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13、絶体絶命

この作品には、お話の進行上、乱闘シーンが含まれます。

苦手な方はスルーして、「次の話」にお進み下さい。(スルーしていただいても、お話は繋がるようになっています)

「早希さんは関係ない! 桐ちゃんは今、真面目に頑張ってるんだから、もう桐ちゃんに関わらないで!!」


 千佳ちゃんが食ってかかるけど、男達はヘラヘラと下卑た笑いを浮かべ、私たちを見下したような様子で、お互いに言葉を交わしている。


「何、このガキ?」

「ほら、桐人がよく入り浸ってる喫茶店のガキだろ?」

「俺ら、お子ちゃまには興味ないの。俺らが用事があるのは、そっちのお姉さんだけだから、ガキは引っ込んでな!」


 男の一人がまっすぐ私を指差す。

 冬だというのに、一気に冷たい汗が噴き出し、ゾクリと身体が震えた。


「あっちに行って! 大きな声を出すよ!」


 怯まず、相手を睨みつけるようにして、千佳ちゃんが気丈にも言い捨てる。

 情けないことに、私はといえば、降って湧いた恐怖に足がガクガク震え、声など出ない状態だ。


 丁度路地を、スーツを着たサラリーマンが通りかかり、私たちが絡まれている様子を目にすると、一瞬足を止めた。

 助けを求めようとした、私の様子には気がついたと思う。

 だが、男の一人が睨みをきかせると、そのサラリーマンはサッと視線を逸らせ、そそくさと通り過ぎていった。


「残念。助けは来ないようだな」


 男達の下卑た笑いが重なる。

 一人の腕が私に伸びる。


 その時―――――。


「早希さん! 逃げて!!」


 千佳ちゃんが、私を捕らえようとした三人の中で一番大きな男の腕をムズと掴むと、目にもとまらぬ早業で、その懐に潜り込んだ。

 男が、クルリと宙に浮き、地面に叩きつけられる。


「ゲッ……」と呻いて、頭かどこか打ったのか、その男は地面に伸びたまま、すぐには起きあがれないようだった。

 私も他の二人の男も目の前に繰り広げられた光景に呆然と目を見開いた。

 千佳ちゃんが、―――中学1年生…幼い風体の、可愛いらしく大人しそうな女の子が、30cmは身長が違う大柄な男を、鮮やかに投げ飛ばしたのだ。

 これって…確か柔道の背負い投げとかいう技だっけ。


「こ、こいつ。ふざけたことしやがって!」


 我に返って、掴みかかろうとした金髪ピアス男の腕をパシッと払って、千佳ちゃんはそのまま捻りあげた。

 男が呻き声をあげる。

 すごいよ、千佳ちゃん。


「早希さんに何かあったら、桐ちゃんが悲しむ。早く行って―――」

「でも…でも、千佳ちゃん置いていけないよっ」


 そのまま視線を私に向けたその隙をつかれて、千佳ちゃんの頬に三人目の――オレンジ色の短髪男の拳が飛んだ。

 全く女の子に対する遠慮などない一撃だった。

 体重の軽い千佳ちゃんの身体は跳ぶように、壁に打ち付けられた。


「ぐっ」と息を詰めたような声が、千佳ちゃんの唇から漏れた。


「千佳ちゃん!!」

「手間取らせるなよ!」


 私の前に再び金髪ピアスの手が伸びてくる。

 反射的に飛び退く私と男との間に再び飛び込んできた小さな影が、その手を阻んだ。

 千佳ちゃんが男の腰にしがみついている。

 引きはがそうとする男の力に、渾身の力を振り絞って対抗する。


「さ…きさん! 早く…にげ…て! 早く――――!!」

 

 千佳ちゃんの叫び声でスイッチが入ったように、私は男達と反対方向に全速力で駆け出していた。


 ごめんね。千佳ちゃん……。


 心の中で、千佳ちゃんに謝る。

 滲む風景に、泣きそうになっている自分に気づくが、グッと歯を食いしばって涙を堪える。

 男達の元に彼女だけを残してしまった事が心配でたまらない。

 だけど、自分があの場に残っていたとしても、千佳の足手まといにしかならないだろう。

 男達の狙いは私にある。

 それは千佳ちゃんの会話から、男達が勝手に私を大沢桐人の彼女だと誤解したことが原因なのだが。

 しかし、男達の雰囲気は誤解だと言ったところで、それを受け入れる程甘い雰囲気はない。

 それどころか、捕まってしまえば、どんな目に遭うか……きっと無事では済まないだろう。


 裏通りをとにかく相手の目から逃れるため、めちゃくちゃに駆けた。

 いくつ目かの角を曲がったとき、目の前の道は途切れ、金網の向こうに線路が見えた。

 完全な袋小路だった。


 どうしよう……。


 後ろから足音が追いかけてくる。

 道を戻る余裕はない。

 私はとっさに目の前にあるマンションのエントランスに駆け込んだ。

 エレベーターは使わず、階段を駆け上がる。

 2階にたどり着いた時、下から追いかけてくる複数の足音が聞こえた。

 追いつかれないよう、必死で駆け上がる。

 3階…4階…5階……屋上。

 ガチャガチャとドアの持ち手を回すと、運良く扉が開いた。

 勢い良く吹き込む風に逆らって、重い鉄製の扉を押し開けると、隙間に身体を滑り込ました。

 すぐに閉めようとしたが、その扉の間に足が差し込まれる。


「いや…っ、…こっちに来ないで!」


 扉がそれ以上開かないようにグッと力を込めて押しつけるが、力の差は歴然だった。

 徐々に押しやられる扉。

 その隙間から、金髪ピアス男の笑っている顔が見えたとき、絶望感に身体の力が抜けた。


 少しでも距離を置くために、背を向け、手すりに駆け寄る。

 扉を押し開け現れたのは、金髪ピアス男とオレンジ短髪男の二人だった。

 一瞬、もう一人の男と千佳ちゃんの事が頭をかすめたが、今は心配する余裕もなかった。


 5階建てのマンションの屋上から地上を見下ろす。

 私の首下くらいの高さの手すりは乗り越えられても、この高さから飛び降りたら、命はないかもしれない。

 だけど、このまま男達に捕まってしまうのはもっと怖い。

 躊躇しているうちに、グッと左腕を捕まれ、引っ張られた。


「鬼ごっこもこれで終わりだぜ」


 金髪耳ピアスの声に、ぞっと冷たいものが、背中を駆け抜けた。

 同時に、カシャリと機械音がする。


「へへっ、良い表情。『彼女、恐怖におののくの図』って感じ?」


 オレンジ短髪男が、携帯を操作しながらニヤリと笑った。


「今の画像、桐人の携帯に送ってやるよ。さて、何枚目の写メでヤツはやってくるか、賭けてみる?」

「お~、そりゃ面白いわ。俺はヤツが来ない方に賭ける」

「ええ? 俺も来ない方に賭けようと思ってたのに。そんじゃ賭けにならないじゃん」


 男は互いに余裕の表情で笑いを交わす。

 そして追い詰めた獲物が怯えるのが楽しくて堪らないといった様子で、呆然とする私に視線を向けた。


「…別にあんたに恨みがある訳じゃないけど、……あんな薄情なヤツの彼女なんかになってしまったのが不運だったよな」

「そうそう。ヤツには自分の薄情さをとことん悔やんでもらわないとな」


 捕まれた手を振りほどこうとしたが、びくともしない。


「私は別に桐人くんの彼女なんかじゃないない!」


 右肩にかけていた大きめのトートバッグを手に持ち、振り回す。

 左手を振りほどくことはできたが、バッグはすぐに奪われてしまった。

 バッグの中身が屋上のコンクリートの床に散乱する。

 ハンカチ、財布、携帯、定期入れ……。

 だが、金髪耳ピアスはそんなものには興味を示さず、『桐人』と名前が書いてある橘桐人のスケッチブックを手に取った。


「ふ~ん。……どのページもあんたの絵で一杯じゃん。俺らはあいつに思い知らせてやれればそれで良いんだよ。あんたがヤツをどう思おうと関係ないの。…へへ、でも思った以上にあいつにダメージ、与えられそうじゃん」


 金髪ピアス男はそのままスケッチブックの何枚かのケント紙に手をかけた。

 そしてそのまま、止める間もなく、何枚かのスケッチを力任せに破り捨てた。

 琴音のはにかんだ笑顔が裂けて風に舞う。 

 

「やめて――――!」


 自分の一部が引き裂かれた気がした。

 再び携帯で画像を撮る機械音がする。


 「2枚目……『彼女、泣き崩れる図』って感じ?」 


 オレンジ短髪男が楽しそうに携帯を操作している。

 私はそんな光景ももはや目に入らず、冷たい床に跪くと、スケッチの断片に震える指を伸ばした。

 

『好きっていう気持ちなんて、あんまり難しく考えたらダメよ。すっごく嬉しいとき、悲しいとき、辛いとき、ピンチの時、ふとその人の笑顔が心いっぱいに広がったり…って、そんなモノなんじゃないのかな。きっと早希ちゃんの心の中に答えはちゃんとあるんだよ。何かのきっかけで気づくモノだから…』


 あの日の朋姉の言葉が脳裏に蘇る。

 やっと分かった。

 今、この絶体絶命の時に。瞼に浮かぶのはただ一人の人。

 それは両親でもなく、友人でもなく、ましてや大沢桐人でもなかった。

 

 男が腕を掴んで、私を無理矢理に立たせる。

 男の手が私の胸ぐらを掴もうとするのを感じて、ぎゅっと目を瞑る。

 なんてバカなんだろう。

 ここまで追い詰められないと自分の気持ちが分からなかったなんて。

 分からないだけでなく、私の無神経さが彼を深く傷つけた。

 もう全てが遅すぎる。


「さて、3枚目。今度はどんな構図を送ろうか――――」 


 嫌だ。―――怖い。

 その言葉に私は身体を硬くして、泣きながら、ただ一人の人の名を呼んだ。


「や、助けて。浩平、浩平――――っ、こうへ……」


 一度口から零れてしまった名前は止まらず、狂ったように何度も繰り返す。

 ピアノのあるリビングで曲を弾き終えた浩平が私に向けるはにかんだような笑顔が浮かぶ。

 あまりにずっと近くにいすぎて、その笑顔を向けられる事がどんなに嬉しいか、幸せか見過ごしてしまっていた。

 本当は、物心ついた時からずっと好きだったのに。

 だけど、今までの関係でも十分満足していた私は、その居心地の良い場所を失いたくなかった。

 その関係を変えるのが怖かった。

 だから、ずっとその気持ちに気づこうとしなかったのだ。


「うるさい!」


 男の苛立った声に更に身を竦めた瞬間、パシッと音がして、急に男に捕まれていた腕が自由になる。

 恐る恐る開いた目の前には、黒いダウンジャケットを着た大きな背中。

 このジャケットには見覚えがあった。

 

「…こ…こう…へい?」


 金髪ピアス男は床に転がり、びっくりした顔で突然現れた男の子を見上げている。


「おまえら、絶対許さない!」


 いつもよりかなり低音だったが、それは確かに聞き慣れた浩平の声だった。

 その迫力に一瞬呆気にとられていたオレンジ短髪男が、睨みつけるような目をして、浩平に殴りかかった。

 そこからは、まるで空手の『型』の模範演技を見ているようだった。

 流れるような動きで相手の拳や蹴りを払い、無駄なく突きを決める。

 空手の有段者である浩平の優位は、最初から圧倒的だった。

 慌てて金髪ピアスが加勢に入ったが、力の差は変わらない。

 浩平の突きがオレンジ短髪の顔面に入り、蹴りがオレンジ短髪の腹部に決まり、オレンジ短髪の鼻から赤い血が滴った。

 敵はもうそれで戦う気力をすっかり削がれたみたいで、オレンジ短髪が怯えた表情で踵を返して、扉に向かって駆け出すと、金髪ピアスも慌てて後を追いかけた。


「逃がすか!」


「――――こ、浩平!」


 男達の後を追おうとした浩平が、私の声に動きを止める。

 そのまま、男達を扉の向こうに見送って、浩平は私に駆け寄った。



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