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ジュエリーキッドナッパース  作者: 七名菜々
TARGET01:市長

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4/12

TARGET01:市長(4)

   ■


「いやあ、ラッキーだったねえ。まさか警察に助けられちゃうなんてな」

 不審者として目をつけられていた黒のクラウンはその場で職質を受け、スピード違反と銃刀法違反で現行犯逮捕されていった。

 ようやくアジトへ向かうルートに戻ることができた車のラジオからは、まるでミドリの心情を表したかのようなご機嫌なポップスが流れている。そこそこ人気のお笑いタレントがメインパーソナリティを務める総合情報番組の、ヒットチャート紹介のコーナーらしい。

「あら、ラッキーじゃないわよ」

 ダイヤが仏頂面でそう言い、ミドリは首を傾げる。

「なんで? まあ、そもそもボディガードに追い回されたのは不運だったけどさ。あの状況で助かったのは、幸運以外のなんでもないよ」

「だから、運なんかじゃないって言ってるの」

「は?」

「あれは実力。計画通り」

「どういうこと?」

「万一追っ手が来たときのために、逃走用のルートを用意しておいたのよ。数日前からあの住宅街周辺の不審者情報を警察に流して、パトロールを強化させておいたの。そこにわざと逃げ込んで、追っ手が警察に捕まるように仕向けたってわけ」

 ダイヤは事もなげに淡々と説明する。そんな彼女に、ひゅう、とミドリは鳴らない口笛を吹かした。

「ダイヤちゃん、やるねえ」

 ダイヤと組んで約二ヶ月、これまで大きなトラブルに見舞われたことはなかったため、彼女のことは口煩い運転手くらいにしか思っていなかった。しかしそこまで手を回しているとは。この女、意外に切れ者かもしれない。

 ご機嫌なポップスがフェードアウトし、番組はニュースのコーナーに切り替わった。メインパーソナリティのお笑いタレントから、ラジオ局のアナウンサーにバトンが引き継がれる。

 政治家の汚職に芸能人の不倫、退屈なニュースがいくつか続き、ミドリはチャンネルを変えようと手を伸ばした。しかし、次にアナウンサーから発せられた言葉に、その手を止める。

『大手電機メーカー本郷(ほんごう)電機(でんき)の前社長、本郷(ほんごう)和臣(かずおみ)さんが行方不明になってから、まもなく七年になります』

「あ」

 本郷電機の本郷和臣。聞き覚えのある名前だった。

「この人、知ってるかも」

 その時、行き交う車のヘッドライトを反射して、ダイヤの眼鏡がキラリと光った。ように見えた。

「知り合い?」眼鏡を押し上げながらダイヤが尋ねる。

「知り合いっていうか。多分、俺が誘拐した人だ。カズ君でしょ、覚えてる。そういえば、どこだかの社長やってるって言ってたな」

「カズ君って」ダイヤの声色に嫌悪感が滲む。「つまり、その人のことも抱いたってこと?」

「そりゃあ、そういう仕事だからね」

「あんなのによく手が出る」

「『あんなの』ってのは随分」

 ダイヤのその口振りに、小さな違和感を覚えた。

「なんていうか、知り合いみたいな言い方だね」敵意があるというべきか。「ダイヤちゃんの方こそ、知ってるの? 彼のこと」

「知ってるも何も、有名人でしょ」ダイヤは肩をすくめる。

「それなら尚更不思議な反応だ。彼は男前だったのに」

 市長と違って、という続きを当の市長の眼前で口にするほど、ミドリはデリカシーのない人間ではない。

「男前だとしても、所詮はいい歳したおっさんでしょ」

「でも良い身体だったよ」

「そういうの聞きたくない」

 一瞬、二人の間に沈黙が流れた。ラジオ局のアナウンサーは、事件当時の状況を詳しく伝えている。侵入者の形跡、乱れた部屋、開けっ放しの窓。いずれもミドリの記憶と一致していた。

「で、その後どうなったのよ」

 先に口を開いたのはダイヤの方だ。彼女はぶっきらぼうにそれだけ言い放った。

「どうって?」

「今も行方不明でしょ。彼はどこに行ったわけ?」

「へえ。そういうのは聞きたいんだ?」

「べつに。ただの野次馬根性よ」

「ダイヤちゃんも意外に物好きだねえ」

「うるさいわね。知ってるの、知らないの?」

「知らないよ」

「何よ」

 ダイヤは不快感を露わにし、その美しい鼻筋に皺を寄せた。そんな彼女の反応に、ミドリはケタケタと笑う。

「どこかの南の島へ流したって聞いた気がするけどね。詳しくは知らない。ご存知の通り、俺の担当は仕入れまでだから」

 玉虫商会では、標的を連れ去ってアジトに運び込むまでの工程を『仕入れ』と呼んでいた。

「そんなに気になるなら、田中(たなか)さんに訊けば分かるんじゃないかな」

「田中さんって、商品管理の?」

 そして商品管理とは、『商品』、つまり誘拐した標的を預かり、監禁や拷問に身代金の請求など、クライアントの要望に応じた処理を行う部門のことだ。

「そう、商品管理の田中さん。あの人超古株だから、過去に扱った商品のことならなんでも知ってるよ」

「そんなに頼もしい風には見えないけど」

「まあ、気が強い方ではないね。でも、ほら。田中さんが入ったのはまだ先代が社長だった頃で、当時副社長だった親父がコードネームをつけてたらしいんだけど。親父の命名法則、知ってる?」

「知るわけないわ」

「入社順に、世帯数の多い名字を割り振ったんだって」

『田中』なんて全国で五本の指に入るほど世帯数の多い名字であり、ミドリはそれより人口の多そうな名字を与えられた社員に出会ったことがなかった。

「それは、随分古株なのね」

「でしょ。先代のこともよく知ってるし、うちの会社の生き字引と呼ぶに相応しい人だよ」

 興味があるのかないのか、ふうん、とダイヤは生返事をした。カーステレオから聞こえる声は、本郷氏についての情報提供を呼びかけている。

「でも、どうして七年前の事件が今更話題になってるわけ?」

「今ニュースで説明してたじゃない。聞いてなかったの?」

 ミドリの質問に、ダイヤは呆れ顔を浮かべた。

「行方不明から七年経過すると、失踪宣告が成立するの。つまり、本郷前社長が死亡したと見做されるわけ」

「すると?」

「彼は現時点で本郷電機の筆頭株主でもあるのよ。本郷電機は今、前社長の弟が代理で社長を務めてるんだけど、前社長が死んで、その株が彼の一人息子に相続されると、とてもややこしいことになる。下手をすると、息子が会社を乗っ取るような事態にもなりかねないの」

 いや、彼はやるでしょうね。とダイヤは断言する。

「それの何が悪いのさ。やや時代遅れではあるけど未だによくある、正統な世襲でしょ?」

「大問題よ。あの馬鹿息子、自分が社長息子であることを盾に、私用の買い物を経費で落とすわ女子社員には手を出すわ、パワハラセクハラ職権濫用やりたい放題のクズ野郎なんだから。おまけに今はギャンブルに入れ込んで破産寸前。会社の資本だってチップに変わっちゃうに決まってるわ」

 ダイヤの口調にはどんどん熱が籠もっていく。そんな彼女の様子に、ミドリはぽかんと口を開けた。

「あのさダイヤちゃん」

「何よ」

「今、ニュースでそこまで言ってたの?」

 ダイヤは一瞬、はっと目を見開いた。が、すぐにその眼光を鋭くして、ミドリを睨む。

「言ってたわよ。聞いてなかったの?」


   ■


 厳重に警備されたゲートを潜り、高い塀に囲われた敷地内に入ると、二棟の建物が目に入る。右手にそびえ立つのが、内勤職員たちが主に勤務する玉虫商会の本社ビル。左手にあるもう少し小振りなビルが、仕入れた商品を留め置くための、軟禁監禁なんでもござれの宿泊施設だ。

 その二棟のビルの間を通り抜け、車を宿泊施設の裏手に回すと、渡り廊下で宿泊施設と繋がった、小さなプレハブ小屋がある。あの小屋で商品を検品、つまりボディチェックを行ってから商品管理に引き渡すのが、納品時の決まりになっていた。

 宿泊施設と通路を挟んで背中合わせに建っている倉庫に横付けするような形で、ダイヤは車を駐めた。ミドリが市長の手を引きながら車を降りると、物音に気づいたのか、ひょろりと細長い男がプレハブ小屋から顔を出す。暗がりでもその特徴的なシルエットを見れば誰だか分かる、ベテラン商品管理の田中だ。彼はミドリの姿を認めると、すぐにこちらへ駆け寄ってきた。

「ミドリ君!」田中は手を上げながら言った。「今日は遅かったね。何かあった?」

「田中さん」とミドリも応じる。「まあ、ちょっとね。軽くトラブっただけだよ」

「商品も無事みたいだね」

「うん、問題なし」

「じゃあ、彼はこっちで預かっちゃうよ」

 言いながら、田中は尻ポケットから手錠を取り出した。

 その様子を見て、「あっ、待って待って」とミドリは彼を制止する。

「どうかした?」

「おまじないがまだだから」

 一瞬、怪訝な顔をした田中だったが、ミドリがそう言うと、「ああ、そうだったね」と頷いた。

 ミドリは市長を窓明かりの下に誘導し、サングラスを外した。彼と向き合い、地面に膝をつく。そして彼の手を両手に包むように優しく握り、その瞳を真っ直ぐに見つめた。

「ノブ君」

 柔らかい声色で呼びかけると、市長は少し震えた声で「はい」と答えた。

「俺と約束してくれるかな?」

 まるでこれから言われることを察しているかのように、市長の瞳には寂しげな色が浮かぶ。だが彼は、やはり気丈に「はい」と答える。

 ミドリは彼の手を握る手に力を込め、「じゃあ、約束ね」と前置きしてから、こう続けた。

「俺のことは忘れて。田中さんの言うことよく聞いて。それが君の幸せだから」

 市長はミドリの言葉をじっくりと受け止めようとするかのように、小刻みに頷く。項垂れ、天を仰ぎ、また項垂れる。しばらく無言でそれを繰り返していた彼だったが、やがて目に涙を浮かべながら、絞り出すように「はい」とだけ言った。

 ミドリが田中に視線を送ると、彼はその意図を察し、市長を連れてプレハブ小屋へ戻る。ミドリに手を離された市長は、諦めを浮かべた表情で、少しも抵抗を見せることなく田中に従っていった。

 彼らの背中が扉の向こうに隠れた瞬間、別れの余韻に浸る間もなく「ねえ」と鋭い声が飛んできた。情緒とは無縁の我が相棒、ダイヤの声だ。

「毎回やってるけど、それ、なんなの?」

 ダイヤはまるで汚物を見るような目でミドリを見る。

「だから、おまじないだってば」

「だから、おまじないって何よ」

 ミドリは肩をすくめた。「彼がいつまでも俺のこと想い続けてたら可哀想でしょ? だから、忘れさせてあげるんだよ」

「忘れろって言ったら忘れるわけ?」

「さあね。でも、これをやると標的が命令をよく聞くって商品管理から評判だよ」

「へえ」とダイヤは疑いの眼差しを向ける。「それ、もしやらなかったらどうなるの?」

 どうなるの? と訊かれてもだ。

 おまじないをかけない。それはつまり、標的がいつまでもミドリに恋焦がれ続けてしまうということだ。

 この翠色の瞳の、呪い同然の力によって引き起こされた紛い物の感情に囚われ続けるとは、一体どういうことなのだろうか。

「怖いこと聞かないで」とミドリは身震いをした。

 そんなの想像するだけで、ぞっとする。

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