表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジュエリーキッドナッパース  作者: 七名菜々
TARGET04:花婿

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/21

TARGET04:花婿(6)

   ■


「異議あり!」と叫んだのは男の声だ。

 その声に聞き覚えがある気がして振り返れば、見覚えのある男が勢いよくドアを開けたところだった。

「は? ゴキちゃん?」

 男はサイズの合わないタキシードに身を包んでおり、今にもベストのボタンが弾け飛びそうだった。仕立ての良いネイビーブルーに少しも似合わない、赤茶色のテカテカ頭。見間違えようもない。あれはミドリの元相棒、五木武利だ。

 男の陰から、真っ赤なイブニングドレスの女がひょっこり顔を出す。これまたえらい美人が現れたな、とミドリが呆然としていると、彼女は五木を肘で小突き、「ちょっと、叫んだら変装の意味ないじゃない!」と文句を言った。今の声はまさか。

「えっ、ダイヤちゃん?」

 眼鏡がないのですぐには分からなかったが、よくよく見れば、あの美女はミドリの相棒、金剛ダイヤだ。

「うるせえ! 黙って見てられるかよ!」と五木が喚く。

「信じらんない。ほんと馬鹿」とダイヤが罵る。

 一体どういう風の吹き回しか、ミドリの相棒と元相棒がタッグを組み、結婚式が行われている大広間へ乗り込んできたのだ。

 会場は騒然としている。司会者が必死で「静粛に!」と声を上げているが、混乱したゲストの耳には届かない。ドアから比較的近い所に配置されていた警備員が三名、闖入者の元へ駆けつけた。

 あ、まずいぞ。

 ミドリが直感的に思った、その瞬間だった。警備員が彼らに声をかけるより早く、五木の手が出る。いち、に、さん、とリズム良く、彼らは顔を殴られ、吹き飛ばされた。

 人が殴り倒される瞬間を目撃したゲストたちは、瞬時にパニック状態に陥った。近くにいた一人の女性から悲鳴が上がったのを合図に、蜘蛛の子を散らすように走り出す。いや、蜘蛛の子が散るところを見たことはないが、きっとこういう状況のことを『蜘蛛の子を散らす』と言うのだろう。しかし大広間の出入口は、聖壇とは反対側の壁面にしかなく、五木たちが立っているドアを中心に三つ横並びになっている状態だ。蜘蛛の子たちは逃げ出そうにもどの方向に走ればいいのか判断がつかないようで、会場を出ようと左右のドアの方へ駆ける者と五木たちから少しでも離れようと聖壇側へ走る者が同時に発生し、会場のあちこちで衝突事故が起こっていた。映画館並みの立派な音響設備を通した司会者の声量も、大勢のゲストの悲鳴の前では無力だった。

 さらに数名の警備員が五木たちの元へ駆けつける。緊急事態だと判断されたのか、彼らの手には警棒が握られていた。

 あー、駄目駄目! そんなんじゃ無理だって。

 一人の警備員が飛び出し、警棒を振り下ろした。が、それは片手で受け止められ、そのまま小蝿のように払いのけられる。警棒を取り落とした警備員は無鉄砲にも素手で五木に立ち向かおうとするが、彼の腕はあっけなく掴まり、次の瞬間には見たことのない関節が生まれていた。

 会場内の悲鳴は一層激しさを増す。ゲストたちの混乱は収集のつかない状態になっていたが、会場から脱出を試みる者が勢力を強め、五木のいない左右のドアには人が殺到していた。

 警備員たちは恐怖に顔を引き攣らせながら、一斉に五木に殴りかかる。それは一人で挑むよりかは賢い戦い方で、何発かは五木に打撃も入っているようだった。しかしそれでもあまり意味はない。ゴキブリとは、数発叩いたくらいで駆除できるものではないのだ。五木は警棒の衝撃などにはにべもくれず、次々と警備員をなぎ倒しながらずんずんと大広間の中心へと進んでいった。

 そうこうするうちに、左右の扉の前にできていたゲストたちの人集りがようやく捌け、入れ違いに黒スーツの集団が駆け込んできた。ざっと二十人はいるだろうか。先程の警備員たちより本格的に戦闘の訓練を受けてきた者たちなのだろう、皆一回り身体が大きく、手には拳銃を握っている。中には昨日ミドリを取り押さえていたボディガード氏もいた。

 ボディガードたちは統率の取れた動きで、一気に五木を取り囲んだ。そこにダイヤの姿がないことに気づいたのは、その時になってだった。

「あれ、ダイヤちゃんは?」

 独り言のつもりだったが、「こっちよ」と真横から返答がある。「えっ」と思わず振り返ると、予想だにしない光景が目に入った。

 いくら周囲が騒々しかったとはいえ、隣でこんなことが起こっていたのによく気づかずにいられたものだと、自分の鈍さに驚かざるを得ない。

 ダイヤはウェディングドレス姿の麗子を捕らえ、背後から羽交い締めにしていた。いや、それだけなら特段驚きはしない。彼女の周囲には、麗子を護ろうとしたのであろう使用人たちがごろごろと転がっていたのだ。

「えっ。これ、ダイヤちゃんがやったの?」この人数を、一人で?

「そうね」

「人殺し!」

「殺してないわよ。失礼ね」

 そう言ってダイヤは顔を顰め、そして五木を囲うボディガードたちに向かって声を張り上げた。

「あんたたち! 大事なお嬢様を無事で返してほしかったら、今すぐ銃を置きなさい!」

 ボディガードたちに緊張が走った。目で相談し合うような空気が流れたが、すぐには決断できないようだ。さすがのゴキブリも、八方から銃口を向けられたこの状況では見境なくボディガードに襲いかかることはせず、睨み合い状態が続いている。

「安心なさい。私たちが用があるのは、この花婿野郎だけよ! 彼を返してもらえれば、これ以上危害は加えないわ」

 麗子はじたばたともがきながらも、口を押さえられ悲鳴も上げられずにいる。

 男たちは麗子の方を一瞥した後、互いに頷き合った。それは彼らの合意形成が完了した合図だったのだろう。彼らは一斉に床に屈み、拳銃を置こうとした。その瞬間だった。

「いけませんわ!」麗子が叫んだ。

 やっとのことでダイヤの手を口から引き剥がすことに成功したらしい。強く押さえられた口元には赤く跡が残っている。彼女に発言を許したダイヤは極めて冷静で、酷く冷たい眼差しを麗子に向けた。

(すい)様を引き渡してはなりません! 必ずお護りするのです!」

 その声を聞いて先に動いたのは五木だった。軽やかなステップで大きく全方に踏み込み、正面に屈んでいた男の横面に蹴りを入れる。男は隣にいた仲間を巻き込みながら横に吹っ飛び、そのまま意識を失った。

「スイって誰?」

「俺だね」

 ダイヤが尋ね、ミドリが答える。

「本名?」

「多分。一応?」後で戸籍を確認しなきゃ。

 そこから先は泥試合だ。ある者は五木を取り押さえようとし、ある者は殴りかかり、振り下ろした拳が仲間に当たり、「撃て!」「撃つな!」と混乱した指示が飛び交う。五木は完全に頭に血が上っており、降りかかる打撃をものともせずに長い手足を縦横無尽に振り回していた。

「こっちはいい! 誰かお嬢様を!」

 そう指示が飛ぶと、乱闘から弾き出された者たちがミドリたちの方へ駆けてきた。一、二、三、四、五人だ。彼らはダイヤの前に立ち塞がり、一斉に銃を構える。

 麗子はどうにかダイヤの手から逃れようと必死に身を捩っている。呼吸が苦しいのか、胸の辺りに手を伸ばそうとするのが見えた。

「撃てない銃を構えるもんじゃないわよ。大事なお嬢様を盾にされてもいいの?」

 その瞬間、麗子がドレスの胸元に手を突っ込んだ。

「盾になどなりませんわ!」と叫びながら何かを取り出し、直後にパァン! と乾いた破裂音が鳴る。

 しかしほとんど同時に麗子の腕は捻り上げられていた。

「残念ね。二度も同じミスはしないわよ」

 何が起きているのかすぐには分からなかったが、麗子の右手の中に握られている物に気づき、ようやくミドリは状況を理解した。あれは噂に聞く、超小型の拳銃だ。麗子の決死の反撃はダイヤに阻止され、天井に穴を空けただけに終わった。

「自分の身を自分で護ろうという姿勢は感心するわ。でもね、銃を抜くことの意味はきちんと考えなくちゃ駄目よ。武器を構えたら、もう手加減はしてあげられないんだから」

 ゴキッ、と嫌な音がした。耳をつんざくような麗子の悲鳴が響く。ダイヤが手を離すと、麗子の腕がだらりと力なく垂れた。

「貴様!」

 ボディガードの一人が叫んだ。ダイヤの仕打ちに耐えられなかったのだろう。彼は仲間の制止も聞かず、拳を振り上げながら飛び出した。

「感心しないわね。私の機嫌を損ねるとお嬢様がどうなるか分からないわよ?」

 言いながらダイヤは飛び出した男に向かって麗子を突き飛ばした。男は咄嗟に拳を解き、麗子を受け止める。

「安心なさい。肩を外しただけよ。結局手加減しちゃったわ」

「お嬢様を安全な所へ!」

 麗子を抱えたボディガードを押し退けながら、ボディガードその二が叫んだ。「嫌ですわ!」と麗子に抵抗されながらも、ボディガードその一は大広間の外へと走り去っていく。その二は拳銃を構え、盾をなくしたダイヤに狙いを定める。

 バン! と銃声が鳴った。しかし男の指が引き鉄にかかるより前に、ダイヤは床に屈んでいた。

 かと思えば、赤い物体が回転しながら飛来し、男の頭部に直撃した。

「いってえ!」

「その靴、歩きにくいからあげるわ。そこですれ違ったゲストに借りたんだけど、サイズ合ってないの」

 ダイヤが投げたのは、今まで自分が履いていたハイヒールのパンプスだった。ヒール部分が当たったのか、男は目を押さえて蹲ってしまう。

 するとダイヤはボディガードその二の元へ駆け寄った。大丈夫? ごめんね? なんて声をかけてやるわけではもちろんない。彼女の狙いは、男が取り落とした拳銃だ。ボディガードその三がそれに気づき銃を構えたがもう遅い。次の瞬間にはダイヤはその三の至近距離におり、既に発砲できる間合いではなくなっていた。

 その三より頭一つは小柄なダイヤは拳銃を握ったまま、鋭く拳を突き上げた。

 ゴッ、と鈍い音が鳴り、拳銃が男の顎に直撃する。脳を揺らされた男はよろよろとふらついたかと思うと、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 残るはあと二人、ボディガードその四とその五だ。

 男たちは同時に駆け出した。二人がかりでダイヤを取り押さえることに決めたのだろうか。その四とその五は仲良く並び、一直線に彼女の方へ走る。

 ダイヤが拳銃を二人に向かって投げつけた。その四とその五は左右に分かれるようにそれを躱わす。

 しかしそれは囮だったようだ。二人が飛んでくる拳銃に気を取られた一瞬の隙を突いて、ダイヤは男たちの懐へ潜り込んだ。両手を伸ばしてその四とその五のネクタイを掴まえ、そのままぶら下がるような勢いで真下に引く。

 二人はダイヤを中心に引き寄せられ、ゴツッ! と音を立てて互いの頭をぶつけた。

 激しく頭を打ちつけたその四とその後はすぐには立ち上がれない。ダイヤは二人のネクタイをそれぞれの首に巻きつけ、流れ作業のように絞め落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ