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エピソード1-1

「あのぉ。もし? こちらの物件を見学したいのですが?」


 鈴を転がしたような、という例をよく耳にするが、本物を聞いたのはこれがはじめてだ。


 声の主はまだ若い方なのに、和装とシャレたレースの日傘が似合う美人だった。


 あたらしい借り主があらわれるまで、俺はこの家に住んでいる。昼間は実家の定食屋ではたらきながら、夜になるとひとり、父方の祖父母が残したこの家に戻ってくる。


 おさななじみだった妻がいるが、関係は冷え込み、ほとんど別居状態にある。


 4歳になる息子は妻のさよこの実家にあすけたきり、顔も見ていない。


 どうせなら離婚を、とも思ったが、先に惚れたのは俺の方だったから、文句は言えなかった。


「あのぉ? どうかしましたか?」

「あ? いいえ。なんでもありません。リノベーションしたとはいえ、郊外ですのにかまわないのですか?」

「はい。夫とは、もうわかれようと思っております」


 ほほと笑う女の本性が、口紅やアイライナーからくみ取れる。


 こういうタイプの女は、怒らせちゃダメなんだ。


「そうは言っても、古井戸だけはどうにもできなかったんですよね。あ、家電はそのまま使ってください」


 古井戸? と首をこてんと横に倒した女が縁側に草履をそろえる。


「あら? 本当だわ。……あのぉ、もしかしてこの古井戸って、あの有名な?」

「あ。知ってましたか。だとするとなおさら嫌じゃありません?」


 女はしっとりとした目線を古井戸にすえたまま、にたりと笑う。


「だとしたらなおさら面白くありませんこと?」


 おもしろい、か。


「あの噂は本当なんですか? この井戸の中には、不貞の輩の死体が折り重なるように埋まっているっていう、あの噂は」

「折り重なったかどうかまではわかりませんが。単なる都市伝説のひとつですよ。そんなことになっていたら、警察が放っておくわけないじゃありませんか」

「たしかに。そうですわね」


 その噂が本当かウソなのか。すべてを知っているはずのばあちゃんは死んじまったし。じいちゃんが浮気者だということは、そこそこ有名だったんだけどな。


「枯れ井戸じゃありませんし、あまり近寄らない方がいいですよ。手入れをおこたっているせいで、腐敗臭がしますし」


 その腐敗臭が人間の腐ったものかどうかを確かめる勇気は俺にはない。


 ただひとり。


 あいつだけはこの井戸に落としてしまわなければ気がすまない。


 いたずらにさよこの気持ちを奪ったまま、家を出たアニキだけは。


     つづく


 

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