エピソード2-3
人間には水が必要だ。一日二リットルの水を飲めとよく聞くが、それ以上の水に浸された場合はどうなるのだろう?
アニキのうめき声が井戸の中から聞こえてくる。
彼女から手渡された縄は丈夫で、井戸の縁に刻み込んだ溝の場所でおとなしくハマってくれている。
そう長くない時間に、アニキのうめき声は消えた。
その代わり、不快な音が響くようになる。
人間が死ぬと、体内から水が出るのだということを知ったが、どうでもいい。
この井戸の伝説。不貞を働いた者は皆、ここで罰を受けることになるという。
そんな話を子供の頃、ばあちゃんが俺だけにそっと教えてくれた。
てっきりアニキにもおなじ話を聞かせたものと思っていたが、それよりもまず不貞とはなんなのかをばあちゃんに聞いた。
[他人の大切なものを横取りした者は罰を受けるということだよ]
それでもその時はわからなかったが、ついにさよこを横取りされた恨みから解放された。
と、同時に不安に襲われる。
おれは、夫のいる女と何度も夜を明かしてしまった。これは、横取りのうちに入るのではないのか?
「ブラボー。おもしろい芝居だったよ。ほら、早くお兄さんを井戸から出してあげなさい。僕はもう怒っていないから」
この男が、アニキの上司であり、彼女の夫。だとすると、この男もまた罰を受けるべきなのか?
ふいに彼女の姿を探すが、闇が深くてよくわからない。
「どうした? 早く引き揚げてあげないと、ほら」
よく見ると、男は乱れた服装をしていた。と、いうことはつまり。
俺も罰されるのだろうか?
不安でなにもできないおれにじれたのか、おとこはワイシャツを腕まくりして、井戸の縁へと近づく。
あと少し、というところで、どん、という鈍い音が闇に響いた。
「あ」
男の体が、井戸の底へと落ちてゆこうとするが、なんとかアニキの首に締まる縄につかまり、なにかをわめいている。
「ふん。いい気味だわ」
女は白い浴衣をはだけさせてそこにいた。
闇の中で、白くとぼる蛍のような美しさがあるのに、不気味でしかたない。
しかも、女の手にはどこから持ってきたのか、斧が握られている。
「証拠は隠滅しなければ美しくないわ」
その斧を、なんの躊躇もせずに縄に振るう。だん、だん、だんと鈍い音が響いてやがて、縄は、ついに井戸の底に落ちてしまった。
と、同時に男の声はしなくなった。
つづく