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ピンポーン…
白滝さんだ!
モニターに映る女の人の姿に会ったこともないのに確認もせずに玄関の扉を開けた。
返事がないからか、丁度カードを取り出したところだったようで
「あぁ。居られたんですか」
と言われた。
「…どうも」
「はじめまして。私は白滝と申します。ここのお世話をさせて頂いております」
と言う彼女は小柄で、華奢な体の横には沢山の荷物が置かれていた。
淡々と話す彼女は婆やのようにおっとり…という感じではなく、どちらかと言うとシャキシャキとしたタイプなのだろう。
手に持っていたカードを肩から斜めに掛けた茶色いバッグの中に片付け、床に置いていた荷物を手に取る。
「あ、まずはどうぞ入って下さい」
そう言って大きく玄関扉を開け体を横にずらした。
「失礼いたします」
やはり何処までもしゃきしゃきとしている白滝は、三条家をメインで世話していた婆やとは正反対の人の様で、その背中を見送りながらかなりがっかりした。
婆やはおっとりとして、手際は良いのに穏やかな空気を作り出す達人だった。
そんな婆やと、ママに育てられた私はどちらかと言うとのんびり屋だと思う。
まぁ、比べても仕方ないけれど。
少しそんな人を期待していた私としては表情にも出てしまっていたのかも知れない。
「奥様」
「はい」
「私は身の回りの世話をさせていただきますが、時間はお昼から夜、夕食の片付けがすむまでです。旦那様は朝はお食べになりませんが、奥様の朝食の準備はさせて頂きます」
「はい」
「昼食は旦那様は会社に行かれますし、奥様はどうなさいますか」
「え?」
「もし、必要でしたら準備させていただきます」
「あ、いえ結構です。私も必ず家に居るわけでは無いですし、それは自分で」
「かしこまりました。旦那様は夕食の時間に帰られることはまず有りませんので、奥さまの夕食を用意させて頂きます。もし、必要ないときには仰って下さい。その都度、他にも何か変更がございましたら仰って下さいませ」
「はい。あの、洗濯は…」
「勿論、お洗濯、掃除もこの家の家事全般は私がさせていただきます」
「…そうですか」
なら、私がすることではない。
私も家に居たときに洗濯をしたことはない。
全て婆やが(もしくはお手伝いさんが)してくれていた。
「旦那様には書斎には入らぬように言われております。都合を見て掃除をするときは指示されます。奥さまの部屋は掃除をさせていただいても宜しいですか?」
「…お願いします」
掃除も…自分でしたことはない。
「かしこまりました」
そう言うと白滝は持ってきた荷物をキッチンに持っていく。
キッチンはカウンターで仕切られていて、世の中では、《対面式》と言うのだろうか。
カウンターにはお洒落なカウンターチェアが2つ置かれていた。
一段下がったリビングを横目に、窓際に置かれた私より背の高い観葉植物を見た。
窓から差し込む日を受けて青々とした葉に生命力を感じる。
私も…強く生きなければ。
環境に負けては居られない。
「白滝さん」
「はい」
「洗濯機の使い方を聞いても良いですか?」
「…洗濯機ですか?洗濯でしたら私が」
「いえ、一応。私…触ったことが無いので」
「そんなことは私が致します。桐生家の奥さまがなさることでは有りません。私が旦那様に叱られてしまいます」
ピシャリと言い切ると、有無を言わさず話を終えられてしまい、買い物してきたもの等を冷蔵庫や戸棚に片付け忙しそうに動いていた。
…そりゃそうよね。
私は《桐生家の奥さま》ですものね。
「そうですね。お願いします」
全ての置き場所を把握しているらしく、まるで機械のような動き方をする白滝。
何だか私がじっとしているのが申し訳なくなる感じ。
「それとあの…私は朝はヨーグルトがあれば後は何も要らないんです」
「ヨーグルトですね。あとフルーツぐらいは召し上がられないと。失礼ですが奥様は痩せすぎではありませんか?」
「…」
確かにこの数ヵ月で少し痩せたと思う。
心配して言われているんだろうけど、こうも淡々と言われると心配されている気もしなくて…何だか嬉しい気持ちにはならなかった。
そう思いながらも
「そう、ですね。私も気を付けるようにします」
と微笑んだ。




