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見つけた

短編、宵に歩き月に吠える、の続きとなります。先にそちらをお読みいただけると嬉しいです。


お姉ちゃんだから見ててあげてね。テキトーでいいんだけど。で、貴女がこいつ何やっとるんや、と思ったら教育的指導ぶちかましてやっても、ええんやで。猫には猫の流儀とか作法とかあるやろしな。猫には猫の指導が一番。


あたしの相棒は毎日そう言って、食い扶持稼ぐために仕事にでてく。あたしの意見もきかずに黒子猫を拾ってきて以来の毎朝のルーティンワークよ。栄養失調のマレーグマみたいな情けない顔した黒子猫。あたしの弟分。あたしが虹の橋に旅立ったら、あたしの代わりに相棒の傍にいる子。言われた通りそれなりに躾けるべきかもしれないけど、したくない。それでも仕方ない。相棒の頼みだから、視界のぎりぎり端っこで黒子猫の様子は見てた。ビニールやじゃらしでひとり遊びしているのも、ずっと見てた。



目の前にまだ乳離れしてないヒトの赤子。


親に捨てられた事を察知したので、急いで月吠えと迎えにいったけど、その赤子を見て 二人とも思わずため息をついてしまう。仕方ないでしょ。いろいろとチート持ってても、所詮は犬と猫。それが乳飲み子の━しかもヒトの赤子をどうこうできるってのよ、できないでしょ。だから上手いこと気のいい誰かに預けてしまうつもりで、一時保護のために急行したのに。この赤子、忌み子の徴がめいっぱいついてるんだもん。マジかい。ヒトに預けて影から見守り部隊しようという初案は廃棄案にせざるを得ないわ、高みの見守りをきめるつもりだったのに。ちっ。


隣で宵歩きの機嫌が斜め方向に振り切れ始めた。先端の少し曲がった鍵尻尾の動きが、それを表している。猫は元々母性本能が強いという。産んだ女から早々に捨てられたこの赤子に何か思うことでもあるのだろう。まだ寝返りさえ打てない赤子に対してしてやれることは何なのか、ヒトに託せないなら何か別の最適解がないか考えていると、隣から小さな舌打ちが聞こえた、かもしれない。まぁ、その、なんだ。気持ちは解るぞ。


「 同胞に猿はいた?」

「 ? 記憶にないが、居たなら呼べば来るだろうな 」

「 呼んで 」

「 ? 」

「 乳を飲ませる。二本足で動けるようになったら、月吠えの群れで育てて 」


おい。何を言い出す。


「 犬になったくせに、結局狼の群れをひきいてるじゃない。この為だったとはね 」


違うわ、言いかけてやめた。確かに、この赤子はヒトの中では育てられない。白い髪に紅い瞳。忌み子の刻印が濃い。産んだ女も白い髪だけなら、染めるなり剃りあげるなりで育てることも考えたろう。何しろ女にとっても最後の希望だったはずだから。苛酷な迫害を受け、滅びゆく一族の直系最後の一人。なんとか傍系の生き残りを見つけ、子をなした。そこに何の愛情も無いことは、今までずっと見ていたから自分も宵歩きも理解している。ただ己の一族を少しでも永く存続させるためだけの行為。だが、産まれた娘は一族の特徴を全く持っていなかった。白い髪にはなんとか折り合いをつけてみたとしても、次は鉱物の様な暗い紅瞳だ。瞳の色は隠せん。女はこの赤子の虹彩を見て見切りをつけた。この子を捨ててとっとと次の子供を孕むことにしたのだろう。女の絶望もわからんではないが、こちらもこちらの都合がある。髪や瞳の色程度のことで捨てるな。ただ、初乳を飲ませてくれたことは評価してもいい。宵歩きの評価は違うようだがな。

とにかく、自分たちがこの別界に転位したたった一つの意味、見守るべき道標はこの滅びの種族から生まれるのだ。赤子を死なせてはならない。


「 最後のタネはきつい試練を受けると聞いた。生まれた瞬間からここまでハードモードなら、この赤子が私たちが待っていたタネだと思う。しかし、さっさと捨ててくれてよかった。産み親は直に追っ手に捕まるだろうし。ぐずぐずしていたら共倒れだった 」

「 わかるのか?」

「 猫の聴覚をなめんなよ 」


宵歩きが目を細める。瞳孔が丸くなっているのは、ドヤっているのか遠くの出来事を察知しているからなのか、まぁこれは突っ込まない方がいいことだな。


幸い、なのか、子どもを死産した若い同胞が乳母をかってでてくれた。ある程度動けるようになったら自分の群れで引き取る手筈もつけよう。さすがによたよた歩くヒトの幼児に樹上生活は無理だ。まだ自分たちの背中に乗せて移動する方が安心する。


「 なにかが起これば共同で対処出来るように、情報収集は私と眷属でしよう。月吠えはその赤子を最優先で守れ 」

「 わかった。助かる」


自分の表情に何を思ったのか、宵歩きは鍵尻尾の先をゆらりと動かした。


「 礼は不要。見守り業務の終了も近い。あたしはねぇ、帰った後で相棒にこの別界の話をたくさんしたいんよ。情報収集すれば土産話も集まるでしょ。あたしはあたしのためにするんよ。だって猫だからね 」


宵歩きは本音の時の話し方をして、また目を細めた。みどりに金の斑のはいった虹彩。そこに映るのはいつでも唯一無二の相棒なのだろう。それが少しだけうらやましいぞ。自分の唯一はすでに輪廻を巡り始めているはずだから会うことは叶わない。終わりのみえてきた見守り業務。これが終わったら、自分はどうすべきなんだろう。戻って、やり直しの生を受けるのか、輪廻の坩堝に放り込まれるのか。まだわからない。決められない。宵歩きは橋の傍にある別荘で、飽きるまで相棒と惰眠を貪るのだという。マタタビで酔っ払ったときの話だから、まずは真実なんだろうな。やっぱりうらやましいぞ。


「 とりあえず、赤子に名前をつけてやろう。話しはそれからだ 」

「 … お前の名付けのセンスは独特すぎる。独り立ちする時に本人に決めさせるがいいぞ。それまでは借り名でよかろう」

「 ちっ 」


器用に舌打ちする宵歩き。やっぱりとんでもない名前を考えていたな、お前。


母親の最後の母性の一欠片のような、洗いざらした綿布に包まれて地に捨て置かれた赤子の顔を覗き込む。白髪というより透明な髪。光の反射で白く見えるだけなのだろう。自分たちが所属する別界のシロクマと同じだな。瞳は柘榴石に似た暗い紅。産まれて何日もたっていないのに、乳を欲しがる様子もなく周りの状況を観察しているようにみえる。宵歩きが断言するように、確かにこの子はタネなのだろう。少なくともよく泣きよく笑う、そんな普通の赤子と同じ種には見えん。━ 最後のタネ。この子が長じて、道標を産むのだな。



そんな赤子のほっぺたを、ざらついた舌でひと舐めした宵歩きは、

「 人外ばっかりだ。それも面白い。土産話が捗るな 」

満足そうに笑った。

自分もそう思うことにしよう。




宵歩きに付けさせたら、赤目滝になってたかも。赤目四十八滝。月吠えファインプレーw。宵歩きさん、女の子に付ける名前じゃないよ、赤目滝って。


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