第1話:異端医、連れ去られる
(今日の干し棗は、よく乾いてる)
軒先に吊るした竹籠を見上げ、リャンは小さく頷いた。空気は乾いて風はやや冷たい。山間の診療院にしては珍しく、三日も晴れが続いたのだ。
ここは辺境の「滄州」。都から数十里離れたこの地では、草根木皮の名もなき薬と、口伝に近い医術が民を支えている。
小娘と侮るなかれ。リャンは診た患いの八割以上を治癒に導き、毒虫に刺された村の子を、切らずに救ってみせた。かつてこの地を通りかかった都の太医が、あまりの手際に舌を巻いたという。
が、本人はというと――
(ああ、露天の水餃子が食べたい)
などとぼやきつつ、干し棗を手に取る日々だった。
そんなある日の夕暮れ。
診療院の裏手に生える榛の木の根元で、リャンは妙なものを見つけた。血の混じった吐瀉物――それも、薬物による中毒症状特有の色とにおいがする。
犬や猫ならまだしも、そこに残された爪の跡は、人間のものだった。爪の間には、かすかな赤土が詰まっていた。山の土ではない。粘土質が強いこの土地には存在しない成分だった。
彼女は腰に提げた布袋から、こぶりの筆記帳を取り出し、周囲の状況を記録していく。
(中毒。赤土。人の痕跡。死体はなし。これは、どこかに運ばれた?)
碁盤に石を置くように、事象を一つずつ並べていく。
が、検証はそこまでだった。
背後からの布の擦れる音。踏み鳴らされる土。振り返ったときには、口元に甘い香りと鉄の味が混ざった何かが押し当てられていた。
次に目を覚ましたとき、彼女は馬車の中だった。