色々な事情とベジタリアンフード
僕は病院のベッドで目を覚ました。
殆ど病院に来た事は無かったけど、空気の匂いと雰囲気ですぐわかった。
あんまり良い記憶が無いと言うか、ハッキリ言って嫌な思い出があるので、緊張してしまう。
「アン、目が覚めたんだね。大丈夫?痛い所とか無い?」
横になっている僕の顔を覗き込んできたのは黒江さんだ。
4年前、異世界から来た僕達を保護して世話してくれた、恩人。
僕と弟のリトは、黒江さんの事を兄のように母のように思っている。
仕事先の店長としても尊敬している。
そんな人が近くに居てくれる。
…少し、安心した。
「黒江さん、一体何が…」
何故気を失っていたのか、記憶が曖昧だ。
そうだ、僕は、ナティとレティと、リトとルミさんと…皆とピクニックに行って…
帰りの車で、眠ってしまって、それから…
「あっ」
思い出して、そしたら途端に頭に痛みが走った。
「痛いの?」
頭を抑えた僕に、黒江さんが心配そうに声を掛けてくれる。
「…大丈夫、もう大丈夫です。一瞬痛かっただけで…」
人を呼ぼうとした黒江さんを引き留め、僕はゆっくり起き上がった。
本当に痛かったのは一瞬だった。
もうなんともない…
そこで次に僕は、嫌な予感がした。
予感というか、確信に近い。
「リト!リトは?!」
頭の痛みは、恐らく弟のものだ。
別々の身体で生まれ、育ってきた、だけどどこか繋がっているようで。
片方がケガなんかすると、もう片方にその痛みが共有されたりする。
前にもこういう事が起こった。
その時、双子には時々こういう事があるって、黒江さんに教わっていた。
僕の大事な双子の弟。
もしかして頭をケガしているのかもしれない。
「大丈夫、命に別状はないよ。怪我をしているけど、手当も済んでるからね。」
黒江さんによると、僕らはあの公園からの帰り道、事故にあったそうだ。
リトは手当と検査を終えて、別の部屋でまだ眠っているようだ。
ナティとレティも。
ルミさんは奇跡的に無傷で、皆を心配して待合室を行ったり来たりしているそうで…
もう少し休んだらすぐ行ってあげなくちゃと思った。
ナティが車を運転していた。彼女はいつも安全運転で、事故なんて起こすような人ではない。
彼女が目を覚ましていないので、ハッキリと事情はわからないけど…警察が調べた所どうも何かを避けようとしたらしい。
動物か何かが道路に飛び出してきたのだろうか?
「そんな急な運転するなんて。本当に何があったんだろって感じだけどね…」
黒江さんはレティシアとナティシアの事もよく知っている。
僕達が来る2年程前、あの姉妹も異世界からやってきたのだ。
そして黒江さんは僕らにそうしてくれたように、姉妹にかいがいしく世話をやき、育て、この世界で生きて行けるようにした。
だから無理な運転をするような子じゃないって、よくわかってるんだ。
「優しい子達だから、猫か何かを避けようとしたのかな…まあ、それが有力ではあるけど…」
考えながら、黒江さんは時々それが口から出てる。
今もきっと僕に話しかけるでもなく、考えが口から洩れてるだけなんだろう。
僕がそんな黒江さんを眺めていると、病室のドアが開いた。
「おや、目が覚めたのかい?呼んでくれたら良いのに…」
部屋に入って来たのは、医師だった。
見覚えのある顔。まさか、と思った。
それは僕の"病院の嫌な思い出"に直結する、大嫌いな人だった。
「どうしてこの人が居るんですか?!」
僕は思わず声を荒げてしまった。
この人は吉崎真澄、2年前に僕とリトに嘘を吐いて連れ出し、薬を盛って異世界の事を訊き出そうとした悪い人だ。
あの時は黒江さんもとっても怒ってた。
普段は絶対に人に手なんてあげないような黒江さんが、吉崎を殴った。
それなのに…
「ここは、彼の病院だからだよ。アン。ひとまず落ち着いて、事情は…後で詳しく説明するよ。」
僕を宥めるように、黒江さんが僕の肩をさする。
黒江さんは落ち着いているし、今は取り敢えず吉崎は敵じゃないらしい。
「…黒江さんがそう言うなら…」
僕は深呼吸をして、吉崎をちらりと見る。
あの時以来、会っていないけど…
初めて会った時と同じ、穏やかで良い人そうな笑顔で彼はそこに居る。
でも僕にはもう信用できない。
その笑顔の裏側に、良心なんか無いって知ってるから。
「さて…椎、レティシアとナティシアだが…朝まではかかりそうだよ。」
「そう…ゆっくり休ませてあげて…」
「ふたりは大丈夫なんですか?」
そうだ、リトが怪我を負ったのだから、前に居たレティとナティはどうなったのだろう…
朝までかかる?何がだろう…治療が?手当ては終わってるって黒江さんは言ってたけど…
「ふむ、まだ話して無いのかい?」
「言う必要が無かったんだよ、今までは…いつか自分から話すだろうと思って…」
吉崎と黒江さんは、姉妹に関して僕の知らない何かを知っているらしい。
いつか自分から…
何か言いづらい事なんだろうか?
「そうだね、取り敢えず、ふたりは大丈夫だよ。さっきのはね、明日の朝には元気になるよって意味。」
「安心していいよ」と付け加え、黒江さんは僕に優しく笑いかけた。
黒江さんが言うなら、きっとそうなのだ。
吉崎の事は微塵も信じられないけど、黒江さんの事は心から信じている。
いつか自分から話すだろうという、姉妹の"何か"も…本当に必要なら教えてくれると思うし…
きっと、僕が訊いたら…今のナティシアなら話してくれるだろうとも思う。
だから今は、黒江さんの言う事に頷くだけにした。
それから少しして、看護師さんがリトが目を覚ましたと知らせに来た。
僕は黒江さんと一緒にリトが休んでいた部屋に行き、無事を喜び合った。
リトの部屋には既にルミさんが居て、その目は赤かった。
きっと泣いてたんだ…リトが無事で、ほっとしたんだろうな。
ルミさんはとても良い人で、優しくて、少し、心配性で…
リトの面倒をよく見てくれる、頼もしい女性だ。
僕ら兄弟が捜していた、女神様の生まれ変わり。
あんなに儚げで何も知らない子供のようだった彼女が、生まれ変わったら今度は僕らの面倒を見てる。
女神様の事は、僕達が何から何までお世話していたのに。
2年前、僕らが助けたかった女神様は、実は強くて優しい人だったんだと知った。
ルミさんに女神様の記憶が戻ったわけではないけれど、彼女は僕ら兄弟にとても逢いたいという気持ちだけは思い出してくれたみたいだった。
それからリトは、女神様ではなく、ルミさんに改めて向き合って…
ふたりは恋人同士になったのである。
僕は少し複雑な気持ちではあったけど…
ふたりが幸せそうにしていたら、僕も幸せなのは間違いない。
「少し痕が残るかもって。でもさ、これで見分けやすくなったな?」
リトが笑って、額の端をさすりながら言う。
「馬鹿……どうせ前髪で見えないよ。」
「あはっ、そっか!」
本当に馬鹿な弟。
でもきっと僕は、まだ心配そうな顔をしてしまってたんだろう。
弟なりに元気付けようとして、そんな事を言ったんだと思う。
結局その夜は、僕とリトには"曰く付き"の吉崎医院に泊まった。
今回は何が起きるわけでもなく、むしろ病院の人達にはとても良くしてもらった。
険悪だった筈の黒江さんと吉崎は、どうやら仲直りしたようで…
以前よりずっと親密に見えた。
僕とリトがこの世界に来るよりも前に、吉崎がレティとナティに誘拐まがいな事をしたらしく、それ以来黒江さんは吉崎に激怒しており、自身の店にも出入りを禁じていた。
が…
僕が知らない間、この2年の間に何かふたりが仲直りするキッカケがあったのかな。
吉崎が心無い行動を謝るようには到底見えないんだけど…
そんな事を考えながら、寝ているのか起きているのか、うとうとした状態のまま朝を迎えた。
「アン!おはよぉー!!」
その元気な明るい声で、僕の意識はハッキリと覚めた。
返事をする前にナティは駆けて来て、僕に抱き付いた。
あぁ、いつもの彼女だ。
何も変わらない…
何も?
「大丈夫なの?怪我は?」
朝まで休息が必要な程度には、彼女にも何かあった筈だ。
結局、姉妹がどういう状態なのかは説明されていないけど…
昨日事故を起こした車に、ふたりも乗っていたのは確かだ。
ナティは、バツの悪い子供みたいな顔をして、ぽつぽつと話し出した。
「あぁー…その…えっとね、私、大丈夫なの。治っちゃうの、怪我。」
「…え?」
僕は呆気に取られた。
治っちゃう?
「私とレティはね、なんかね…眠ると元通りになっちゃうの。この世界に来た時の状態に…。」
ナティは自信無さげに話してくれた。
自信無さげに、というのは、彼女らにも、拉致までしてそれを調べた吉崎にも、原理がわからないからだそうで…
レティとナティの姉妹は、異世界からこの世界に来た。僕達とは違う異世界から、だ。
どうも姉妹の世界は、今ここの世界とは大分違う世界だったようで…
死の概念さえも違ったようだというのは、彼女達と出会った頃にもう聞いている。
そのせいかどうかはわからない、だけど…
レティとナティは、一度眠ると、その身体がこの世界に来た日の状態に戻っているというのだ。
故に、歳もとらないし…いっぱい食べても眠りさえすれば、すぐお腹も空いてしまう。
大きな怪我なんかしたら、少し時間はかかるみたいだけど…
それで"朝まで"ということだったらしい。
「記憶とかは無くならないんだけど…ちゃんと覚えてるよ、色々!アンの事大好きだとか!」
ナティが僕の胸にぐりぐりと頭を押し付けてくる。
彼女の傷が癒えて本当に良かった…良かったけど…
「怖かったでしょう?痛かったよね…。治って良かったよ…」
僕はそのフワフワな頭を撫でた。
記憶は無くならない、という事は、怖い思いも無くならないって事だ。
眠るまで治らない、という事は、それまで痛かったって事だ。
「アンは優しいねえ…ほんとに優しいよお…うぇえ怖かったよお…ごめんねえ、皆が、…わ、私が運転してたのに、…皆が死んじゃってたらどうしようって、私…痛かったし…怖かったぁ…」
ナティは僕の胸に頭を置いたまま、不安を吐き出して、泣いた。
この子はちょっと弟と似ている。
自分も不安なのに、そんな時ほど、明るく振舞ってくる。
相手に優しくしようとする、笑わせようとする。
健気で頑張り屋さんだ。
「大丈夫、皆無事だったよ。…それに、またピクニックに行きたいって思えるぐらい、昨日は楽しかったし。お弁当も美味しかったよ。」
「う…うん………お弁当……」
ナティはゴシゴシと涙を拭くと、顔を上げ、僕の顔を見詰めて…
「アン…私、おなかすいたぁ…」
と、少し弱弱しく言った。
彼女は、やっぱり…ちょっと…いや、割と、弟に似ている。
そんな波乱万丈なハロウィンピクニックから1週間程が経った。
僕はいつものようにカフェTwinkleMagicで働いていた。
今は、僕は主にウェイターをしている。リトはキッチンの方が多くなった。
僕は以前は深夜担当だったけど、半年前から11時から19時までの勤務になっている。
お店自体が営業時間を短縮したのだ。
今のTwinkleMagicは、朝7時から夜は23時まで。
モーニング、ランチ、カフェ、ディナーと、通し営業だ。
相変わらずメニューは、オーナーの愛海さんとシェフのレイさんのこだわりメニューばかり。
弟のリトもレイさんについて料理の修行中で、少しずつメニューに関わらせてもらっているみたいだ。
時々、リトが作ったとんでもないまかないが出てくる…
とんでもない、というのは…主に、量が。だ。
味は美味しい…少し濃すぎる事もあるけど…。
リトも眠ったら元通りの身体になっていれば、いくら食べても大丈夫なのにな…
時刻は14時、ランチのお客さんは引いて、僕らが昼食をとらせてもらう時間だ。
僕はロッカールームでエプロンを外し、大きく伸びをした。
今日は少しお客さんが多かったな…と、息を吐いた所で…
「えっ!これ全部!?」と、厨房の方からリトの驚いた声。
「いやぁ参ったよ、うちじゃ食べきれないしさ。貰ってくれる?」
こっちは、食品を卸してくれている業者の白石さんの声だ。
白石さんはオーナーの知り合いで、自然派健康を掲げる様々な食品を持って来てくれている。
僕が厨房を覗くと、そこには大きな箱いっぱいの野菜が…
「あ、アン。見てよコレ、返されちゃったんだって。」
「返された?返品ですか?」
「あー、まあ、そうね。お客さん都合でキャンセル。だから支払ってはくれたわけ…でも使わないから持って帰ってって言われてなぁー…」
持って帰ってと言われても、白石さんもこだわり抜いて集めている食材たちだ、ただ廃棄するにも忍びない。しかし白石さんの家族は本人含めて3人で…とても食べきれないということで、うちに持ち込んだのだそうだ。
「まぁ、ありがたく頂戴して、まかないにでも使うかね。リトいっぱい食うし。」
レイさんは「何作ろう…」と呟きながら野菜を手に取っている。
「レイさん、あんまりいっぱいは食べさせないでください…」
「いや、アン。野菜はゼロカロリーだ。」大真面目な顔で言う弟。
そんなわけない。確かに肉やお菓子なんかよりは、健康に良さそうなイメージはあるけど。
「…あ、そうだ、ついでに試供品置いて行きますよ。食べてみて。ゼロカロリーじゃないけども。」
白石さんは僕達のやり取りに笑い、車から今度は小さな箱を持って戻って来た。
その箱に詰まっていたのは…
「ソーセージ?それと、ミートボールかな?」
「そ!但し、肉は使ってないやつね!」
覗き込んだリトに、白石さんはニッコリ笑って言う。
「ベジタリアンフードってやつだよ。肉に見えるけど、これ豆とか野菜だけで出来てんだよね。」
「えっ!すご!」
「普通のソーセージとミートボールにしか見えない…」
僕とリトは小さな箱の中身をまじまじと眺めた。
そう言えばかなり前だけれど、オーナーが外食に連れて行ってくれた店がベジタリアンのお店だった。
あの時は穀物で出来たハンバーグを食べたっけ…あれにもふたりで驚いた…
「世の中にはさぁ、野菜しか食べれない人も居るんだよ。逆に肉しか食べれない人も居るけど。」
「そうなんだ?」「そうなんですか?」
「そう、色んな事情の人が居る訳よ。でもやっぱり皆、美味いもん食いたいっしょ?だから俺は日々頑張ってるワケ!」
白石さんはカラッとした笑顔を僕達に向けると、レイさんに「そんじゃシェフ、また明後日!」と声を掛けて去って行った。
「色々な事情の人…」リトはソーセージの袋を手に呟いた。
何か思う事があるようだ。
「さ、ちゃっちゃとメシ食って休んで働けー?リト手伝って。」
レイさんに声を掛けられ、考え事は中断。
リトは「はいっ」と元気に返事をすると、調理に加わりに行った。
きっと色々な事情のある誰かの事を考えていたんだろう。
それから間もなく、2階の休憩室には野菜が盛り沢山なプレートが運ばれてきた。
短時間でこんなに作れるものなんだろうか?
大き目のプレート皿に、カラフルなサラダと、副菜3種、豆カレーライス、ソーセージとミートボールにはトマトソースがかけられている。
それにスープもついてきて…
「ワクワクオーガニックベジタリアンプレートです!」
と、リトが胸を張って配膳してくれた。
「ほとんど作ったのレイさんだけど!あっ、スープは俺が作ったよ。」
どおりで、やたらと具が多いと思った。
リトが作ったというスープは、細かく切られた具が、白い水面から大分はみ出ている。
キャベツと、長ネギと、コーンと…じゃがいも、じゃないな、里芋?
「変わった感じのスープだね?」
「豆乳スープ!味噌もちょっと入ってるかな。今日は折角だから、ベジタリアンで統一したんだ。」
「そっかぁ、美味しそうだね。いただきます。」
「俺も!いただきまーす!」
ふたりで一緒にいただきますをする。
僕はリトの豆乳スープから食べてみることにした。
短時間で火を通す為か、具材は小さめに切り揃えられている。
豆乳スープという事だったけど、味噌が入ってるせいなのか、どこかチーズのようなコクがあって美味しい…
「美味しいよリト。それに温まるなぁ…」
僕はホッと溜め息を吐いた。食べる程にポカポカしてくる。
寒がりの秋にはありがたい料理だ…
「あっ、それね、ショウガと黒コショウも入ってるんだ。アン、冷え性だからなぁ。」
僕の事を考えて作ってくれたのかと、少し嬉しくなった。
そう言えば…リトはさっき、誰の事を思っていたんだろ。
「ねえ、リト。さっきソーセージを持って、誰の事を考えてたの?」
豆カレーを口いっぱいに頬張って幸せそうなリトに訊いてみる。
「んん?」
「いや食べてからでいいよ。」
訊くタイミングが悪かったなぁと反省しながら、僕も豆カレーを少し口に運んだ。
ひよこ豆と赤エンドウと黒豆が入ったカレーだ。辛さは控え目だけど、スパイスの良い香りがする。
「ん…あー、色々な事情の話?」
カレーを飲み込んだリトが、ミートボールをフォークに刺しながら訊き返してくる。
「うん、誰かの事考えてたのかなって…」
「そうなんだよなぁー、やっぱアンにはわかっちゃうか!」
と、ミートボールを口に入れるリト。
食べたらまた喋れないじゃないか。
モグモグと美味しそうにミートボールを食べて、更にスープも2口食べてから、やっとリトは答えた。
「魔王さんの事考えてたんだよ。」
「魔王さん?あぁ、夢で見たって言ってた?」
魔王さんとは、先日の事故で気を失っている間にリトが夢で出会った人物。
それが色々と不思議な夢だったので、ハッキリと覚えていて、僕にもレイさんにも詳しく話してくれていた。弟はこの世界に来てから、よく不思議な夢を見ている。
過去の事未来の事、異世界の事も。
「うん、レイさんがさぁ、マオウっていうのは名前じゃないんじゃないって言ってたじゃん?なんつーか、白石さんがレイさんのことシェフって言ったり、…俺達がオーナーの事をオーナーって言ったりするんだと同じでさ。」
「そうだったね…名前を言いたくない事情があるのかなぁ。」
「そうそう、それもだし!魔王って悪者?なんだろ?」
リトの話を聞いて、レイさんも色々考えて教えてくれたんだけど…
どうもマオウっていうのは"魔"の"王"と書くものではないかと。この世界では物語で悪者に当たる事が多いそうで…
「自分から悪者ですって言う?なんでそんな事言うんだろ?俺、あの人は良い人だと思うんだよね…」
ちょっと難しい顔をして、今度はソーセージにかぶりつく弟。
…僕の弟は良くも悪くも…"人が良い"。だから、正直魔王さんが良い人だとは限らないと思う…。
だけど、きっとリトは…
「うーん…良い人かはわからないけど……リトは魔王さんが自分が悪者だと言うのが、イヤなんだね?」
「そう!そうなんだよ!」
きっと自分で自分の気持ちがわかってなかったのだろう。リトは"それだ!"という顔をした。
リトは魔王さんが悪い人か良い人かということより、魔王さんが魔王と名乗った事にモヤモヤしていたんだ。
「あの人苦しそうだった、だから、悪者したくなくて悪者してんのかなぁとかさ。色々考えて…。あと、何が好きなのかなぁとか。」
「えっ?何が好きって?」
「食べ物だよ!ゴハン!……あっ、サラダ先に食べるのがいいんだっけ…」
そう言うとリトは今更サラダを一生懸命に食べだした。
うん、そういえば一番最初にサラダを食べると健康に良いってルミさんに言われてたな…
今更だけどね…
そして唐突な『何が好きなのかなぁ』って。
魔王さんの話をしてくれた時、リトが『魔王さんが幸せになるといいと思うんだ、ゴハンで…』とか言ってたっけ…
リトがゴハンが大好きなのは知ってる。
僕らが異世界からこの世界へやってきて、不安でどうしようもなかった時、美味しいゴハンに随分救われたことも分かってる。
…それで自分も誰かを幸せにしたいから、リトは料理人を目指す事にしたんだよね…
しかし、夢の中の…
どこの世界の人だかわからない、色々事情のある魔王…
それをゴハンで幸せにしようなんて、ちょっとハードルが高すぎやしないだろうか?
「なぁ、アン。ソーセージ食べた?めっちゃ美味しいし、言われなかったら肉だと思っちゃうかも…」
「え?ほんと?…うーん、なんだろ、…ちょっと魚肉ソーセージっぽいね?」
言われて食べたソーセージは、確かに美味しかった。何かハーブの香りはするけど、豆っぽくはない…。
これが豆と野菜で出来ているなんて不思議だ。
「魔王さんが肉食えない人だったらどーしよ…ハンバーグがいいかと思ってたんだけど。」
真剣にミートボールを見詰めるリト。
「ふふっ、その前に夢の中にどうやってゴハン持っていくの?」
僕は笑ってしまった。
一生懸命で優しくて、ちょっと馬鹿な弟だなぁって…
大体勢いと気持ちだけで、細かくは考えていないのだ。
「あー、うーん、どうやって持っていこう…」
「レイさんに相談したら?」
いくらレイさんでも、夢の中にゴハンを持っていく方法なんて知らないだろうけど…
「そうしよ!…なぁ、アン。これ食べた?これはさぁ、揚げてるんじゃなくって焼いてあるんだ。」
僕の言葉に納得してしまったリトは、再び料理の説明をしながら元気にゴハンを食べだした。
本当に…純粋で馬鹿で食いしん坊なんだから…。