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ジュエリーキッドナッパース  作者: 七名菜々
TARGET03:消えた宝石

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11/12

TARGET03:消えた宝石(3)

   ■


「うわぁ!」

 翌朝玄関の惨状を目にしたミドリは、思わず悲鳴を上げていた。ドアポストの受け箱の蓋が投函物の重みで押し開けられ、大量の封筒が室内に雪崩れ込んでいたのだ。

 恐る恐る、その封筒の山に近づく。いずれもはがきくらいのサイズの横長の封筒で、色やデザインは様々だが、上質そうな紙が使われているものばかりだった。その中から一つ、紺色の紙に白インクでカリグラフィのような模様があしらわれているものを手に取った。何が入っているのか、はち切れんばかりの厚みがあり、重さもずっしりとしている。表に宛名や差出人の名前はなく、『28』の文字を模った封蝋が押されていた。

 アルファベットのデザインならよくありそうだが、数字とは。そもそも封蝋自体実用されているのはそうそう見かけるものではないが、数字が封蝋のデザインのモチーフに使われるイメージはあまりなかった。何か特別な意味があるのだろうか。

 そんなことを考えながら、ミドリは思い切って封筒の蓋を開けた。乱暴に引っ張ったので、蝋が割れてパラパラと破片が床に落ちる。

 中から出てきたのは、ざっと十枚はありそうな分厚い紙の束だ。二つ折りにされている紙束を開いてみると、どうやらそれは手紙のようで、美しく整った手書きの文字がびっしりと並んでいた。

『あの日から、貴方の美しいエメラルドの瞳が、この目に焼きついて離れません。忘れるべきだとは分かっていても、どうしても思い出されてしまうのです。寝ても覚めても私の頭の中には貴方のことばかり。貴方のことを思い浮かべる度、胸が苦しくて仕方がないのです』

 手紙はそんな書き出しから始まっていた。冒頭だけ読んでもどうやらこれが恋文らしいということは理解できるが、随分と脈絡のない導入だ。読む順番が間違っているのかと数枚便箋を捲ってみたが、導入に相応しい挨拶文のようなものは見当たらなかった。

 いや。

 ふと、嫌な予感が頭を過った。

 山積みになった手紙を何通か手に取り、裏面を確かめた。するとミドリの予想通り、全て数字がデザインされた封蝋が押されている。しかもその番号は、全てバラバラだ。

 背筋に寒気が走った。ひっくり返すように山を漁り、『1』の数字が描かれた封蝋を探す。

「あった」

 淡い桃色の押し花がされた、純白の封筒だった。

 震える手で中身を取り出し、便箋を開く。

 冒頭に書かれた宛名を見て、ひっ、と声にならない声が漏れた。

『玉虫翠様』

 ほとんど家族しか知らないはずの、ミドリの通名だ。

 ミドリは手紙を投げ捨て、半ばパニックになりながらポケットから携帯電話を引っ張り出した。着信履歴の一番上にあった名前に電話をかけると、三コールも待たずに相手は応答した。

「おう翠。どうした?」玉虫双子の弟、弟智の声だ。

「あ、兄貴、助けて!」

「なんだ? 何があったんだよ」

「それが」

 そこでミドリははたと気がついた。昨晩のテレビの不調。盗聴されているかもしれない。そのことを思い出したのだ。

「ごめん、なんでもない」

「あ? どうしたんだよ」

「ねえ兄貴、会って話せない?」

 少なくともこの部屋で話すのは避けたかった。もしかしたら携帯だって信用できないかもしれない。直接話すのが一番確実だ。

 ミドリの意図を察したのか、少し考えるような間の後、弟智は「分かった」と言った。

「今から本社行くから、事務所で待ってろ」

 ありがとう、ありがとう、と言いながら、ミドリは手紙の山を踏みつけ、玄関から飛び出した。


   ■


 事務所に着くと、予想よりも早く、弟智は既にそこで待っていた。

 彼の顔を見て安堵したミドリは、「兄貴!」と半泣きになりながら副社長のデスクへ駆け寄る。すると彼も、「おうミドリ」と応じた。

「おまえ、会社になんつー格好で来てんだよ。身嗜みくらいちゃんとしろ」

「えっ」

 その声色は随分と刺々しい。確かにミドリは辛うじてサングラスをかけてきた以外は着の身着のまま、上下スウェットにくたびれたスニーカーというだらしない格好で飛び出してきてしまったが、ミドリの置かれている状況を知っているなら見逃してくれてもよさそうなものだ。

「まあいい。今はそれどころじゃねえんだ。おまえ、ちょうどいいところに来たな」

 ちょうどいいところ? 待ち合わせた相手に対して吐く台詞だろうか。

 彼の顔を、もう一度よくよく見る。目は血走り、隈は濃く、うっすらと無精髭が伸びている。まさか。

「あ、兄貴?」玉虫双子の兄、兄治。おかんむりの怒髪天の方、だ。

「おまえ、仕事行け」

「やっぱり!」ミドリは思わず叫んだ。

「あ? なんだようるせえな」

「今俺それどころじゃないんだって!」

「仕事より大事なことがあるかよ。俺の宝石が盗まれたんだ。犯人捕まえてこい」

「それ仕事じゃないじゃん! 兄貴のパシリじゃん!」

「そもそも、何もかもおまえのせいなんだよ。責任くらい取れ!」

「は? 俺のせいってどういう」

「花京院麗子! あいつが俺の宝石を盗んだんだ」

「はあ?」ミドリは耳を疑った。「花京院麗子って、あの?」

「そうだよ。おまえが先週担当した女だ」

「いや、なんで彼女が犯人になるんだよ!」それに、担当したのではなくて兄治に無理やり仕事を押しつけられたのだ。

「あの女が逃げたのと同時に宝石が消えた。どう考えてもあの女が犯人だろうが!」

「いやいや、無理だって! 倉庫の中に宝石があったことなんて部外者の彼女が知るはずもないし、燃えてる倉庫から貴重品を探して盗み出すなんて無理だよ。そもそも彼女は資産家のご令嬢なんだから、宝石なんて盗む必要がない!」

「レアものだったんだよ、あの宝石は! どんな金持ちだって欲しがるに決まってる! きっとあの女は最初から盗み目的で誘拐されたんだ!」

 みるみるうちにヒートアップする兄治に、ミドリは呆れ果てた。彼の頭の中ではすっかり花京院麗子が犯人に仕上がってしまっているらしい。こうなった兄治は聞く耳を持たないことなど、ミドリは過去の経験からよく分かっていた。

「ああもう、分かったよ。でも俺一人じゃ無理」車も運転できないのだから。「ダイヤちゃん呼んでよ」

「金剛は休暇中だよ。しばらく来ない」

「へ?」そんなの聞いてない。「いつまで?」

「知らん! しばらくはしばらくだ」

「ねえ。彼女、もう二度と来ないってことないよね?」休暇と偽って組織を裏切り逃亡した連中は、過去に何度も見てきた。

「知るかよ! 今はそれより宝石だ。分かったらさっさと行け!」

 髪の毛を逆立てて声を荒らげる兄治を前に、ミドリはすごすごと引き下がるしかなかった。

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