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ジュエリーキッドナッパース  作者: 七名菜々
TARGET04:花婿

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14/21

TARGET04:花婿(1)

   ■


 目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋の中だった。ここがどこだかは分からないが、ちらりと周囲を見回しただけでも建材や調度品の上等さが目につく。高級ホテルかどこかに連れ込まれたのだろうか。何か場所が分かるものはないかと窓の方に目を向けるが、生憎カーテンは閉まっている。五木の姿も見当たらなかった。

 記憶は断片的だ。明瞭に思い出せるのは、五木と入ったファミリーレストランでスープを口にしたところまで。そこから先は、夢が現実か定かじゃない。

 背中に受けた衝撃、ワンボックスカーの天井、欲望に呑まれた五木の瞳、そこに映った自分の姿、頬にかかった吐息の熱さ。

 一体何を、いや、どこまでされたのだろうか。自分の身体に違和感を探すが、あちこちおかしいような気もするし、気のせいな気もする。ただ、頭は鉛のように重たかった。視界の明るさから、サングラスが外されていることだけは分かる。

 五木は今どこにいるのだろうか。今のうちに逃げた方がいいのだろうか。まずは状況を確かめようと起き上がろうとしたその時になって初めて、それができないことに気がついた。

 思わず「わっ」と声が出る。なんだこれ。

 胸、腰、膝と、厳重に三箇所。ミドリの身体は、革製のベルトでベッドに縛りつけられていた。せっかくのキングサイズも虚しいばかりで、これでは寝返りを打つこともできない。シルクのシーツの肌触りの良さも憎々しく思えてくる。

「くそっ、なんだよこれ!」

 無謀にも暴れて脱出を試みるが、当然ながらびくともしない。じたばたともがく音すらも、上質な眠りを提供する低反発のマットと静音のスプリングに吸収されていた。

「あーっ、トイレ! 漏れる、漏れるー!」

 もはややけくそだった。もし五木がどこかで見ているのなら、漏らされるのはさすがに嫌がるかな、という思いつきだ。恥も外聞もあったもんじゃない。

「あーっ! 漏れる漏れる! 漏れるってばーっ!」

 とその時、馬鹿な作戦が功を奏したのか、ガチャリ、と部屋のドアが開いた。コンコン、という、五木らしくもない慎ましやかなノックも添えてだ。

「失礼いたします」

 そう言いながら顔を出した人物の顔を見て、ミドリはぽかんと口を開けた。

「えっ、誰」全く知らない人だ。

 しかしその男は、「おや、お忘れですか?」と微笑む。

「え、知り合い?」

 言われてみれば、見覚えのある顔のような気もする。いや、言われたからそんな気がするだけかもしれない。やや小柄な初老の男で、人当たりの良さそうな笑顔。どこにでもいそうと言えばどこにでもいそうだが、その辺にいるしがない会社員とはひと味違う品の良さを漂わせている気もする。いや、それは彼の服装がそう見せるだけか。会社員が着るようなビジネススーツより一段と上等な、黒の蝶ネクタイに小さな白い襟が特徴の、黒いタキシード。

 タキシード?

 顔よりもむしろ、その服装に覚えがあった。つい最近もタキシードを着た人物に会った気がする。そういう特殊な職場でない限り、タキシード姿の人間になんてそう頻繁には出会わないだろう。誰だっけ、誰だっけ、誰だっけ。

「あ!」思い出した。「花京院家の!」

 ミドリを出迎え麗子の部屋まで案内した、あの使用人だ。

「思い出していただけましたか」と彼も微笑む。「その節はどうも。お嬢様が大変お世話になったようで」

 しかしミドリは余計に混乱した。「えっ、何? どういうこと? なんで花京院家の人が?」

「ここは花京院様のご邸宅ですから」

「花京院邸?」どうりでこの高級感だ。「えっ、だからなんで? ゴキちゃんは?」

 すると使用人が「ごきちゃん?」と首を傾げるので、ミドリは「あーもう!」と叫んだ。

「だから、五木だよ。髪が赤茶色で、テカテカの!」

「ああ、五木様のことでございますね」使用人は頷いた。「彼はお帰りになりましたよ」

「は? 帰った? なんで」

「ご依頼したお仕事は終わりましたので」

「依頼って」花京院家の使用人が五木に?「どういうこと」

「旦那様は、貴方様をお捜しだったのですよ。あの日お嬢様を攫った人物を」

 そう言いながら、彼はミドリの元へ歩み寄ってくる。一向に崩れない使用人の微笑みが、空恐ろしく思えた。

 あ、これはまずいかもしれない。もしかして、報復されるのか? あの日、荒らしたままにしてきた天蓋つきのベッドが脳裏を過ぎる。

 五木のくせにやたらと段取りが良かったのは、花京院家が背後についていたからだったのか。何故花京院家は五木を頼ったのか。そもそもどうやって知り合ったのか。気になることは色々あるが、もうどうでもいい。今すぐ逃げよう。

 使用人がミドリの顔を覗き込んだタイミングを見計らって、彼の瞳を見つめ返した。誘惑するような甘い声で、ミドリは言う。

「ねえ。このベルト、外してくれない?」

 しかし彼の返答は、ミドリには信じられないものだった。

「それはできかねます」

 耳を疑った。

 え? 嘘でしょ? 俺の言葉に服従しない?

 そんなの生まれて初めてのことだった。この翠色の瞳に、囚われない人間がいるなんて。

 唖然とするミドリの上に、畳みかけるように理解不能な言葉が降りかかる。

「貴方様には、お嬢様とご結婚していただきます」


   ◇


 要するに、母そっくりのこの顔は、さして役には立たなかったということだ。それはあの男が母のことを本心では愛していなかったからなのかもしれないし、過去の色恋が霞むほどに夢中になっている思い人がいるからなのかもしれない。あるいはその両方か。


 結局あの男は、過去一度たりともダイヤの願いを聞き入れてはくれなかった。

 物心ついた頃から、母から父親のことは聞かされていた。本郷電機の商品のCMが流れる度に、『これはパパが作ったんだよ』『パパはすごい会社の社長さんなんだよ』と。そう語る母の横顔は、誇らしそうで、少し悲しそうだった。

 どんなに苦しい生活を送っていても、母が自分を捨てたあの男のことを悪く言ったことは一度もなく、母は朝も夜も働きながら、必死でダイヤを育てた。だから母が倒れた時、ダイヤは真っ先にあの男を頼った。そんなに立派な父なら、きっと母のことを助けてくれるはずだと思ったから。

 インターネットで会社の住所を調べ、社長宛に拙い手紙を送った。自分はあなたの娘だ、母を助けてほしい、治療費を払ってほしい、必ず返すから、と。何度も何度も母の病状を綴った手紙を送り、治療費の融資を陳情した。しかし母が力尽きるまで、手紙が返ってくることも、ある日突然銀行口座に大金が振り込まれることもなかった。

 娘を名乗る人物からの手紙なんて、悪質な悪戯だと思われても仕方ないだろう。だが残念ながら、そうではなかった。あの男は、全て分かった上で無視をしていた。

 あれは母を送り終え、ようやく施設での生活に慣れてきた頃のことだった。ダイヤの元へ、ある人物が訪ねてきたのだ。彼は自分をダイヤの父親の弟だと説明し、兄が申し訳ないことをしたと、まだ子供だったダイヤに対して深々と頭を下げた。海外支社に長期赴任していた彼は、全てが終わった後に手紙のことを知り、いても立ってもいられずにダイヤの元へ駆けつけたそうだ。彼の兄に、現在の妻と結婚する直前まで別の恋人がいたということは、彼もよく知るところだったらしい。

 叔父は必ず兄にダイヤを自分の子だと認めさせると約束し、ダイヤを養子という形で引き取った。叔父の計らいにより、ダイヤと叔父一家はしばらくあの男の家に同居したが、それはまるで意味を成さなかった。

 叔父の心遣いを無下にしてはならないと使命感に駆られたダイヤは、積極的にあの男と関わろうとした。どこどこへ連れていってほしいとか、宿題を見てほしいとか、一緒にご飯を食べたいとか、そんな他愛のないおねだりをいくつもした。しかしそれらが聞き入れられることは一度もなく、亡き母がダイヤに買い与えてくれたぬいぐるみを彼の息子に奪われた時すら、取り返してほしいという願いを聞いてはくれなかった。

 あの男は息子を溺愛し、求められるもの全てを与えたが、ダイヤのことは視界に入れることすら拒んだ。息子がダイヤにどんな非道を働いても、彼は見向きもしなかった。彼にとってダイヤは視界を飛び回る蝿にすら値しない存在だったのだ。


 しかしこのまま引き下がるわけには行かない。これ以上あの親子に奪われてなるものか。切り札はまだ、手元にある。

 ダイヤは最終兵器を求めて、二度と足を踏み入れるつもりのなかった玉虫商会本社へと舞い戻った。

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