちこちにある。
靴下を脱いで素足をさらした。
「・・・」
「・・・」
相手が無言のため蛍子も無言になるしかない。聞こえるのは蛍子の不規則な呼吸音だけだ。
しかし頭の中は現状をどうしようかと吹き荒れている。
目の前の人物を一瞥するが確信する。この人、無口だ。絶対頑固に違いないと治療してもらっているのに失礼なことを思っていた。けれども彼は口をへの字に曲げており、如何にも朴訥な人物だと窺える。
態度が大柄な割には手際が良く、すぐに終わった。
「ありがとうございます」
「次」
「えっ?」
「顔色悪いぞ」
鏡が無いため蛍子は自分の顔が確認できないが蛍子の額には脂汗が出ており、顔は真っ青で唇は紫色だ。
だが走ることだけに夢中だった蛍子は気がつかなかった。
「心臓」
そう言うなり蛍子の心臓の上に手を置いたと思ったが、ばっと離れた。
いきなり離れたので蛍子は驚いて心臓が痛くなった。
「な、お前、女か?」
「え、ええ。そんなに男に見えます?」
会う人会う人に男、男と言われたら傷つく。
男らしくないように髪を腰まで伸ばしているのに、そんなに自分は男らしいのか。
「お前、本当に黒の騎士団か?」
急に顔が厳しくなった。怪しい者を見るように相手は蛍子を見つめ距離をとったが直ぐに近寄った。
「おい、大丈夫か。とにかく心臓を診せろ」
蛍子の顔が更に悪くなり、心臓に手を当てたため医者として心配したのだろう。
きっと根はいい人なのだろう、蛍子は痛む心臓を押さえながらも思った。
その後、今度は慎重に心臓の上に手を置き心拍を測った。
心拍が弱々しいのが自分でもわかる。
立ちあがって瓶の中の薬草を出し、すり潰しながら他の薬草も混ぜる。
ごりごりとすりながら蛍子を肩越しに見た。
「飲め」
粉となった薬を蛍子の目の前に持って行った。
「粉薬・・・」
明らかに蛍子の眉が寄った。粉薬が嫌いだと顔にはっきりと書いてある。ちらりと彼を見るが無言で蛍子を見下ろすだけだった。
心臓が痛むのを感じ、嫌々ながらも一気に口の中に入れた。乾いた喉に粉薬は張り付いたが水を貰ったので、それで一気に流し込む。
「心拍を整えてくれる」
「重ね重ねすみません。あの、お金とか・・」
「いらん、いいから早く出て行ってくれ」
だが蛍子はベッドから動かない。
あからさまに「面倒な奴が来た」と顔に書いてある。用は終わったと言わんばかりの態度で直ぐに背を向けたが蛍子は一向に動こうとしない。
「お願いします、ここに置いて下さい」
「嫌だ」
「治療費を払ってないんですよ。働いて返します」
「いらんと言っている。それにお前みたいに細い奴にはできん」
「お願いします。患者を見捨てるんですか?」
「・・・」
彼が盛大な溜息をついた時は本当に涙目になった。ここで断られたら絶対に死ぬ。蛍子の明日のためにも絶対に引く訳にはいかない。
「ああ、全く困ったもんだ。これはお前が与えてくれたものなのか。人との関わりを持てということだろうか」
溜息をつきながら薄汚れた天井を仰ぎ見ている。
お前って誰ですか、なんて聞くようなものなら家を出ていけと今すぐ言われそうだ。というか人との関わりは持った方がいいですよ。絶対お爺さん、人付き合いが苦手でしょう。
そんな失礼なことを思っている蛍子は彼が口を開いたのを見て思わず口元をにやけさせる。
「儂はゲンだ」
「っ! 蛍子です。椎名蛍子です」
「邪な顔しとるぞ」
「・・!」
ゲンは蛍子の奸計など分かっていたらしい。