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ジュエリーキッドナッパース  作者: 七名菜々
TARGET04:花婿

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18/21

TARGET04:花婿(5)

   ◇


 あまりに雑に床に投げ捨てられたので、「痛っ!」と思わず声を上げてしまった。

 すぐに立ち去ろうと半分背を向けていた警備員が、反射的に振り返る。

「てめえ、いつの間に目を」

「覚ましてないわ。最初から起きてたの」

「このっ」

 挑発的にダイヤが言うと、警備員が脚を振り上げた。すかさず彼の軸足の方の足首を掴み、思い切り手前へ引く。すると彼はバランスを崩し、ドタン! と勢いよく尻餅をついた。

「いって! てめっ何す、いでっ!」

 警備員が悲鳴を上げた。無防備に大股を開いてひっくり返っていたので、股間に膝を乗せて軽く体重をかけてやったのだ。

「やめて。手荒な真似は嫌いよ」

「てめ、どの口がいででででで!」

 グリグリと押し潰すように膝に圧をかける。

「いいから黙って。二人きりで話がしたかったの。大人しく私の話、聞ける?」

「分かった、分かったから放せって」

「嫌よ。放したら乱暴しそうだもの」

 そう言ってもう一度体重をかけると、警備員は再び悲鳴を上げた。彼の目に涙が溜まっているのを確かめて、少し力を弱めてやる。息切れを起こした彼は、もう抵抗してくることはなさそうだった。

 周囲の様子を見渡す。運ばれている途中で眼鏡を落としてしまったのでよく分からないが、辺りは薄暗く、鉄の柵のようなものに囲われている気がする。いくら大豪邸とはいえ住居にそんな設備があるとは信じ難いが、ここは地下牢か何かなのだろうか。しかし、先客らしき人の気配はないのは幸いだった。

「まず確かめたいんだけど。あなた、五木武利よね?」

 裏門の前で警備員に襲いかかろうとした瞬間、彼の赤茶色の髪が目についた。赤茶色のテカテカ頭がトレードマーク。ゴキブリみたいだから五木武利。ミドリのその話が頭を過ったのだ。

「なっ」と彼は言いかけたが、ダイヤが膝を動かす素振りを見せると、すぐに大人しくなる。彼は無抵抗のまま、「なんで知ってんだよ」と言い直した。

「イエスという意味でいいのね?」

「そうだよ!」

「そう、よかった」

 一瞬のことだったので、それは確信などない、ただの直感に過ぎないものだった。五木が花京院邸にいる謂れも分からない。しかし幸い、ダイヤの勘は冴えていたようだ。

「翠玉ミドリは知っているわね? 私は彼の相棒よ」

「おまえがミドリの!」五木が噛みつきそうな気配を見せたので、ぐいと膝に力を込める。ぐおおおおお、と汚い悲鳴が地下牢に響いた。

「今、ミドリが行方不明になっているの。彼はここ花京院邸に乗り込みに行ってから消息が分からなくなった。そして彼を探しにここに来てみれば、元相棒さんのあなたがいた。こんな偶然ってあるのかしら?」

 いや、ない。あってたまるか。五木は確実に、ミドリの行方不明に一枚噛んでいる。これも勘に過ぎないが、ダイヤはそう確信していた。

 五木は脚を開き股間に膝を押し当てられた間抜けな姿勢のまま、目を泳がせた。何をどう話すべきか逡巡しているように見える。やがて五木は、徐に口を開いた。

「俺は、花京院家に雇われたんだよ」

「正確に。順を追って」膝に力を込める。

「あー! 分かった分かった! だったらまず、俺が組織を抜けた経緯をだな」

「それは知ってる。パス」そんな話聞きたくもない。

「くそっ、我儘な女だな。じゃああれだ。おまえらこの前、市長を誘拐してたろ」

「あら、よく知ってるわね。あの件ニュースになってないのに」

 商品管理の指示に従いあっさりと次期市長選への出馬辞退を発表した市長は、誘拐の翌日には解放された。たった一泊二日の消息不明なんて、ニュースになりようがなかったのだ。

「あの日、俺は仕事で誘拐現場のホテルにいたんだ」

 ミドリと揉めて玉虫商会を退職後、しばらく療養した後に、社長の紹介で清掃会社に入ったのだと五木は説明した。

「俺が宴会場のトイレの清掃に入ろうとした時だった。ミドリが小太りの男を連れ去る瞬間を、たまたま目撃しちまったんだ。その時にはミドリに夢中で気づかなかったが、よくよく思い出してみりゃあ、あの野郎はどっかの自治体の名物市長だった」

「それは随分と奇遇だったわね」

「ミドリと再会して以降、俺はミドリのことで頭がいっぱいになっちまった。せっかく社長に紹介してもらった仕事も気づいたらばっくれてて、いつの間にか首になってた」

「一方的に見かけただけのことを『再会』と言うのはどうかと思うけど」

「それから俺は、何日もふらふら歩き回っていた。何も考えてないつもりだったが、無意識にミドリの姿を探してたんだろうな。ガキの頃遊んだ公園に、馴染みの居酒屋に、近所のコンビニ。いるはずもないと分かりきってる所ばかりを」

「どっかのラブソングじゃあるまいし」

 その後もうだうだと色恋混じりの長話を聞かされたが、彼の話を要約するとこうだ。

 ある日駅前を歩いていると、人探しのビラ配りを受け取った。そこに描かれていた人相書きはどこからどう見てもミドリの顔で、話を聞けば、かの花京院家のご令嬢が身元不明の男と恋に落ち、消息の分からない彼を婿として迎え入れるため捜索しているという。ミドリへの劣情を持て余していた五木は、計画の途中でミドリを奪い去ることを目論み、花京院家への協力を申し出た。五木は花京院家とミドリに関する情報を交換し、狙い通りミドリの身柄を手に入れることに成功したが、しかし念願成就とはならなかったと言う。

「あいつ、薬盛られて意識朦朧としてるのに、それでも必死に抵抗して。俺は結局、手を出すことができなかった」と涙ながらに五木は語った。

 勝手に恋に破れた五木は未練を断ち切るため、ミドリの身を花京院麗子に捧げることを決意した。ミドリが誰かのものになってくれれば、さすがに諦めもつくだろうと考えたのだ。結果的にミドリ誘拐に大きく貢献した五木は晴れて花京院家に高給で雇われ、こうして警備員をしているそうだ。

 五木といい麗子といい、どうしてここまでミドリに夢中になれるのか、ダイヤにはさっぱり理解できない。

「で、どうするの?」

 大の男の壮大な恋物語を聞かされたダイヤは、鼻白みながら五木に問いかけた。

 彼の話によると、今日この屋敷ではミドリと麗子の結婚式が行われているらしい。先程の正門前の行列は、皆式へ参列するゲストだったのだ。

「どうって。どうもしねえよ」と五木は怖気づいたようなことを言う。

「本当にそれでいいの?」ダイヤは彼を睨みつける。「なんだ。思ったより意気地なしなのね。ミドリがあなたのことあんな風に言ってたから、どんな人なのか期待してたけど」

「ミドリが、俺の話を?」

 五木がぴくりと反応したのを、ダイヤは見逃さなかった。

「ええ、もううんざりするほど聞いたわ。『ゴキちゃんは強くて勇敢で頼もしかった』って。彼があなたの話をする時は、いつも楽しそうだった」

 口から出まかせだ。ミドリから五木の話を聞いたのなんて、多分一回か二回だろう。しかも彼の証言の中で覚えているのは、五木の髪が赤茶色だという一点だけだった。

「あいつ、そんなことを? 本当に?」

「本当よ。正直嫉妬しちゃうくらい。今の相棒は私なのにって、何度思ったことか。きっとミドリはあなたと過ごした時間が楽しくて仕方がなかったんでしょうね」

「そんな、まさか」

 五木の瞳が揺らぐ。これは行ける、このまま押し込め。

「ねえ、もう一回聞くわよ? あなた本当にいいの? このままじゃミドリはあの小娘に取られちゃうのよ?」

 しかし五木はまだ迷いを浮かべている。自信がないのか、奥歯を噛み締め、彼は俯いてしまった。もうひと押し、あとひと息だ。

「しっかりしなさいよ! 好きなんでしょ? ミドリのこと!」

 その言葉を聞いて、五木ははっと顔を上げた。彼の瞳には強い意志の光が灯っていた。

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