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ハロウィンピクニックと魔王の夢


昼でも風が涼しくなった。夜は少し肌寒いぐらいだ。

もう秋で、すぐ冬が来る。


そんな今日この頃、街はカボチャだらけだ。


というのも、もうすぐ"ハロウィン"だから。

イベント好きのレイさんが言うには、『本来はお盆みたいなもんだったけど、まぁ最近じゃ仮装してお菓子食べるパーティーみたいになってるよな。楽しくて好きだけど!』だそうで…



俺は食品売り場のカボチャのキャラクター達をじっと眺める。

怖いのも可愛いのも、色々なカボチャ。オバケ。悪魔。


そのパッケージの中にはもれなく甘いお菓子が入っている。


「欲しいの?美味しそうなのあった?」

と、話し掛けてきたのはルミちゃんだ。俺の大切な恋人。

こうやって店で何かをじっと見てると、すぐにちょこちょこと傍にやってきて『欲しいのあった?』と覗き込んでくる。


今日はルミちゃんと、兄のアンと、3人でショッピングモールに来ていた。

色んななお店が入っているけど、どこもハロウィン仕様に飾り付けられていて、見るだけでも楽しい。



「このチョコレート美味しそうだなぁ。食べてみたいかも。」

ナッツがギッシリ入ったチョコレートに、オレンジ色のリボンが掛けられている。

きっと食感ガリボリして美味しいだろうなぁ…


そこに俺とよく似た声で、兄が一言。


「リト…ねぇ、最近、太った?」


俺の様子を隣で見ていた双子の兄。

アンは確かに俺よりも…若干、ほっそりしてるっていうか。

なんていうか…

双子だけど、最近ちょっと見た目が違ってきたかもって思う事もある。


そのせいか、時々こうしてお菓子を止められる。

「えっ?いやー…そう?かな?」

「ふふっ!」

ルミちゃんは俺達のやり取りを楽しそうに聞いている。




俺達は異世界から来た。ここではない、何処かから。

元に居た場所で死んだと思ったら、無傷で健康な状態でこの世界に居た。

最も、健康だったのは体だけで。心はちょっと…色々あったけど。


そんな混乱した心も落ち着いて、もうここに来て4年が経った。



元に居た世界では、俺達は女神様に仕える神官だった。

そして俺達双子は、女神様に仕えるにあたって常に完璧で居なくてはならなかった。

だから適切な運動をして、適切な栄養を摂取し、完璧な身体を作っていた。

基礎をちゃんとしているから、ちょっとやそっとじゃ太ったりもしない。


ただし…ちょっとやそっとじゃ。だ。




どうも、俺の生活っぷりが"ちょっとやそっと"じゃ済まないようで…。


普通のゴハンならまだしも、お菓子とかお菓子とかお菓子とか…すっかりこの世界のイケナイ部分に浸かってしまっている気がすると言えば、そんな気もするのである。


「確かにちょっと…最近運動もしてないしなぁ?」

思い当たる節があって、少しだけ反省はしている俺。


ちょっとしょんぼりしていると、ルミちゃんが俺の肩をポンポン叩き、

「秋はねえ、…食欲の秋、読書の秋、芸術の秋…そしてスポーツの秋だよ。」

ルミちゃんが得意げに言う。日本には色んな秋があるらしい。


「スポーツの秋、っていうと、何をするの?」

「うーん、好きなスポーツだよ。」


「好きな…」

「スポーツ…」


俺とアンは同じ格好をして考え込んでしまった。


好きなスポーツ。


そういえば、俺達は何かのスポーツをやった事がない。

こちらに来たばかりの頃リハビリの意味でのウォーキングやランニングをした…あとはこっちで面倒を見てくれてるレイさんに教えてもらった筋トレ、それぐらいだ。

でもそれって"スポーツ"とは言わない気がする。


そう、イメージではもっと、…もっとこう…


「あれ、悩んじゃってる。難しい?」

ルミちゃんが俺達の様子を見て首を傾げる。

続けて提案をしてくれた。

「なんか楽しく体を動かせればいいんだよ?うーん、例えば…バドミントンなんてどうかな。」


「バドミントン?」

「って、なに?」


「知らないのかぁ。じゃあ今度やろうよ、バドミントンピクニック!」

ルミちゃんの笑顔を見て、それはきっと楽しいものなのだろうと容易に想像できた。

俺とアンはすぐ賛成し、3人で日取りを決める事にした。


「じゃあお茶でも飲みながら相談しよ。」

「あっ、ルミちゃん、ここ3階に美味しい甘味屋さんがあって…」

「えっ!なんですって!行かなきゃ!」


「ちょっと…そういうの本末転倒っていうんじゃないの…」


盛り上がる俺とルミちゃんに、アンは呆れ顔。


結局この後、俺の紹介した美味しい甘味屋さんで相談をしながら、みたらし団子とクリームあんみつと、それから磯辺餅まで食べてしまった。

皆で分け合って、だけど。

それでもやっぱり、かなり俺は多めに食べてしまったような…気がする、ような。


だってアンもルミちゃんも、結局俺に甘いんだよな。

これも食べる?あれも食べる?って、俺に次々に美味しいものをくれてしまうんだから。









それから1週間後、涼しいけど天気のいい月曜日。

俺達は広い広い公園に居た。


住んでいる場所から車で40分、50分ぐらいだろうか?1時間はかかってない気がするけど…


どうもこの辺じゃ有名な公園みたいで、とにかく凄く広い。

入り口から端っこまで行こうと思ったら、それだけで疲れてしまいそうだ。

特に、兄のアンはそこまで体力があるタイプだと思えない…


けど、アンの彼女なら行けるかもしれない。

なんというか体力オバケなのである。


「あっ!リトちゃん!今私に何か失礼な事を思ったね!?」

そんな体力オバケさんには時々こうやって思ってる事がバレる。


そう、今日は俺とアンとルミちゃんと、それからもう2人。

アンの恋人であるナティシア、その双子の姉のレティシアも一緒にピクニックに来ていた。


『折角だから皆で行こうよ!』とルミちゃんが誘ったのだ。


すると計画にノリノリの双子姉妹は、『車出すよ!お菓子も持っていくね!』『そうだねそうだね、美味しいお弁当も!』と、大張り切りでやってきた。



ルミちゃんは休日の方が忙しい仕事をしているので平日にやってきた。

だからか、人もちらほらって感じで、広い公園が更に広く見える。


そこに音量大き目のキャアキャア声が響く。

時々二重音声で。

「あっ!あそこいいんじゃない?あそこにしよ!」「そうだよそうだよ、ここがいいよ!」

「「ここ私達のお家ね!」」

荷物を降ろしたナティは、大きなレジャーシートをバタバタさせた。

すかさずレティが反対側を持って、地面に敷き、2人は同時に"私達のお家"に着席。


この姉妹は、本当にいつも楽しそうだ。

俺とアンとルミちゃんは、その勢いに引っ張られながら、公園の中程まで歩き…この大きな木の下に落ち着いた。


囲むようにぽつぽつとこんな木が立っていて、真ん中は広い草原になっている。

公園のパンフレットを見ると、"青空広場"と書いてある。


確かに、青空が広く見えて気持ちがいい。




「まだ10時半かぁ、少しお昼には早いかな?」

アンが腕時計を見て言う。


俺はというと…朝ご飯はしっかり食べたけど…

「お腹空いたけどなぁ…」

と呟いてしまう。


「ね、お腹空いたよねえー。」

それに賛同したのはナティシアだ。

俺達は割と気が合う。


すると続いてレティシアが「じゃあ、朝オヤツしよ!」と、大きな鞄をゴソゴソと漁り始めた。


何が出てくるんだろうと、俺とルミちゃんはレティを見守る。


程なくして、レジャーシートの上にはカラフルなお菓子が沢山並んだ。

カワイイピンクのマシュマロ、色鮮やかなマカロン、青いドーナツ、緑のチョコレート。

赤いのはなんだろ、クッキーかな…真っ黒なのは何で出来ているのかよくわからない。ケーキ?


「さあ、写真を撮るよ!」「そうだよそうだよ、可愛く撮るよ!」

レティとナティはそれぞれに、お菓子を画像に収め、それから俺達と順番にツーショットを撮影した。

「アップしていいかな?!大丈夫!顔は出さないから!」

一応断りを入れる辺り、真面目で良い奴らだ。


彼女らは、動画やらなんやらを撮影して、それで稼いでいる。

双子姉妹の『れれななチャンネル』は凄い人気で、それなりに有名人なのだ。


こうやってせっせとSNSとか頑張っているのを見ると、まぁなるほどなぁとも思う。



「はい、お茶も入ったよ。」

絶妙なタイミングで、あったかいお茶を皆に手渡すアン。

気が利くっていうのはこういう事なんだろうな。場の空気をよく読んでいる。


対して俺はよく、空気読めないやつ認定されるわけだが…

まあ、双子でも個性があるって事だ。


アンに渡されたお茶は、なんだか不思議な匂いがした。

マズそうでは無いけど、いつも家で飲んでるのとは違うような。


俺がお茶の匂いを嗅いでいると、横からルミちゃんの得意げな声。

「これ!私のオススメの健康茶だよ!」

「健康茶?」

俺が健康を気にしている様子を見て、ルミちゃんがアンにオススメしておいてくれたらしい。


「今日は沢山食べるんだろうと思って。水筒にたくさん淹れて来たんだよ。」

少々諦めたような笑みを浮かべる兄。

なんて弟想いなんだろ、と感動しかけたところで…

「さあ!まずは運動前のオヤツパーティーだよー!」

と、元気にナティが開幕の声をあげたのだった。



ひとまず俺は全部の種類を食べてみた。イチゴの香りがしたり、ラムネっぽい味がしたり、ミントみたいなスーッとしたり…赤いやつはなんと甘く無くて、トマト味のしょっぱい系だった。

黒いケーキは竹炭が入っているらしいけど…味は普通のパウンドケーキみたいな感じだった。


アンが用意してくれたお茶はスッキリしてて苦くもなくて、割とごちゃっとした組み合わせのオヤツ達にも合っていた。

おかげでまだまだ食べれそうだった、けど…


折角俺の健康の為に用意してくれたのに、また食べ過ぎちゃっても元も子もないよな。

と、ちょっとだけ控え目に踏みとどまった。


一方レティとナティは並べたお菓子を全て平らげてしまった。

結構量はあったんだけど…


いつもアンとルミちゃんの食べる量は控え目なので、レティとナティだけで3人分以上は食べてると思うんだよな。

俺と同じで、とにかくよく食べる姉妹なのだ。


が、太る~とか、健康が~とか、聞いたことはない。

よく運動しているのかな?それともそういう体質なんだろうか。



「さあっ!食べたし、勝負しようじゃないの!」

「そうだね!勝負しよう!」

食べ終わって一息つく間もなく、姉妹は立ち上がった。


「バドミントンて勝負なのか?」

何も調べてきてない俺は、首を傾げてしまう。

スポーツなのはわかってるけど。こんな平和な公園でやるんだから、そんな荒々しい事じゃないと思ってた。


「リトちゃん、甘いねえ…ハロウィンのお菓子のようだよぉ。」と、ナティはニヤリと笑う。

「最初だけは手加減してあげてもいいよぉ。リトちゃんは甘いからねぇ。」と、レティも同じ顔で笑った。









バドミントンを教えてもらって、1時間。

体力オバケの姉妹とミッチリ打ち合って、秋だっていうのに汗だくになってしまった。


途中少しアンとルミちゃんも入ったけど、俺の負けず嫌いな勢いに早々と退散していって…

「私、アンとシャボン玉飛ばして遊んでるねー。」

「わー、いいねー。綺麗だなあ。」

とか言って、レジャーシートでふたりで楽しそうにしてた。


ちょっとだけ、妬けたけど。

それよりなんか姉妹に負けるのが悔しくて、ムキになってた。



頑張っただけあって、お腹がぺこぺこになる頃には、姉妹から1本取ることができた。



「リトちゃん凄いなぁ!」「ホントだよお!運動神経いいんだね!」

レティもナティも口々に褒めてくれたけど、最も褒めて欲しいルミちゃんは…

「あれっ、終わったの?お腹空いたねえーゴハンいっぱいあるからね!」と俺に微笑んだ。

勝ったとこ、見てて欲しかったなぁー…なんて。


少し残念な気持ちもあったけど、「あらあらこんなに汗かいて…」って俺の汗を柔らかいタオルで拭いてくれたりして…段々どうでも良くなっていった。


こうやって、世話を焼かれるのが最初は照れ臭かったんだけど。

今はなんだか心地良い。

優しくされるのって、気持ちいいんだなって思う。



「もおーイチャイチャしおってえー!」「ラブラブしおってえー!」

ナティとレティのキャアキャア声で、ハッと我に返る。

今は皆と居たんだった!


「駄目だよ、ふたりの世界を邪魔しちゃ…」

穏やかに言うアンは、お弁当を広げ始めている。

今日の為に、俺とアンが一緒に作ったお弁当だ。


皆でそれぞれにハロウィン弁当を作ってこようと約束していたのだ。



「ぇへへっ…わ、私も作ってきたよー。」ルミちゃんも照れ笑いして、大きなお弁当箱を取り出した。


蓋を開けると、そこには指が生えてて…

「指!?」

俺は思わず叫んだ。


「あはっ、それ、クッキーだよ。よく出来てるでしょー。」

ルミちゃんが悪戯成功とばかりに、クスクス笑う。


ルミちゃん特製の指クッキーは、ビックリする程、指に見えた。

美味しそうなカボチャサラダの横に指が5本立て掛けてあるのだ。


「チーズクッキーなの、カボチャサラダと一緒に食べても美味しいよ。」

よく見れば、この指の爪はスライスアーモンドだ。

ホントによく出来てる。


指型クッキーの他には、何かのパイが入っている。

カボチャはサラダで入ってるから…中身は別の何かなんだろうか?


「それは棺型のミートパイだよ。ふっふっふー。」

「ミートパイ?あのパスタにかかってるミートソースが入ってんの?」

「うーん…スパゲッティのとはちょっと違うんだけど…まあ食べてみて!」


「ちょっと待ってちょっと待って!撮らせて!」

レティが俺に"待て"をして、スマホでパシャパシャとお弁当を連写する。

そうだよな、折角だから俺も撮っておこう、思い出に…


2年前に、三笠(みかさ)という苗字と共に、スマホも貰った。

この世界での親代わりの黒江さんに。

4年前には言葉もわからなかった俺とアンは、今ではすっかりスマホも使いこなして、この世界に馴染んでいる。


こうやって思い出を沢山残しておけるのも、凄くいいものだと思う。

初めて自分のスマホを持った時は、写真を撮りまくったっけ…


しみじみと2年前の事を思い出しつつ、ルミちゃんの作ってくれたお弁当を撮る。


指クッキー、棺ミートパイ、カボチャサラダ、…小松菜とキノコの炒め物…?

なんだかんだ言って、こういう家庭っぽい物も詰めちゃうのがルミちゃんらしいな。



「リトとアンのも可愛くて美味しそうだねえ。」

俺達の弁当を覗き込むルミちゃん。

俺は将来料理人になりたいから、今ではもうひとりの親代わりのレイさんを師匠にして、料理修行中だ。

だから今回のハロウィン弁当も結構気合いを入れた。


炊き込みパエリアのおにぎりには海苔でジャック・オ・ランタンの顔を付けて、皮から作った洋風餃子の皮は紫色…これは紫芋の粉を練り込んである。あとはリンゴ酢のピクルスとか、野菜の素揚げとチーズソースとかを、なんかオシャレに見えるように詰めて来た。


『お弁当はさ、味も勿論だけど、見た目が大事だと思う』というアンの言葉で、今回は見た目にもかなり気を使ったのだ。


「凄いねえ!こっちもいっぱい撮っちゃお!」「いいねいいね!盛り上がるねえ!」

姉妹はキャッキャとふたりしてお弁当達を連写している。


「ふたりはどんなお弁当を作ってきたの?」

紙の取り皿を並べ、トレーの上に人数分のお茶を用意したアンが、姉妹に問い掛ける。

と、レティとナティは「「よくぞ訊いてくれました!」」と元気に振り返る。


そしてふたりが取り出したハロウィン弁当は…


「じゃーん!」「かぶらないハロウィン弁当!です!」


大きな弁当箱を取り出し、大きな蓋を自信満々に開けると…

そこには意外なものが詰まっていた。


「?…海苔巻き?」

「海苔巻きだね?」

「お寿司?」


俺とアンとルミちゃんは、しばしキョトンとした。

この姉妹の事だから、とびきり派手なハロウィン弁当にすると思ったけど…


中に入っていたのは、具がかなり多めの巻き寿司だった。

具も、ニンジンとかキュウリとか、椎茸とかほうれん草とか、たくあんとか。あと高野豆腐かな?

なんかこう、キャアキャアキラキラしてるこの姉妹には似合わない素朴さ。


「随分フツーだな。」

思わず呟いた俺に、ナティが「なぬ?!」とすぐさま反論してくる。

「よく見てリトちゃん!この布陣を!」

続けてレティも弁当の中を指差し、「そうだよリトちゃん!十字架になってるでしょうが!」と主張してくる。


確かに、十字に並べられているといえば並べられているけど…

十字の巻き寿司の外にはぎゅぅっと茶色いものが詰まっている。

「こっちは何?」

アンが訊ねると、ナティが笑顔で「ナゲットです!」と答えてくれた。

そしてレティが「リトちゃんがカロリーを気にしてるって聞いたから、お豆腐ナゲットです!」と付け加える。


「えっ、気を使ってくれたのか。」

俺はこの姉妹が、そんな事に気を使ってくれたのが意外で、ポカンとしてしまう。

自由奔放で周りを振り回すことを気にしない、このふたりが。


「なによぉその顔~!」「リトちゃんの為にお野菜いっぱい詰めてきたんだよぉ!?」

もっと喜べとばかりに、俺にぐいぐい弁当箱を押し付けてくる。


うーん、素直に喜べないのはこういうとこなんだよなあ!


「ふたりともありがとう、リトの為に考えてくれて…」

俺の代わりにアンがお礼を言う。

「うふふ!いいんだよアンちゃん!リトちゃんは私の弟も同然だからね!」とレティがうんうん頷く。

ナティはその言葉に何故かちょっと照れながら「へへへ!そう!リトちゃんは弟になるんだからね!きっと!」とアンにくっつく。


「…弟になるの?俺が?」

俺が首を傾げると、今度はルミちゃんがちょっと慌てた様子で「お腹空いたね!食べよう!」と話を変えた。


なんだかよくわかんないままだったけど、取り敢えず俺もお腹が空いたから…

「まぁいいか!いただきまーす!」

と元気にハロウィン弁当を食べ始めた。



みんなと広い空の下で食べるお弁当は最高に美味しかった。


そう言えば前にレイさんが『食べ物って、記憶も一緒に食べてると思うんだよな。だから幸せな気持ちで食べたものって好物になったりするんだ。』とか言ってたな。


きっと俺は、このみんなで食べたお弁当は、好物になると思う。

楽しいし、幸せだし、そんな気持ちと一緒に食べたから、ますます美味しい。




お腹一杯食べたら眠くなって、少しレジャーシートの上で昼寝して…

結局本気で運動したのは最初の1時間ぐらいだけで、目が覚めたらちょっと陽が傾き始めてた。


「そろそろ帰ろっかあー。」

隣でルミちゃんが欠伸する。さっきまで昼寝してたけど、まだまだ寝れそうな気がする。

きっとルミちゃんも同じだろう。


「よーし!帰ろう!お腹も空いてきたし!」

と、信じられない発言をしたのはナティだ。

流石の俺も、まだお腹は空かない。

「あははっ、ナティは寝てたもんね~。」

レティはほにゃっと笑うと、遊んでいたシャボン玉を仕舞い始めた。

俺とルミちゃんとナティは昼寝して、レティとアンはシャボン玉なんか飛ばしながら話をしてたみたいだった。


しかしひと眠りしたらお腹が空くなんて…

確かにそんなにすぐお腹空くんなら太る事なんて無さそうだ。

きっとナティの食べたものはすぐに蒸発しちゃうに違いない。


「さあさあ、寒くなっちゃう前に帰ろう!」「そうだよそうだよ、夜になったらオバケが出るぞお!」

さっきまで寝てたとは思えない元気さで、ナティは跳び立ち上がって、俺とルミちゃんをレジャーシートから追い出す。

俺も伸びをひとつしてから、ピクニックの片付けを手伝う事にする。



秋は陽が落ちるのはあっという間だ。








暗くなるのはすぐだった。

5人で車に乗り込む頃には、もう薄暗くて、走り出して少ししたら空は夜になった。

とは言え、走っているのは街中だったから、夜でも電灯が明るいんだけど。


最初は「楽しかったねえ。」とか、「あれが美味しかった。」とか、皆口々に今日の思い出を振り返ってたんだけど、30分もしたら車の中は静かになった。

後ろに乗ってたアンとルミちゃんはスヤスヤと眠ってしまい、俺もふたりの寝顔を眺めてたら眠くなってきた。

運転してるナティと、助手席に居たレティはパッチリ目が開いてて、時々ふたりで「フフッ」「そうだねぇ」といつもより少し抑え目な声で笑い合っている。


あー、俺が気付かないだけで、この姉妹は意外と気を使ってくれてるのか。

眠っている人の為に、声を抑えたり…俺の健康に配慮してくれたり…


そうか、なんだかんだ言ってふたりとも、優しいもんな…



ぼんやりと、そんな事を思っていた時。



「「だめっ!!!」」



前のふたりが同時に叫び、車が急に傾いた。


俺は咄嗟にルミちゃんを抱き締める。

多分、アンもそうしたんだと思う、一瞬の事でわからなかったけど、アンの赤い髪が目の前に揺れた。


視界が激しく揺れて、ブレたと思ったら、凄い音がして、俺は多分頭を打ったんだと思う。






頭、痛い。


あと眠い。


そうだこんな感じ知ってる。

眠るんじゃなくて、気を失うって感じ。






視界が真っ暗になって、そんで、真っ白になった。






ふと、起き上がる。

起き上がってからやっと目が開くと、そこは白い世界で…


ちょっとぼーっとしてから、ハッとして慌てる。

えっ、これまさか死の国!?俺死んじゃった!?


と言っても、俺達は一度死んでる。元に居た世界で、一度死に…そして次に目を覚ました時には、健康な状態の身体で、日本という国のとある川辺に居たのだ。


元に居た世界では死ぬと"死の国"という所へ行くんだと教わっていた。そこは女神様の居る、限りなく清浄な世界だと聞いていた…

清浄な世界って、こんな何もない、真っ白な世界の事を言うんだろうか…?

地面はあるのか無いのか、白く、壁は恐らく無い。


それにしたって、何もなさすぎる。


けど、周りを見渡すと、俺の背後の方、少し先に人影が見えた。

人が居る。


まさか女神様?



俺はそっちに歩いてみた。

歩く感触はある。

自分の手を見ると、ちゃんとあって、動かせる。


俺は俺のままみたいだ。



もしかして夢なのかな…



人影に近付くと、それが女神様ではないことが解った。

取り敢えず女の人ではない。

割と大きい、ガッシリした男性だ。


こっちに背を向けて立って居て、蜂蜜色の髪を三つ編みにしている。


「あの…」

取り敢えず、少し距離を置いたまま声を掛けてみる。


その人はゆっくりと振り返った。


なんだか、疲れているような悲しいような、少し不機嫌なような、そんな顔をしている。

不意にその人の口元が微かに動いた。


何を言ったのか聞き取れない。


けど、その人が言い終わると、突然何もない空間から、槍みたいなものが突き出てきて。

刺される…!!



と、思った。

けど、何も衝撃は無かった。



思わず瞑った目を開けてみると、槍は俺に刺さる事なく、ぐにゃりと曲がって明後日の方向を向いていた。



「え…あ…」

流石にちょっと怖かった。

言葉がすぐに出なくって、精一杯息をしていると、槍は消えた。


「お前、誰だ?」

槍が消えてすぐ、その人が俺に訊ねる。


きっと槍はその人が放ったに違いない。

けど、結局刺さなかった。…敵ではないのかな?


俺は呼吸を整えて、改めてその人に向き合った。

「リトっていいます。えっと…なんでここに居るかわかんないんですけど。ここどこ?」

本当になんでここに居るのか、ここはどこなのかわからない。

だから訊き返したんだけど…


それがその人にはおかしかったらしい。


その人はびっくりした顔になって、それから「ハハッ」とおかしそうに笑った。


「変な奴。ここに来る前はどこに居たんだよ。」

今度はこっちが質問されて、俺は思い出しながら応えた。

「うーん、車に乗ってて…急にグラッてして…」

「車?」

その人は車を知らないみたいだった。


もしかして、ここは、夢だとしても…

日本とかじゃない?俺みたいに、この人は異世界の人?


「えっと、乗り物に乗ってて!その前は、えーと、美味しいもの食べて、運動して…」

今日の事を振り返りながら、一生懸命にその人に話す。

なんで俺もそんな事を必死に話してるのか、わからないけど…

その人は不思議そうな顔をして俺の話を聞いていた。



「それで、お前はどうしたい?」


一通り話が終わってから、その人は俺に問い掛けた。

どうしたい?って…


「え、うーん。帰りたいけど…でも」


勿論帰りたい。あの場所へ。

もう、あの場所が俺の家で、あの人達が俺の家族で、大切な人達だから。


これが夢なら、目を覚ましたい。


でもその前に…


「あなたは?何か辛い事があったの?俺、あなたの話も聞きたい。」


この人は、なんだかどこか、苦しそうな気がした。

笑ったりびっくりしたり表情を変えてくれたけど…

なんだろう、なんで、そんな風に感じるのか自分でもわからない。



「辛い事、ね…」

俺の言葉に、その人は呟いて、黙り込んでしまった。



言いたくないのかな。

聞いちゃいけなかったんだろうか?


でも、…何か、放っておけないような。

知らない筈だけど、知っているような気がしたんだ。この人の事。




きっと俺より強くて賢くて、歳も上だと思うし。

俺なんかにこんな風に心配されたら、気を悪くするかもしんない。


美しくて強そうで、もしかしたらホントに神様なのかもしれないって姿だ。

こんな人には会った事が無い。ない、筈なんだ…




「えっと、じゃあ!名前だけ教えて!」

黙って居るのがなんだか気まずくなって、わざと気安く話し掛ける。

怒られるかなぁってちょっと怖かったけど、その人は溜め息をひとつ吐いて、


「…魔王。」

と、返してくれた。


「魔王さん!」

俺は嬉しくて、笑って頷く。


そうすると、魔王さんは、また笑って「バカ正直なやつ」と言った。





それから俺は魔王さんに、「帰り方がわからないから、帰れるまで話をしようよ」と持ち掛け、色々話した。

これまでの、俺の話だ。


一度死んでしまったこと、異世界から日本っていう国に来た事、大切な兄のアンの事、女神様を捜していた事、ゴハンが美味しかった事、Twinkle(トゥインクル) Magic(マジック)というカフェで働いている事…


魔王さんは時々頷いて、時々クスッと笑って、俺の話を聞いてくれた。


魔王さんの事はもう訊ねなかった、きっと話したくないんだ。


だから、俺の話をたくさんたくさんした。





「お前は幸せなんだな。」

話の切れ目に、ふっと魔王さんが呟いた。


魔王さんはちょっとだけ、最初より穏やかな雰囲気になってる気がした。


俺は少し考えて、「幸せだよ!」と返して、それから…

「でももっと幸せになれる気がする!」

と、魔王さんに笑いかけた。


本当にそう思うし、…なんだか、魔王さんもそうなってくれたらいいのにって思った。


きっと魔王さんは今、幸せじゃない。

魔王さんの話を聞いたわけじゃないけど…そう感じる…


でも魔王さんも幸せになって欲しいなんて、言えないし、言った所できっとどうにもならないんだろうなとも思う。


「きっとそろそろ帰れるぞ?これは多分、俺の夢だから。」

魔王さんがそう言うと、俺の視界がぼんやりとぼやけてきた。

魔王さんの夢?俺の夢じゃなくて?

と、疑問も過ったけど…それより…


「ねえ!俺!今度ここに来る時は、何か美味しいもの持ってくるね!?また来るから!!」


俺は咄嗟にそう叫んだ。



何故だかわからないけど、何かしたい。

魔王さんを本当の笑顔にしたい。


そう思って…







どんどん曖昧になっていく白い世界。魔王さんが何か言った気がしたけど…

それを聞き取ることは出来なかった。






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