『みじかい小説』No.045:ひとりたび~1000文字にも満たないみじかい小説~
夫との離婚手続きがあらかた終わったのは、十一月に入ってからのことだった。
私たちの間に子供なく、それが唯一の救いであったのだが、とにもかくにも離婚手続きは終了した。
私たちの結婚とは、一体何だったのか。
その問いに答えが出るのは、もう少し先になるだろう。
今は思う存分、この解放感を味わいたい。
そう思い、私は土日を利用して、隣の県の温泉地へ、ひとり旅行を決めた。
無人駅前のロータリーで予約しておいたタクシーに乗り込んで、一路、目当ての旅館へ向かう。
窓の外を流れてゆく景色がいつも以上に新鮮に感じられ、私は運転手の許可をとり後部座席の窓を全開にした。
いっきに車内に冷たい空気が入り込む。
顔いっぱいに風を受けながら、私は通り過ぎる民家や田畑を飽きることなく眺めていた。
旅館に着いて受付業務を済ませると、植物の名を冠した部屋に案内される。
私の部屋は「すずらんの間」だ。
出入口のすぐ上に、かわいらしいすずらんの絵が描かれた板が掲げられていた。
部屋に入って荷物を放り出し、窓を少し開けて、畳の上に大の字になる。
冷たい風が、静かに満ちてゆく。
目をつむってみると、部屋のすぐ外を流れている小川のせせらぎが、ちろちろと聞こえてきた。
小川の水は、今の季節、たいそう冷たかろう。
こうして一人旅を慣行してみて思うのは、私はこの先も、こうして一人旅をすることになるのだろうか、ということだった。
「孤独」という言葉が自然と頭の中に浮かんでくる。
いつだったか本で読んだ、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉も浮かんできた。
「画家は孤独でなければならない。何故なら、一人なら完全に自分自身になることができるからだ」
私は画家ではなくてインテリアデザイナーだけれど、ダ・ヴィンチの言わんとしていることは理解できるつもりだ。
だけれど、人間、そんなに強く生きられるものかしら。
ここでふと、過去にこの部屋に泊まったであろう無数の旅人に思い至った。
一人ひとりに人生があり、それが一人残らず、最後は孤独のうちに死んでゆく。
けれど、その過程は穏やかであたたかいものかもしれない。
それで十分じゃないか。
ひとり畳の上で小鳥のさえずりや小川のせせらぎに耳を傾けていると、そんな気分がしてきた。
今しばらくは、このままで。
この心地のままで、いようと思った。




