2
「…え?」
思わず声が出た。
「この方が零〈れい〉さんよ」
そうママに言われ視線を上げるとそこには艶やかな黒髪を後ろに撫で付け、シャープなラインの驚くほど綺麗な顔立ちの男がこちらを見下ろしていた。
私と違った真っ黒な瞳。
その目は冷たく冷めきった物だった。
何故か全身の毛が逆立った。
本能で、身の危険を感じる動物の様に。
静かに息を吐き出し
「はじめまして。三条茉愛沙です」
そう言って丁寧にお辞儀をした。
「桐生 零〈きりゅう れい〉です」
男はニコリとも微笑まない。
人形の様な表情のまま私を見据える。
170㎝を越えてるはずの私が更に見上げるほど背が高いのには返って引いた。
ヒール脱いだらどれだけ差が出るのよ。
背が高いのにも程があるでしょ…
「ここでは何ですから、さぁ、行きましょう」
と、パパが先を歩く。
フゥ…
と、息を吐き出しその後に続いた。
歩きながらどうしても気になり、振り返った窓にはやはりあの女の人が立っていて…
真っ赤なスーツが
『私はここに居るわ』
と主張しているようだった。
目を逸らす瞬間…
見えてしまった。
綺麗な顔が微笑んでいたのを。
ふと反対側を歩く零に視線を向けると、後ろを振り返り女の人と視線を交わしていた。
その時、悟った。
私は《駒》。
必要だけど必要ではない。
ただの駒。
歩く駒。
話す駒。
人の形をした…駒。
私に選択肢は無い。
そして私に必要性が有るわけではないのだと。
スッと視線を落として白いヒールを見詰めながら歩いた。
赤い絨毯の上を音も立てずに歩く。
絨毯なんだから音はしなくて当然なんだけど…
私の耳からは何も聞こえなかった。
すぐ側で交わされる、パパとお義父様になる人の会話ですらも。
何も期待なんてしていなかったはずなのに、傷ついた私の心の癒し方が分からない。
まだ、何も始まっていないのに…
私の居場所は既に無かった。