第1章 愛の戦士とチンピラ
「な、何て強さだこの女……」
とある森の中で、そう呟いたのは、まだ十代半ばの女の容姿をした少年だった。
彼は黒いカバンを持っており、ルーナはそのカバンを狙っていた。
その理由はカバンの中に、かなり常習性の強い覚せい剤が入っているからだ。
「おとなしくそのカバンを渡しなさい」
少年はカバンを抱きしめ、どうやって逃げようかと考えていた。
「そのカバンの中に入っている薬で、どれだけの人が死んだか分かっているの?」
「けっ、そんなの薬をやった奴の自業自得だ」
「確かにそうだけど、あなたたちが、そんな物を捌かなければ、誰も薬には手を出さないわ。だから、そのカバンを渡しなさい」
「断るといったら」
「その時は本気で相手をするわよ」
「夜の相手なら喜んで相手をしてもらうよ」
「冗談じゃないわ。アンタみたいな悪ガキに抱かれたくないわ」
「へっ、アンタ彼氏だった、前バトルソルジャーを失って、最近やっていないんだろう?それともいろんな男と寝ているのかな?なら俺も、アンタみたいな美人と是非したいもんだ」
少年がそう言った瞬間、ルーナのパンチが炸裂した。
バキッ!
という音が響いたと同時に、少年は倒れカバンを離してしまった。
ルーナはカバンを持つと、心の中で、覚せい剤のために多くの人の命が奪われたなんて……そう、ルーナは思った。
「うっ、カバンを返せ」
「カバンは返してあげるわ。でも、中の物は私が処分するからね」
「ふざけるな!覚せい剤を売らなければ、俺は仲間たちに殺される」
「自分を殺すような人たちを、本気で仲間だと思っているの?可愛そうな少年だね~」
と、ルーナは薄ら笑いをした。
「ウッ……た、頼む。返してくれ……じゃないと本当に俺は……」
ルーナは険しい顔をして何かを考えていた。
「これは渡せない。その代わり私があなたを守ってあげるわ」
「守だと!敵の俺を?ふざけるな!」
「ふざけていないわ。本気よ」
少年はルーナの顔を見つめた。
「(不思議だ。さっきまでこの女が怖かったのに、今は何故か怖くない。それどころか、何て優しい目をしているんだ……)」
「必ずあなたを守るから、信じて」
「……ほ、本当か?」
「本当よ」
「……(どうせこのままでは俺は殺されるんだ……)分かった」
「なら、アジトへ案内して」
少年は半信半疑で、ルーナとともにアジトへ戻った。
森を出てしばらくすると、ぼろい小屋があった。
小屋の中には5人の10代後半から20代前半の男たちがいた。
「おい、パシリが帰ってきたぜ」
パシリとはもちろんあの少年の事だ。
「おい、あの女」
「バトルソルジャー!」
「あの馬鹿ヘマしやがって」
「やばい、逃げるか?」
「待て、相手は一人だ」
そして5人は外に出た。
「パシリ、てめ~」
少年は下を向き震えていた。
「お前、バトルソルジャーだろう」
「そうよ。おとなしく、私に薬を渡しなさい」
「嫌だね~」
「痛い目にあいたいの?」
「その言葉ソックリそのまま返すぜ」
そう言うと、5人の男たちは一斉にルーナに襲い掛かった。
「馬鹿な連中……」
そう呟き、そして、一瞬で5人を倒した。
まず、一人を右正拳突きで倒し、そのまま、背後から来た男に鳩尾に肘鉄、もう一人は以後から来たヤツには裏拳、そして残り二人は回し蹴りと後ろ回し蹴りで倒したのだ。
「い、いて~」
「うおお、鼻が……」
「う、ううう……」
「心を入れ替えるなら、今回はこれくらいにしてあげるわ」
「く、くそ!わ、分かった。薬は持っていけ」
5人はパシリと呼ばれていた少年を置いて、その場から立ち去った。
「アンタもここ去って、親孝行でもしなさいよ」
「……親孝行だと!?帰る家のない俺が誰を?」
「あなた……もしかして孤児?」
「悪いかよ?」
「そうだったの……」
その時、少年のお腹が鳴った。
「お腹が空いているのね……いいわ。私の家に来なさい。ご馳走するわ」
「えっ?ほ本当か?」
「ええ」
その後薬のある小屋ごと炎の魔法で全て燃やした。
そして小屋から少し離れたところに、小さな村があり、ルーナはそこで暮らしていた。
「ここよ」
「喫茶、ムーン……ここがバトルソルジャーの住処なのか……?」
ルーナは普段喫茶店を経営しているのだが、最近は戦いの日々が続き、閉店していた。
店の中へ入り、奥に進み、キッチンリビングに案内した。
「お腹空いたでしょう。何か作ってあげるわ」
そう言って、ルーナは二人分のソーバという我々の世界の焼きそばみたいなモノを作った。
少年はイスに座り、ソーバを見つめた。
「どうしたの?」
少年はまったく食べようともせず、ただ、ソーバばを眺めていた。
さらにはソーバの匂いをかき始めた。
「ど、毒なんか入っていないだろうな?」
「え?大丈夫よ。安心して食べて」
しばらくして、少年はその言葉を信じ、手づかみでソーバを食べ始めた。
「よっぱど、お腹が空いていたのね」
少年は食べ終えると、手についたソースを舐めた。
「手ならこの布巾を使って」
「……」
「良かったら、私のも食べていいわよ」
「えっ!」
「遠慮しないで」
「何故だ」
「えっ?」
「何で、チンピラの俺に優しくするんだ」
ルーナは一瞬険しい顔をしたが、笑顔でこう答えた。
「人に優しくするのは、人として当たり前のことなのよ」
「人として……」
少年は左手で頭を押さえ、そう呟いた。
「ねえ。君名前は?私の名前はルーナ。ダイアナ・シー・ルーナよ」
「お、俺の名前は、リュウ」
「リュウ……じゃあ、リュウくんって呼ぼうかな」
「……俺、今まで周りの奴らからは、パシリと呼ばれていた」
「リュウくん……」
「俺、7年前に山で倒れていたらしいんだが、優しい老夫婦に助けられた。なんで倒れていたのか、自分が誰なのか、まったく記憶に無くって……老夫婦はその後、俺を自分の子のように可愛がってくれた。リュウという名前も付けてもらって育ててもらっていたんだ」
「そうだったの……」
「でも2年前、俺が14か15歳くらいの時、俺を拾ってくれた老夫婦は、散歩中にウーマに乗った男にひき逃げされ、そのまま死んじまった」
彼の目から涙が流れた。
そんな彼の手をルーナは優しく握った。
「俺、その後、一人でも頑張って生きていこうと、真面目に仕事もした。けど、学歴も無い餓鬼に辛くてきつい仕事しかなかった。んで、1年くらい前にあいつらに誘われて……」
「あなたも、大変な生き方をしていたのね」
ルーナはそのままリュウを抱きしめた。
「(あ、温かい……)」
「ねえリュウくん。お願いだから、これからは真面目に生きて」
「……俺、真面目になれるかな?」
「なれるわよ。本当のあなたは優しい子だと私は信じているわ」
「ルーナ……さん」
この時ルーナは知らない。
密かに悪の魔法使いがある計画をしている事を……