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ジュエリーキッドナッパース  作者: 七名菜々
TARGET04:花婿

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15/21

TARGET04:花婿(2)

   ■


 カラコンのせいだったのか! と気づいたのは、姿見鏡の前に立たされた時だった。鏡に映った自分の瞳は、作り物じみた真っ黒な色をしている。サングラスをかけていれば人を魅了してしまうことを防げるのだから、カラーコンタクトでもこの瞳の魔力が失われてもおかしくはない。きっと五木からミドリの体質への対処法を仕入れたのだろう、今ミドリの周囲にいる使用人たちもまたサングラスをかけるという、厳重な対策を取っていた。

 参った。これでは彼らを操ることができない。

「着心地はいかがですか?」男が言った。

 全員サングラスなので見分けがつきづらいが、彼の先程からの仕事ぶりと、他の者とは違ってややカジュアルなスーツを着ているところから見るに、彼は恐らくこの屋敷の使用人ではなく、出張の仕立て屋だろう。面倒なので彼のことはそのまま『仕立て屋』と呼ぶことにする。

「どうもこうも、こんな羽交い締めの状態じゃ着心地なんて分かんないよ」

 ミドリは背後の大男を見上げながら不平を言った。彼は他の使用人と同じくタキシードを着ているが、体格の良さや顔つきは、堅気の人間らしくは見えない。彼のことは仮に『ボディガード』と呼ぶことにしよう。

「どうせ逃げられやしないんだから、放してくれないかな? 出入口のドアには警備が立ってるし、ここが何階か知らないけど、窓から飛び降りられるような高さでもないでしょ」

 するとボディガードはミドリの隣に立つ男に目で伺いを立てた。それは最初にミドリを屋敷の中に案内した、人当たりの良さそうな顔をした初老の男だ。実際のところは分からないが、彼のことは仮に『執事長』と呼ぶことにする。他の者よりいくらか年嵩なようだし、現にこの場を取り仕切ってもいるし、的外れでもないだろう。

「もしかして、俺が暴れだすんじゃないかって心配してる? 残念だけど、俺には君たち全員を蹴散らせるような腕っ節はないよ。多分腕相撲、いや指相撲だって執事長さんにも敵わない」

「執事長? とは、わたくしのことでございますか」と、ミドリに視線を向けられた執事長が首を傾げる。

「あ、違った?」

「執事長なんて恐れ多い。わたくしは年季が入っているだけの、下級の執事です故。まあ、最年長ではございますが」

「じゃあいいよ、『執事長』で」呼び名を改めるとややこしくなる。「ほら、早く放してってば。せっかくの衣装だって皺になっちゃうよ」

 ミドリが駄目押しすると、執事長は「放して差し上げなさい」とボディガードに向かって言った。ボディガードは腕を緩め、ようやくミドリの身体は解放される。凝り固まった身体を伸ばし腕をぐるぐると回すと、ボディガードはやや警戒した様子を見せるが、手を出してはこなかった。

 もし今言ったことが全て彼らを油断させるための軽口で、これから彼らの隙を突いて逃げる算段がついているのだとしたら、少しは格好がついただろう。しかし生憎、ミドリはただただ正直な所感を述べただけだ。頼れるとしたらこの翠色の瞳だけだが、コンタクトを外して、サングラスを奪い取って、という段取りを考えると、上手く行くイメージは少しも湧かなかった。

「よくお似合いですよ」仕立て屋が言う。

 改めて鏡で自分の姿を確かめると、その滑稽さに苦笑が込み上げてくる。それはまさしく花婿に相応しい、純白の燕尾服を着せられた姿だった。

「すごいね。サイズぴったりだよ」

 両手を広げ、袖の丈感を確かめながら言った。肩回りやウエストも、きつさは感じないが緩いわけでもなく、身体にぴたりと吸いつくようだ。

「いつの間に採寸したの?」

「失礼ながら、貴方様がお眠りになっている間に」

「そういえば俺、どれくらい寝てたの?」五木に襲われてからそれほど時間は経っていないはずだが、既に日付感覚は狂っている。

「丸半日ほどかと」と答えるのは執事長だ。「昨日お越しになってから、今朝お目覚めになるまでですので」

「へえ。たった一晩でこれを仕立てるなんて、仕事が速いんだね。さすが、名家に重用されるだけのことはある」

「めっそうもございません。まだ仮縫いでございます。明日の式までには必ず完成させますので」


 燕尾服の試着を終えると、仕立て屋は部屋を辞し、ミドリは再び拘束された。しかしこの部屋で目を覚ました瞬間に比べれば穏健なもので、手首を腰の後ろで縛られただけだ。この状態では背もたれのある椅子には座りにくいので、ミドリはベッドに腰を下ろした。

 式は明日と言ったか。と、仕立て屋の言葉を反芻する。それは随分と急な話だ。

「ねえ、執事長さん」

 ミドリが呼びかけると、本当のところは執事長ではないらしい彼は「はい」と律儀に返事をする。

「なんで俺がお嬢様と結婚することになってるわけ?」

「おや、身に覚えがございませぬか」

「いや、あるにはあるんだけどさ」

 彼女に手を出したのは事実だが、かと言っていきなり結婚というのはあまりに飛躍している。仮に彼女が望んだとして、こんなご立派なお家がそれを認めるはずあるか?

「それは貴方様が、お嬢様の運命のお方だからですよ」

 運命の人? またそれだ。まさか、占い師が予言したのは、この状況のことだったのだろうか。

「二週間前、深夜にこの家を訪ねた宅配業者は、貴方様ですね?」

「あれから二週間も経ったんだっけ」

「あの翌朝、屋敷内にお嬢様の姿がないことに気づき、我々は騒然としました。学校や親族にも連絡をしましたが行き先に心当たりのある者はなく、いよいよ警察に届けようとしたその時、お嬢様から電話があったのです」

 わざわざ今時珍しい公衆電話から電話をかけ、彼女はこう言ったという。

『わたくし、運命の王子様と出会いましたの。あのお方との結婚を認めていただけるまで、わたくし家には帰りませんわ』

 麗子お嬢は名家に生まれたご令嬢の宿命らしく、十八歳になったその日に家柄の良い男と結婚することを親に定められていた。しかし麗子はそれに強く反発し、『親が決めた人とは結婚しない。自分が十八になるまでに必ず運命の王子様が迎えに来る』と豪語していたそうだ。

「そして、貴方様が現れたのは、まさにお嬢様が十八歳になる夜のことでした。我々は大層驚きました。貴方様はあの日、偶然やってきて、お嬢様と出会い、ひと目で恋に落ち、そして愛を契りあった。これを運命と言わずしてなんと言いましょう。さすがの旦那様も、二人のご結婚を認めざるを得なかったのです」

 なるほど。麗子が十八歳の誕生日を迎える晩に彼女を誘拐したのは単に彼女にそう依頼されたからだが、ミドリの特異な手口と彼女の過去の言動が偶然の一致を果たしたせいで、とんだ誤解が確固たる確信に変わってしまったわけだ。本来はミドリの担当ではなかったのに無理やり押しつけられたことに加え、さらに『おまじない』をかけ損なったというハプニングも重なったせいで起きたことでもあり、あまりの不運に驚かざるを得ない。

「ですから、お嬢様が貴方様とやむを得ない事情により生き別れになってしまったと知って、我々は全力で貴方様をお捜しすることを決めたのです。なんとしても貴方様にはお嬢様とご結婚していただかなくてはなりませんから」

 そりゃあ大した忠誠心だ、と感心する。「にしても、よく俺のこと見つけられたよね」

「ええ。頼りになったのは、玄関に残された貴方様の靴でした」

「靴? ああ、靴!」あの晩、花京院邸に新品の革靴を置き忘れたのだった。

「あれはオーダーメイドの品でしたね。サインが入っていたので職人はすぐに見つかりました。そして、幸い最近作られた物でしたので、彼は靴を見た途端、すぐに貴方様のことを思い出してくれました」

 あの靴屋め。客の個人情報を漏らしたのか。脱ぎ捨てた靴から見つかってしまうなんて、とんだシンデレラだ。

「そこから先は地道な人海戦術でした。靴職人から入手できた情報は、貴方様のお名前と電話番号だけでしたから。無言電話をかけて周辺の音から貴方様の居場所を探し、同時にお嬢様の記憶から人相書きも作って聞き込みを行いました」

 ここに連れ込まれた時点で薄々察してはいたが、無言電話の犯人は麗子の手下たちだったのか。まんまとミドリは彼らに見つかり、最終的には自宅まで特定されてしまったわけだ。あの大量の手紙はきっと麗子からの恋文で、ちゃんと読めばどこかに差出人の名前も書いてあったのかもしれない。

「五木様と出会ったのは、そんな折です。駅前で聞き込みをしていた使用人に声をかけ、事情を聞いて、協力を申し出てくださったと聞き及んでおります。なんでも貴方様と五木様は、旧知の仲でいらっしゃるとか」

「ああ、うん、まあね」

 なるほど偶然とは重なるもので、彼らが派手な聞き込みを行った結果、偶然五木と出会ってしまったわけか。どうして五木が協力を申し出たのか、その動機は不明だが、都合の良いこともあるもんだとミドリは呆れた。

「でもさ。一個問題があるんだけど」

「いかがいたしましたか」

「俺、戸籍ないんだよね」

 結婚するというのならば、それは絶対に必要なはずだ。ミドリは相手を困らせるつもりでそう言った。しかし、当の執事長の反応は意外なものだった。

「戸籍でしたら、取得しておきました」

「えっ! 取ったの?」ミドリは耳を疑った。

「誠に勝手ながら」

「ほんとに勝手だな! えっ、ていうか、取れたの? 取れるの?」人の戸籍を勝手に?

「優秀な弁護士がおりますので」

「いつの間に」

「一週間ほど前、貴方様が戸籍をお持ちでないことを五木様より聞き及びましたので、その時点から動いておりました」

「一週間? そんなすぐ取れるの?」

「優秀な弁護士がおりますので」

「勝手に?」

「誠に勝手ながら」

 信じられない。今までどんなに親父に言われても面倒だからと言って避けてきたことを、この男は勝手に。えっ、勝手に取れるもんなの?

「ついでに申し上げますと、パスポートもお作りしておきました」

「はい?」

「結婚式が終了したらその足でハネムーンに向かいたいと、お嬢様たってのご希望でしたので」

 もうさっぱり意味が分からなかった。パスポートなんて勝手に作れるものなのかとか、そんな短時間でできるものなのかとか、気にはなったが、多分戸籍を作るよりかはよっぽど簡単な手続きのはずなので、指摘する気にもならなかった。多分、優秀な行政書士がおりますので、とか言われておしまいだ。代わりに別の質問をする。

「ねえ、結婚式っていつだっけ」

「明日でございます」

「そのままハネムーン?」

「そうでございます」

「ちょっと急過ぎない?」

 優秀なプランナーがおりますので。

 だそうだ。

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