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ジュエリーキッドナッパース  作者: 七名菜々
TARGET03:消えた宝石

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12/12

TARGET03:消えた宝石(4)

   ■


 本社ビルを出て、ミドリは早速途方に暮れていた。スウェットはさすがに目立つので備品の作業服に着替えてはみた。事務方に花京院邸の住所も教えてもらった。だがそこまでだ。まずそもそも、足がない。運転自体はできないわけではないが、無免許運転で職質にでも遭ったら大変だ。手始めにタクシーを捕まえるところからだろうか。

 考えてみれば、一人で仕事に出るなんて滅多にあることではなく、それどころか初めてのことかもしれない。五木と揉めた後しばらく次の相棒が決まらなかった期間も、事務方の職員がサポートに入ってくれていた。作戦を立てたり必要な備品を手配したり段取りを整えたり、頭を使う労働がからっきしなミドリは、そういった人たちに支えられていたのだということに今更気づく。

 そういえば、五木も五木で頭脳労働は全く駄目なタイプだった。だから彼とは揉めてばかりだったのかと、芋づる式で今更気づいた。根っからの武闘派だった彼には力にものを言わせる方が余程性に合っていて、標的を懐柔して合意の上で連れ去るミドリのやり方なんて、気に食わなくて仕方がなかったのだろう。

 そう考えてみれば、『そう考えてみれば』ばかりだが、そう考えてみれば、現相棒との相性は相当に良い方だ。そもそも彼女はどこを取っても優秀であり、いつもミドリが気づきもしないうちに大半の準備は整っていて、ミドリはミドリにしかできないことに集中できる。面と向かって悪口を言われることはしょっちゅうだが、ただ罵られているだけで仕事のやり方に反論されるわけではなく、それはむしろじゃれ合いに近い。今のところミドリに好意を向ける気配がないところも好感が持てるし、意識したことはなかったが、これ以上ない相棒かもしれない。彼女が休暇から戻ったら、今度からもう少し労ってやろうと、数分後には忘れる決意を新たにした。戻って、くるだろうか。くるよな。くるといいな。

 そんな取り止めのないことをあれこれぼんやり考えながら本社の正門から敷地の外に出た、その時だった。予想だにしなかった人物が目の前に現れた。

 男はまるで待ち伏せでもしていたかのように、路肩に停めた白のワンボックスカーの窓から身を乗り出し、「よう、相棒」と片手を上げた。

 体格の良さが察せられる太い首に、凶暴な性格が表れた鋭い目つき、そして何より、テカテカした質感の赤茶色の髪。

「なんつう顔してんだよ」と彼は笑った。余程ミドリが間抜け面をしていたのだろう。

 ミドリはやっとのことで、「えっ、ごっ、ご、ゴキちゃん?」と絞り出した。

「おい、五木って呼べっていつも言ってんだろ」彼は顔を顰めてみせたが、その様子はどこか楽しげにも見える。

「ゴキちゃん、何してんの? こんなところで」今更会社になんの用があるというのだ。

「そろそろ復職させてもらおうと思ってな。社長か副社長に会えたらと思ったんだが」

「復職って、休職してたんだっけ?」てっきり辞めたと思っていた。

「おう、誰かさんのせいでな。しばらく精神病棟に入院して、ようやくまともに働ける状態になったところだ」

「それはそれは、大変でございましたね」

「てめえ、誰のせいだと思ってやがる」

「自業自得でしょ」

 ミドリが言い捨てると、五木は悔しそうに顔を歪めた。しかしこの話題をあまり掘り下げるべきではないと判断したのか、彼はそれ以上言い返してこない。

 代わりに「おまえこそ、ぼんやりしちまってどうしたんだよ」と尋ねてくる。

「ああ、ちょっと兄貴に面倒ごと頼まれちゃって」

「仕事か?」

「雑用だね」兄治は仕事だと言い張っていたが。

「一人で?」

「相棒は休暇中なんだってさ」

 へえ、相棒ねえ。とつぶやく五木の目が、ギラリと光った気がした。一瞬胸がざわついたが、その違和感の正体を掴む前に「乗れよ」と彼が言い、思考を遮られる。

「えっ?」

「どうせ足がなくて困ってんだろ。おまえ、免許持ってねえもんな」

「そうだけど。よく分かったね」

「それくらい分かる。相棒だからな」

「いやあ、でもな。さすがに、人事に話通してからじゃないと」

 辞めてはいないにしても、復職前なら五木は部外者同然だろう。情報漏洩だのなんだので後で怒られるのは御免だ。

「雑用なんだろ? だったら別に、構わないだろうが」

「うーん、そうなのかな」

 そう言われても、いまひとつ気乗りしない。兄治が怒り狂っているこのタイミングで面倒ごとを増やしたくないのだ。

 むしろどうして五木はこんなに乗り気なのだろうかと、疑問に思う。事あるごとにミドリと揉めていた彼からしてみればミドリを憎く思っていてもおかしくないはずで、このような親切をされる覚えはない。玉虫兄弟のどっちだかが言っていた『五木はミドリに気がある』とかなんとかいう話は、もしかして本当だったのだろうか。というか、今彼と普通に会話ができているのも不思議だ。一度ミドリの毒に侵された者は以後生涯にわたって屍として生きるものとばかり思っていたが、きちんと精神科にかかればここまで回復するものなのか。そういえば、五木にも間違いなく『おまじない』をかけたが、にも関わらず彼はミドリのことを覚えていた。治療の効果か、それとも。

 あれこれ考えを巡らせていたミドリだったが、次の五木のひと言であっさりと腹は決まった。

「それに、ボディガードの一人くらいつけといて損はねえだろ?」

 全くその通りだ。今一人で外を出歩くなんて、恐ろしくて仕方がない。

「じゃあ、せっかくだからお願いするよ」


   ■


 五木のワンボックスカーは後部座席が全て折りたたまれていて、ミドリが座れる場所は助手席しかない。こういった大型の車は標的を縛って転がしておくには最適なので、うちの組織にも社用車として数台揃えられている。しかしもちろんミドリはそのような手荒なことはしないので、もし今日麗子を捕まえることに成功したら、帰りは彼女が座る分、座席を戻さなければいけないな、と、今考えてもあまり意味がないことを思った。

「そりゃあ災難なこったな。大事な宝石が盗まれちまった副社長も、犯人捜しを押しつけられたおまえも、もう一回誘拐される羽目になった花京院のお嬢も」

 事の経緯を一通り聞いた五木は、笑いながらそう言った。五木の運転は乱暴で、車が一時停止するたびにミドリは身体を前につんのめらせなければならない。

「で、つまり花京院邸に行けばいいんだな? あそこなら案内されなくても分かるぜ。やたらでかくて目立つ家だからな」

「うん。でもよく考えたら、彼女が家にいる可能性も薄いよね。彼女、そもそもは家出をしたくて自分の誘拐を頼んだんだから、今頃行方をくらましてるんじゃないかな」

「いや、それはねえだろ」と五木があっさり断言し、ミドリは「え?」と聞き返した。

「なんでそう言い切れるんだよ」

「花京院家のご令嬢が行方不明になったら相当な騒ぎになるはずだろ。だがここ最近、行方不明者のニュースっつったらどっかの元社長の話ばかりで、ご令嬢の件は一度も耳にしてない。てことは少なくとも安否は確認できてると考えるのが妥当だろ」

「な、なるほど」一理ある。ゴキブリのくせに。

「あー、でも今の時間は家にはいねえかもな。今日平日だろ? 学校行ってるんじゃねえか?」

「う、たしかに」二理もある。ゴキブリなのに。

「じゃあどうする? おまえ、家の人間には顔割れてんだろ?」

「あ、うん。そうだね」

「だったらいずれにしろもういっぺん家に行くってのはやめといた方がいいかもな。さすがに警戒されてるかもしれねえし。そしたら学校の方で待ち伏せするか」

「学校なんて知らないよ」

「んなもん検索すりゃ出るだろ」

「出るわけないでしょ」

「やってみろって」

 出るわけないのになあ、と思いながら、ミドリは渋々携帯端末を操作する。と同時に、やっぱりゴキちゃんはこうでなくちゃな、と内心安堵した。彼は馬鹿なことを言ってくれていた方が落ち着く。

 ところがだ。「えっ、嘘でしょ」とミドリは思わず声を上げた。

「どうかしたか」

「いや、その」

「出たのか」

「うん、まあ」

 決してハッキングのようなことをしたわけではない。そもそもそんな技術持っていない。ただ『花京院麗子』と入力して検索ボタンを押しただけで、最上位の候補に彼女が在学する高等学校のホームページが出てきたのだ。リンクをクリックしてみると、花京院麗子が生徒代表として学校の魅力をPRする記事が開かれた。

「な、出ただろ?」

「なんで検索なんかで出ると思ったのさ」

「そりゃ、花京院家っつったら下手な芸能人より有名だからな。何かしら情報が引っかかる可能性は高いだろ。でもって、ああいう名家ってのは、代々同じ学校に世話になってることが多い。言ってみりゃズブズブの関係だ。だとしたら、そのあたりの個人情報は伏せてるどころか、大々的にアピールしててもおかしくないだろうと踏んだ」

「ぐぬぬう」

 なんてこった。これで三理目だ。目の前にいるこの男は本当にあの五木なのだろうかと疑いたくなる。五木といえば行動の選択肢が殴るか蹴るかの二択しかないような男のはずで、こんな風に筋の通った考えをできるような知性は持ち合わせていなかったはずだ。一体彼はどうしてしまったのだろう。

「まあ、学校は休んでる可能性もあるけどな。授業終わる頃までは学校の近くで張り込んで、見つからないようなら仕方ねえから家に行く、でいいんじゃねえか」

 ぐぐぐぐぐ、と歯軋りをしながら、ミドリはカーナビに花京院麗子の通う学校の住所を入力した。

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