魔王様と友達
―――リリリリリ
最早聞き慣れた玄関ベル。
だけど、俺は今とても緊張している。
「今日は時間通りだな?」
玄関を開けてくれた新城さんは、今日は機嫌悪そうではない。
機嫌悪そうじゃないんだけど…
これから俺が怒らせてしまうんじゃないかと緊張しているのである。
遡る事数日前、俺は山田教授に魔王さんことシカクさんの事を相談しに行っていた。
山田教授はシカクさんの事を少し教えてくれたのと、シカクさんの夢を見る方法を伝授してくれた。
あとは…
「遥さんに早く話した方が良いですよ?後から話したら後になる程、きっと拗ねて怒ります。」
「拗ね…」
「拗ねますね。」
「拗ねちゃうの?」
「リト君、貴方にもわかる筈です。例えばアン君が貴方に黙って女神様と夢で会ったり、その事を私や遥さんに相談していたらどうです?」
「うっ…」
自分の事に例えられたらよくわかる。拗ねる。いじけてしまう、そんなの。
なんで俺には言わないんだよ!って気持ちになってしまうな…
しかし、あれ…?
「?…教授、俺、山田教授に女神様の事話したっけ?」
「……ん?」
山田教授はニッコリ笑って誤魔化した。
完全に誤魔化された感じした。
「あぁー、リト君、そういえば美味しいケーキもあるんですよ。チーズケーキです、食べますか?」
「えっ、た、食べる…」
結局俺はチーズケーキに目が眩み、なんで女神様の事知ってるのかを聞き損ねてしまった。
そして、今に至る…
新城さんより山田教授に先に相談してしまった…
『私に相談に来た事は…黙っていられるなら黙っておいたほうが良いですよ』
って言われたけど…
俺は黙っていられる自信はあんまりない…
どう話しても怒られる気がする…。
リビングの椅子に座ると、新城さんはいつも通りリンゴジュースを持って来てくれて…
正面に腰掛けると、話し始めた。
「それで?魔王には会えたのか?」
「あー、うん。」
「なんだ、ハッキリしない返事だな」
新城さんが首を傾げる。
俺にはリンゴジュースを出してくれたのに、自分は水を飲んでいるようだ。
「新城さん?なんでリンゴジュースじゃないの?」
「…なんとなく。味が無いものがいい時もあるだろ」
「えぇ…あるかなぁ?ゴハン食べてるの?」
「……関係無いだろ。それより、魔王の話はどうした?」
関係無くはないんだけど…
でも確かにシカクさんの話をしないと、今日はその為に来たんだから…
「うん、えーと…ちゃんとまた、夢で会えたんだけど…ホットケーキも食べて貰えたよ!」
「良かったじゃないか。それじゃあ事は解決したわけだ?」
「あー、うん、そうでもないっていうか…へへ…」
「なんだ?仲良くホットケーキを食べて、お前は満足したんじゃないのか?」
「また怒らせちゃったかもしれなくて…」
「……余計な一言でも?」
どうしてバレちゃうんだろ。
いや、当たり前か…俺がいつもそうやって新城さんを怒らせているんだから。
新城さんはひとつ溜め息をついて、一口水を飲んでから言った。
「リト。夢だか夢じゃないんだか知らんが、もういいだろう。関わるな。」
「…えっ、それはイヤだよ」
「どうして。一度は交流に成功したんだろ?まだ何がしたいっていうんだ?」
「俺…あ、えっと…シカクさんと友達になりたくって!」
「…は?」
新城さんは驚いた顔をした。
あっ、俺、魔王さんじゃなくてシカクさんって言っちゃった…
さっきよりも深い溜め息をついて、新城さんは一度黙った。
怒っているのかな…
いや、違う。なんていうか…新城さんが怒っている時はもっと、怒りのオーラみたいなのが出てる。
今は…どっちかというと落ち込んでる?
なんで?
しばらくの沈黙のあと、新城さんは低く溜め息を吐くような声で呟いた。
「お前は本当に言う事聞かないね」
「…それは…ごめんなさい。でも、俺は…シカクさんが気になって」
「もう気付いたんならやめろ。アイツは俺とお前の中にある、前世だぞ?そんなものに今関わった所でどうなるっていうんだ?」
「それは…わかんないよ。だけど今俺はシカクさんと仲良くなりたいんだよ」
「意味わからん」
「ただ仲良くなりたいだけだよ、それがどうしていけないんだよ」
「あのなあ…」
新城さんは少し怒りかけて、何か言おうとして口を噤んだ。
そして目を閉じて俯いてしまう。
俺は新城さんの様子を見て、ずっと前、新城さんに■さんの事を教えてもらった時の事を思い出していた。
『お前、女神に女神様やってた時の事思い出して欲しいかよ?まだ。』
俺はあの時、ルミちゃんに思い出して欲しいとは思わなかった。
思い出して欲しくないと思った。
今思い出したなら間違いなく苦しい人生だった筈だから。
俺は新城さんと違って、シカクさんの記憶を持っている訳じゃない。
もしかしたら彼はとてもとても辛い思いをしたのかもしれない。
ただ仲良くなりたいだなんて、そりゃ、納得できないのかもしれない…
…もう少し、何か…ハッキリ言える何か…俺はシカクさんに何が言いたいんだろ。
どうしたいんだろ。
いや…
どうしたいのかを見極めたいんだ。
知りたいんだ。まず、きっと。
「新城さん、お願い。シカクさんの事を教えて。」
新城さんは顔を上げて、俺をじっと見た。
「あのな…そんな事をしたら…」
「もし俺がシカクさんの記憶を思い出しちゃってもいいんだ!むしろ思い出したい!」
「……阿呆か。ダメだ。」
「どうして?理由を教えてよ」
「…理由?お前の中のその存在が大きくなるからだ。」
「存在…?」
「アイツの、お前の中の魂の欠片が、大きくなるからだ。そうしたら他のお前は圧迫されて、アイツに乗っ取られるかもしれないぞ?」
もしかしたら、神殿に居た頃にはそういう事が起きたかもしれない。
むしろ、そういう事が起きる事を望んで、俺やアンや女神様は育てられたのかもしれない。
けど、今は…神殿に居た頃の俺じゃない。
「…俺は俺だよ。誰にもならない。」
自信があるんだ。
今の俺を形作っているのは、この世界だ。
TwinkleMagicの皆や、ルミちゃん、新城さん。
俺だけじゃなくて、世界の方が俺を創っているんだ。
そんな俺に生まれ変わって、だからこそ、今知りたいんだ。
「意味があると思うんだ。俺がシカクさんの夢を見た事。だから、知りたいんだよ。」
「…そう、か。じゃあ夢の中でアイツに訊けばいい。俺は手伝わない、但し報告しろ。お前に何かあったら俺は…」
新城さんは怒らない。怒らなかった。
悲しそうだ。
俺に何かあったら…
心配、してくれてるのかな…?
ただの心配っていうより、もっともっと…なんだろう…深い感情を感じる。
…目の前に居るのは新城さんなんだろうか。
それとも俺が起こしてしまった、新城さんの中のシカクさんなんだろうか。
どっちにしたって、悲しそうにさせておくのは…嫌だな。
「新城さん、えっと、俺…あ、オヤツ、食べない?」
「……お前なぁ…」
「山田教授に教えてもらったんだ!新城さんが好きなもの!」
「…はっ?」
しまった。
ついうっかり…山田教授の事を喋ってしまった。
「お前、今なんつった?」
「いやあのぅ…」
今度こそ新城さんは怒ってる。
いつものイライラオーラを出して俺を睨んでいる。
…でも、なんだろ。
悲しそうより、怒ってる方が安心する。
そんな事言ったら新城さんに更に怒られそうだけど…
俺は急いで鞄から保冷剤入りの袋を取り出す。
山田教授からレシピを貰って手作りしてきたのだ。
「ゴメンなさい!これ、一緒に食べよう!?」
俺が頭を下げながら新城さんに差し出したのは、プリンだ。
手作りの、固めプリン。
取り敢えず新城さんが怒ったり泣いたりしたら、これを作って持っていけって。
…新城さんは泣いたりしないと思うんだけど…。
でも今回はとても怒られる気がしてたので、予め作ってきたのだ。
新城さんが黙っているから、体勢を変えずにチラッと様子を伺う。
怒りのオーラは消えてる。
なんか、呆然って感じだ。
あれ?好物じゃなかったのかな…
「新城さん?プリン…好きじゃ、なかった?」
沈黙にたまりかねて訊いてみる。
俺に話しかけられて、やっと気が戻って来たようだ。
「あ。いや…好きだけど……」
…?戻って、来てるか?これ?
少し様子はおかしい。
もしかしてシカクさんの好物とかだったのかな…
「新城さん、ねえ新城さん?新城さんだよね?」
「………何言ってんだお前」
少し間を置いて、いつもの新城さんの声が返ってくる。
ホッとした。
前はよく、俺がどっか意識が飛んでっちゃって、アンに戻してもらってた。
戻って来る方法は新城さんに教わった。
その教えてくれた新城さんが"どっかいっちゃう"事なんて、あるんだ…
「プリンやめとく?」
「食べる。」
どこか不機嫌そうに応えると、新城さんはキッチンからスプーンをふたつ持って来てくれた。
やっぱりプリン好きじゃないのか??と一瞬疑ったけど、プリンを食べた新城さんが…
なんとニコニコ顔をしたので、その疑いは吹っ飛んだ。
新城さんのこんな顔…見た事ないんだけど…!!!!
でもきっと言ったら元の不機嫌顔に戻っちゃうから、俺は黙って自作のプリンを食べた。
山田教授がレシピをくれたこのプリンは、材料もシンプルで、手順も多くなくて、簡単だった。
だけど、美味しい。
確かに普段食べるプリンとは違うかも。TwinkleMagicで出しているプリンはこれよりは柔らかく、生クリームが入ってるからまったりしている。
これは玉子と砂糖と牛乳、少しのバニラエッセンスで出来ている。カラメルはレイさんにカラメルタブレットっていうものを貰った。
4つ作って持って来たけど…
こんなに新城さんが喜ぶんなら、俺は1つで我慢しておこう…
家でまた作ればいいし…
それに、きっと相変わらず新城さんちの冷蔵庫には、水とリンゴジュースと牛乳しかないんだ…
今日は飲み物も水だし。
大丈夫なのかな?
と、俺が心配したところで、新城さんが生活を変えてくれるとは思えないんだけど。
すっごい頑固なんだよなぁ。
「新城さん、俺だって新城さんが心配なんだからね…」
「は?お前に心配されるようなことは何もないぞ」
「あるよおおぉ…ううん、まあ、それは置いといて…」
俺は深呼吸して、再び伝え直す。
「俺、シカクさんの事知りたいんだ。手伝ってくれなくたっていい、報告もちゃんとするよ。」
新城さんはスプーンを静かに置いて、「わかった」と頷いてくれた。
その顔はニコニコ顔じゃなかったけど、怒ってはいなかったし、悲しんでもいなかった。
次に会いに行く時は何を持っていこう。
シカクさんがまた笑顔になってくれるような、何か…美味しいもの。
プリンを食べた新城さんみたいな、ニコニコ顔、シカクさんもしてくれないかな?




