エピローグ
「さぁ。これでわたくしたちは自由よ?」
灯籠の元で晴れ晴れしい笑顔を浮かべる彼女が恐ろしくてたまらない。
だが、ちょっと待て。今彼女はわたくしたちは自由だと言わなかったか?
と、すると。俺も自由になったということか?
「あなたは、アニキのことが好きなんじゃなかったのですか?」
じわじわと額に脂汗が浮かぶ。もう、逃げも隠れもできない。彼女の前では、なにもできないのだ。
「譲二ね。ええ、好きでしたわ。でも、あの人しつこいの。だから夫に告げ口したのに、まだしつこいの。だからもういいの。夫が今日ここにいたことは誰にも話していないから――」
彼女はしずしずと裸足で草を踏みしめ、井戸を覗き込む。それからひとつ、満足そうにうなずいて、なにかを投げ入れてから今日のために作っておいた井戸の蓋を閉めた。
「防腐剤よ。めんどうだけれど、ふたりがここで死んだことはみんなには秘密ですわよ? わたくしのあたらしいおもちゃはこのおうちと古井戸、そしてあなたよ。うっふふっ」
喉がひりつく。唾液が一滴も出てこない。
「大丈夫よ。あなたはまだ殺してあげないわ。ご褒美は後から渡したほうが素敵でしょう?」
それに、と彼女がつづける。
「あなた、一度でも井戸の底を覗いたことがあるかしら?」
え? と焦燥感にかられる。そんな気持ち悪いものを見たら――。
[古井戸をのぞくんじゃないよ。いくつもの髑髏がごった返しているからねぇ]
ばあちゃんのひしゃげた笑顔をようやく思い出した。
ゆえに。
俺はあの日、古井戸を覗き込み、そして見てしまったのだ。いくつもの、本物を。井戸の内側についた血の塊や爪のカケラ。それに鼻がもげそうな腐敗臭を。今、この瞬間に思い出すなんて。
はたして彼女になんと答えればいいのだろうか?
とんでもない相手に、とんでもない弱点をさらしてしまった恐怖で息が止まりそうになるのだった。
おしまい