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新城さんと魔王さん


「って事があってね新城(しんじょう)さん。どう思う?」


「…どう、って…またお前はややこしい夢を見てるなぁと思ったよ。」


いつもの『めんどくさい…』って顔をしたのは、俺の絵の先生である新城さんだ。

新城さんは絵の先生でもあり、不思議な力を持った俺の恩人でもある。


俺達が働いてる、"異世界転移者や転生者を受け入れているカフェ"その創立者のひとりでもあるらしい。


なので、不思議な事が起こったら大体新城さんに相談に来る。


彼は過去や現在や未来を視る事ができたり、目じゃ見えないものが見えたり…

俺には難しい事はよくわからないけど、そういう色々な不思議に詳しいんだ。


基本、めんどくさがり。

それでも結局面倒見てくれてしまうので、凄く優しいんだけど。


「それで?その魔王に飯を食わせたいと…」

「そう!そしたら元気になると思うんだよな!」


今日は絵画教室の後、新城さんの家のリビングにお邪魔して魔王さんの夢の事を話していた。

あれからしばらく経ったけど、まだ魔王さんの夢を再び見てはない…でももし、今度夢で会う時には、何か美味しいゴハンを持っていきたいのだ。


新城さんはリンゴジュースを一口飲んで、大きな溜め息をついた。

「そもそもお前、夢の中の人物に感情移入し過ぎじゃないのか?ただの夢だろう?」


「違うよ!フツーの夢とそうじゃない時があるんだ。上手く言えないけど…なんか、そう、感覚が違うっていうか…なんか、凄く、起きてる時みたいに感じるっていうか…」

俺は必死に反論する。

でも上手くは言えない…そう感じるだけなんだ。ただの夢じゃないって。


魔王さんは確かに居る人なんだって…そう感じるんだ。


「…まぁ、わからんでもないが。お前精神に引っ張られて身体に影響が出るタイプだしな…。」

呟いて、とても困った顔をする新城さん。

俺はよくこの人を困らせる。

新城さんによると、俺にも新城さんのような"不思議な力"のカケラがあるようで…

それが困った事態を度々引き起こしているらしい…



「夢の中に何かを持ち込む、か…そうだな、お前が持ち込む物をハッキリイメージ出来るかってとこに懸かってるんじゃないか?」


「ハッキリイメージ出来るか…」

「料理を持ち込みたいなら、見た目は勿論、味、触感、香り、…イメージに情報量をなるべく詰め込む。」

「寝る前にやるの?」

「いや、夢の中でやる。普段から練習しておいて、いざその魔王の夢を見たなら、その場でイメージを取り出すんだ。…例えばそうだな、この手に…」


新城さんが自分の大きな手を俺の前へ持ってくる。

手のひらをゆったりくぼませて、何かがあるような手の形を作ってから、また言葉を続けた。


「この手に、リンゴが乗っているのをイメージしてみろ。」


練習させてくれてるんだ!

俺は新城さんの手を見詰めた。

ここに、リンゴ。リンゴが乗っている…

赤くて少し大き目で、甘酸っぱくて、新鮮ないい匂い。


ここにあるのは確かに新城さんの手だけだけど、段々とそこに『リンゴがある』という気がしてくる。

美味しそうなリンゴが…


俺はそのリンゴに手を伸ばした。

すると新城さんはリンゴの乗った手をぎゅっと握り込む。


「視えたようだな?」

「新城さん!折角美味しそうなリンゴだったのに握り潰すなんて!」

「…お前なぁ…そこまでイメージを追わなくて良いんだよ…」


新城さんは大きな溜め息をつくと、イメージの注意点をかなりしっかり目に語ってくれた。


想像力が強いという事は、良い事だけではない。

それが悪い方向に作用したら…自分も周りも危険に陥る可能性があるのだ。


時にそれは命さえ落としかねない。


だから使い方を間違えてはいけないし、時には"視ない事"が必要になるのだと。


教えてくれている最中の新城さんはとても真剣だった。

元々圧の強い雰囲気がある人だから、怖いぐらい…でも、俺の事を考えてくれてるからこそ、こんなにも真剣に話してくれているんだとわかってる。



一通り話を終え、ふぅっと息を吐く新城さん。

ちょっと雰囲気を和らげて、呟くように俺に言った。

「アイツに関わって欲しくないというのが本音だが。まぁ頑張れ。」


「うん。頑張るよ!……アイツ?」

「いや、魔王に。」

俺の疑問に被せるように言葉を訂正する新城さん。

うっかり"アイツ"なんて言ってしまったみたいに…


まさか、魔王さんの正体に心当たりがあるんだろうか?


新城さんには色んなものが視える。

俺のわからない事も色々知っていて…俺達が女神様を捜していた時も、協力してくれて…

生まれ変わった女神様に逢える時と場所を俺と兄に教えてくれたんだ。


「新城さん?魔王さんの事、知ってるんでしょ…知ってる人なんでしょ?」

俺の言葉に目を逸らし、新城さんは椅子から立ち上がる。


「そろそろ吉春(よしはる)が帰って…あ、いや…夕飯でも食べに行くから帰れ。」


新城さんが動揺している。顔は冷静を装ってるけど…

吉春っていうのは新城さんの息子で、半年前ぐらいまで父子は一緒に暮らしていた。

でも、今は吉春は母親の方で暮らしている。

もう半年経つのに、新城さんは疲れてたり今みたいに動揺したりすると吉春が居るつもりになっちゃうんだ。

凄く、寂しいんだと思う…。


「…新城さん、一緒にゴハン食べる?」

「なんでだよ、遠慮する。」

「いやあ、俺、お腹すいたし!久し振りに一緒にゴハン作ろうよ?」

「嫌だ。」

「なんでぇーえ、作ろうよーーー。」


取り敢えず魔王さんの事は一旦置いといて…。

俺は恩人で兄のような新城さんの寂しさを紛らわす事にした。


双子の兄のアンが落ち込んでいたら、俺もなんだか落ち込みそうになる。双子のシンクロって言うんだって。…でもそれと同じぐらい、新城さんが寂しそうだと、俺もなんだか寂しくなりそうなんだ。


だから、放って置けない。


「お前なあ、勝手にキッチン入るな。」

若干不機嫌そうな声だけど、本当には怒ってない新城さんの声。

出会い立てなら凄く怖く思ったろうけど、毎週会ってるし、濃い話も沢山した。もうお見通しだ。


「今日は何がありますかー。」

言いながら、冷蔵庫を開けてみる。


俺は驚いてしまった。

そこにあったのは、低脂肪牛乳。瓶のリンゴジュース。


だけ。


「新城さん?なんもないよ?」

「あるだろうが、牛乳が。」

「牛乳だけじゃん!」


新城さんちの冷蔵庫は大き目だ。

元々は吉春が居たし、新城さんも結構料理する人で…

俺も何度かゴハンを作ってもらった事があった。


なのに…今は牛乳とジュースだけ。


「腹減ったなら飲むか?」

「牛乳?」

「いや、プロテイン。」

新城さんもキッチンに来ると、備え付けの引き出しから袋を取り出して見せてくれた。


"すごすぎプロテインDX"と書かれた、大き目の袋だ。

レイさんの部屋で見た事あるような。

「これって…」

「飲むゴハン。だ。水か牛乳に溶かして飲む。」

「そうじゃないでしょーーー!」


美味しいナポリタンとか、カレーとか、作ってくれた新城さんはどこいっちゃったんだろ。

食べさせたい人が居なくなったら、俺もこうなっちゃう?料理なんかしなくなっちゃう?


「よし!じゃあ、もう!食べに行こう!ゴハン!」

こうなったらもう外に食べに行くしかない。

材料を買って来るにはお腹が空いていたし。


この家に居たら、吉春が居た頃を思い出して、俺まで寂しくなっちゃいそうだったから。






「うわ、なにこれ美味しいね!」

俺が思わず叫んでしまったココは、新城さんの家の近くにあるファミリーレストラン。

俺もたまにルミちゃんと来たりする。


グツグツ言うドリアを辛抱強く冷まして、やっと口に運んだ所だ。


まだ少し熱かったけど、ヤケドしちゃう程ではない。

こっちの世界に来たばかりの頃は、よく口の中をヤケドしたっけ…


「新城さんはいつもコレ食べるの?」

ドリンクバーのメロンソーダを飲んでいた新城さんが、まためんどくさそうな顔してコチラを見る。

俺は頼んだことが無かった"ドリームドリア"は、このファミレスの密かな人気メニューらしい。

密かな人気、っていうのは、万人受けするっていうものじゃなくて…こう"好きな人は好きだよね"ってカンジなんだとレイさんに聞いたことがある。


「まぁ…大体コレだな…」

そう応えてくれた新城さんは、スプーンで時々ドリアをつつくがまだ食べない。

俺は知っている、こう見えて新城さんは超が付くほどの猫舌なのだ。

強そうでかっこよくて大人な見た目で、頭も良くて、不思議な力まで持っていて…

だけど、猫舌だし、寂しがりだし、とても純粋で、子供みたいな所もある。


飲み物はメロンソーダだし。

吉春も外でゴハンを食べる時は、メロンソーダ飲んでたな。

似たもの親子だ。


「なんだよ。見んな。気持ち悪いな。」

新城さんを眺めて、俺はニコニコ顔だったんだと思う。

ちょっとムッとした顔で文句を言われてしまった。


「へへへ、新城さんと久し振りにゴハン食べれて嬉しくってさ!」

色々思っていた事は誤魔化したけど、新城さんとゴハン食べるのが嬉しいのは本心だ。

俺は上機嫌にドリアを食べ進める。


このドリームドリアはずっとこのファミレスで定番メニューとしてあるらしい。

新城さんの小さい頃からあったというのだから驚きだ。新城さんは…45歳ぐらいだっけ…?

「昔から甘い物が好きで…こういうのは他になかなか無いからな…」

やっとぬるくなったドリアを食べながら、ポツポツと新城さんが話してくれたのだ。


ドリームドリアは、バターライスにサツマイモと鶏肉が入っていて、ホワイトソースとチーズが乗せられている熱々メニューだ。

小さい頃から猫舌な新城さんは、やっぱり今みたいにドリアを冷ましてから食べてて、あんまりに食べるのが遅いから、食べきれずに連れて帰られてしまった事もあったのだとか…


それでもドリームドリアの甘いサツマイモが好きで、いつもコレを頼んでしまうんだって。


「甘いのが好きなら、ケーキとかパフェとかもあるのに?」

「この組み合わせが良いんだろうが?それにパフェはゴハンじゃないだろう?」

「えーっ!それを言うならプロテインもゴハンじゃないじゃん!」

「…栄養的な問題で言えば、プロテインはゴハンだ。」

「えぇえ…」

俺はなんだか納得がいかない…

栄養的な問題って言われると、反論も出来ない。

俺は料理人を目指しているから、ほんの少しは勉強しているけど…まだまだ栄養の事について詳しいわけじゃないし…


でも、もっとゴハンっていうと…もっとこう…


「ゴハンって、栄養だけじゃないよ。やっぱり。なんかこう、空気も食べてる。うーん!なんて言えばいいのかわかんないけど!」

考えても結局わからなかったけど、取り敢えず思った事を新城さんに言う。

すると、新城さんは少し驚いたような顔をした。


あれ、この顔、魔王さんにそっくりだ。


「ハハッ、空気ってお前。変な言い方だな。」

新城さんは笑った。

変な言い方って言われたけど、新城さんが笑ってくれたことがなんだか嬉しかった。


「まぁ確かに、空気とも言えるか。言いたい事はなんとなく解る。」

少し穏やかな表情になった新城さんは、ドリームドリアを口に運んで目を閉じて味わっているようだった。

色んな思い出が過っているのだろうか。



「俺、今度魔王さんにドリームドリアを持っていこうかな…」

「…やめとけ、今日初めて食べたんだろお前。」

「え、うん。」

「細かくイメージ出来るものの方が良い。食べ慣れてる方が…それに…」

新城さんは言おうとしてふと黙ってしまう。

そして間を置いて「いや、いい…」と呟くと、そのまま残りのドリアを食べ始める。


「"それに"なに!」

俺は気になり過ぎて、身を乗り出して訊く。


まためんどくさそうな顔をして、ドリアを飲み込んだ新城さんは答えた。

「魔王はもっと…甘いものが好きだと思う。」


「もっと甘いもの…そっか!」

確かにドリームドリアは、時々口に入って来るサツマイモが甘くて美味しい。

けど、基本は塩味だし、流石にサツマイモだってお菓子みたいな甘さではない。


お菓子…

俺がよく知ってる、美味しい甘いものと言えば…


「ハチミツたっぷりのホットケーキかな!?」

「あぁ、良いかもな。ハチミツは好きだろうし…」


「…新城さん?やっぱり魔王さんの事知ってるんでしょう?」

その問いには答えず、新城さんは店員呼び出しボタンをピッと押した。


「スペシャルマロンパフェ1つ。」

「あぁっ、俺も!」


期間限定パフェを注文した新城さんにつられて、俺も追加注文し…

そのパフェの美味しさに、また魔王さんの話は流されてしまったのだった…





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