011 納屋
バンビちゃん(勝手に命名)にしばらく深森の中を連れられて行くと緑しか無かった蛍子の視界が一気に開けた。
「納屋?」
眼前には一軒の家、というより納屋と言った方が正しいのかもしれない。
外見は古い木で出来ていて家の造りも簡単でドアの横には鍬が立て掛けてあった。
だが納屋とも家とも分からない場所に人が住んでいるのかと思ったが家の横には小さな手入れされた畑が見える。多分自家栽培をしているのだろう。
「本当に連れて来てくれたんだ、ありがとう」
バンビちゃんの頭を撫でながらこの異世界では動物と言葉が通じるのだろうか、ふとそんな非常識なことを思った。
だが扉を叩いていいのか迷う、ここにいる人物は何人住んでいるか分からないが有翼人だろう。幸い私は瞳も髪も黒だから行き成り殺されはしない、とは思う。
ただ王宮で何かしらあった場合は捕まるかもしれない。魔法はどこまで便利か分からないがアカシアさんと会った男は何かを送って私を特定したのだ。
なぜ自分は追いかけられたのだろうと冷静になった今、やっと考える。多分というか絶対、背中に生えた翼のせいだろう。
生まれてこの方自分は人間だと思っていたが・・だけどもしかしたら、あの黒い翼が生えていた人達の魔法とかいうもののせいか、きっとそうだ。
でも何故だろう、そういえば兄さんが言っていた気がする。有翼人は髪も瞳も翼も同じ色だと。さっき魔法によって出た私の翼は白だった。だからか、異端だから?ジョシみたいな咎落ちってことかな。それにしてはジョシを見た時と蛍子を見た時の反応は違う。
流石に頭が混乱してきた。
ひとまず頭の中を整理しよう。
まず私は『天』にいる。それは確実だ。そして周りは見知らぬ人ばかり、味方はまず、いないと考えていいだろう。『天』には有翼人がいて、有翼人は瞳、髪、翼が同じ色だ。けど私は黒い瞳、黒い髪、白い翼だった。
王宮に入ったら黒い髪と瞳、翼を持った人がいて彼らはきっと翼の色からそう名付けたのだろう黒の騎士団と呼ばれているもので、私はその新人と間違われた。
・・やはり訳が分からない。けれどソフィアや王宮にいた黒い翼の人達は私が翼を見せるまでは私を有翼人と思っていたはずだ。つまり翼さへ見せなければ安全だとは思う。
けれど厄介な問題がある。
色が濃い、つまり市民が持っているような薄い色の髪と瞳を持ってないことだ。濃い色ほど力が強いって言っていたけれど私には魔力の欠片も無いし、こちらの世界に来ても何の変化も身体にない。
髪染めも無いし、どうすればいい。
このまま目の前の家にお邪魔しても確実に怪しまれる、けれど町や村などの人がいっぱい集まっている方がもっと不味いはずだ。
駄目だ、冷静な判断をするにはもっと情報がいる。なんで大切なことをしっかり話しておかないんだ、あの馬鹿兄。
だが涙を流すわけにはいかない。
涙は弱い証だ、流しても何の解決にならない。ただの流し損になる。
「おい、入るのか入らないのか」
パニックになっている蛍子にぶっきらぼうな声がかかる。
はっとして振り向くと扉を開けた茶色の髪をしたお爺さんが蛍子を見つめていた。髭まで茶色だ。気難しそうな顔をして口を曲げていた。
だが驚いたのは彼の瞳だ、瞳が灰色だった。髪と瞳の色が違う。
「『地』の人?」
「ああ、そうだ。お前は黒の騎士団だろ。怪我をしてるなら入れ」
そのまま家に入っていった。扉は開かれたままだ。
蛍子はここまで連れてきてくれたバンビちゃんを見て唸るが、意を決して薄暗い家の中に入った。