お狐様のお嫁入り
私はどこかで「ああ、これは夢なのだな」とわかっていた。
しとしと しとしと
おとおりじゃ おとおりじゃ 花嫁様のおとおりじゃ
雨が降っていた。お気に入りの紅の番傘をちょうど持っていたので、私は濡れないようにと傘を開く。
からんころん からんころろ…
男物の下駄はすこしだけ大きくて、サイズが合わないからか必要以上に大きな音がたってしまう。私はお嫁様の耳にいれるには無粋だと思い、歩みを進めていた足を止めた。
しとしと しとしと
ぽつ ぽつ
狐の嫁入りだというのに御天道様はのぞいておらず、かわりにお月様がぽっかりと夜空に穴を開けていた。
嫁入りは必ず御天道様の下で行われる。だというのに、黒の天幕で隠されてしまって、かわいそうに、これではのぞくことすらできない。
だからか、今宵の花嫁道中には、天幕に無数に開けられた星の穴から、御天道様の涙が雨となって滴り落ちている。
しとしと しとしと
ぽつ…… ぽつぽつ
お気に入りの紅の番傘は、御天道様の涙を集めては、私に当たらぬようにとふちのほうから地へと恵みを注ぐ。狐のお嫁様のお付きの者たちの声に混ざる音は、耳障りでいてひどく心地好い。
「もし、」
ちりりん 風鈴の音色のようなお声が雨のなかに響く。
「もし、そこの貴女様。はじめまして、貴女様。お願いがあるのでせう。朱の鼻緒が切れてしまったのでせう。どうか、御直ししてほしくありませう」
目の前で立ち止まるお嫁様に私はだんまりを決め込んだ。お嫁様のお声がじわりと毒のように広がるのをこの身で感じていた。
狐の花嫁様は紅を一線引いた唇で弧を描き、笑う。
(――逃げられない)
「もし、貴女様。……いいえ、『愛しき子』よ、『幼しき子』よ、夢の御来人よ。どうか、貴女様の髪をふたつみつばかりかいただけませぬでせうか」
私は望む通りに髪の毛を三本ほどたおやかな手のひらにのせた。花嫁様は心のうちの読めない狐のお面をつけて、また、風鈴の音色に似た声で御礼をして花嫁道中を再開させた。
しとしと しとしと
ぽつぽつ ぽつぽつ
がくがくと足が震えだす。私はなぜか知っていた、これが夢であることを。それからわたしは知っていた、次は私の番であるということを。
神の供物とされる花嫁に髪を渡してしまったことで、運命の糸は意図的に紡がれてしまった。お付きの者たちの声がまるで讃美歌のように響き渡るなか、御天道様の涙がかからないなかで、私は一粒涙をこぼした。
おとおりじゃ おとおりじゃ 狐の嫁様おとおりじゃ
おとおりじゃ おとおりじゃ いとしき贄のおとおりじゃ
――――ざああああああ ぽつん