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お見合いと言っても両家の親と本人達の気軽な会食だとママが言った。
「着物…?」
「いえ。ワンピースで十分よ。私もスーツだし」
「場所はどこ?」
「***ホテルのグリル岩谷よ」
「…あそこか…」
高級ホテルの中のモダンな感じだけど堅苦しさのない私のお気に入りの店だった。
でも、今日を境に嫌いになりそう。
そんなことを考えていたら、
「…大丈夫?」
「え?」
ママが心配そうに見ていた。
「別に…」
と、微笑む。
「ママ…ママはどう思ってる?パパの話」
「私は反対…ではないわ」
「…そう」
「もしかしたらあの人が言うように、あなたにとって良いお話かも知れないと思うのよ」
驚いた。
ママの口からそんな言葉を聞くなんて。
ママが一番よく知っていると思っていたから。
この政略結婚というモノを…
「…」
「ママは…今幸せ?」
「ええ。とても」
返ってきた言葉に更に驚いた。
「パパがあんなでも?」
「そうね。パパとのことは…置いといて、私にはあなたが居るから」
「私?」
「そうよ。この20年あなたが居てくれたからママは毎日楽しく、幸せに暮らしてこれた。それに搭季さんも可愛いし」
兄の修星はママがパパと結婚する前に既にこの世に誕生していた子。
パパと当時の関係の有った女の人との間に。
それを知らずにママは結婚した。
結婚して私が生まれ、女の子だと分かった途端にこの三条家に当然のように修星を迎え入れた。
そしてそれ以来ママとの間に子供は出来ていない。
私はあの時のママの顔が、姿が忘れられない。
まだ幼かった私の脳裏に焼き付いた初めての人の悲愴、慟哭と言うものだった。
愛情は無くとも夫婦間には最低限のルールは有ると思うから。
そして更に追い打ちをかけたのが、その5年後何処かの誰かに産ませた子が搭季。
兄とは違って結婚してから出来た子。
赤子で連れてこられた搭季を我が子として育てたのはママ。
何も知らない私は可愛い弟が出来たと無邪気に喜んだ。
まだ、赤ちゃんがどうやって出来るのかも知らなかった私。
何の疑いも、躊躇いもなく自分の弟と信じた。
6つ上の兄とは全く接点が無かった分、ずっと一緒に過ごしてきた搭季。
ママはどんな気持ちで私たちを見ていたのだろう。
当時のママの様子を全く覚えてないという事は、取り乱したりそういうことは無かったのだと思う。
…もしかしたら…その頃にはパパに対して諦めの気持ちがあったのかもしれないけれど。
ママの言葉に嬉しくもあり苛立ちも有る中、ママの言う《幸せ》の意味を考えていた…